第15話 花火大会

 日曜日はむせかえるほど暑かった。


 小津駅前は人でごった返していた。午後四時に駅前で集合し、それからみんなで会場まで雰囲気を楽しみながら歩きましょう、ということだったので、私は三十分前から流れていく人を眺めていた。六人集まった。


「浴衣、似合ってるね」


 集合場所に来たハルカさんにそう言われたとき、私はとても照れくさかった。初めての夏祭りだったのでちゃっかりと準備していたのだ。着付けは母に頼んだ。てっきり「受験生が夏祭りに行くなんて」と嫌な顔をされると思っていたけれど、頼んだらノリノリで手伝ってくれた。わざわざ髪にかんざしまで挿してくれた。もしかしたら、母も心配してくれていたのかもしれない。


「じゃあ、今日は受験のことも忘れて、ぱあっと遊びましょ!」


 ハルカさんのかけ声で、塾生たちが「おー」と拳を突き上げた。私もそれにならう。


 道すがら、私は質問攻めされた。

 学校でのこと、将来のこと、休日のこと。今日が初めての花火だと言ったら、みんなが大げさに驚いてくれた。


 たぶん、気を遣ってくれているのだと思う。だけど、私はあまり話をするのが得意ではないから、相次ぐ質問に愛想良く答えるのは疲れる。祭りの会場に着くまでですでに疲れきってしまいそうだ。これが花火終了時間まで続くのかと思うと、気が滅入りそうになる。


 けれど、祭り会場に着けば、みんなの関心は賑やかな出店の方に向いた。ちょっとだけホッとする。


 楽しそうに焼きそばを買うハルカさん。射的や金魚すくいに目を輝かせる他の塾生のみなさん。とても楽しそうに見えた。だから私も、一応で楽しそうな顔は作る。だけど私には、立ち並ぶ屋台に少しも心を惹かれなかった。酸化した油で揚げた唐揚げも、ゴムに水を入れただけの水風船も、砂糖を糸状に溶かしただけの綿菓子も、和紙で金魚をすくうことも、まったく興味を持てない。


 賑やかな屋台を眺めていると、ふと真理のことが頭をよぎる。


 もしも、ここにいるのが私でなくて真理だったら、どうだったのだろう。昔のように、アフロも眼鏡も白衣もない彼女がここにいたら、周囲の反応はどうなっていただろう。彼女なら、いろんな事に興味を示す。好奇心に満ちた顔で屋台を見渡して、あれが楽しそう、それが美味しそうと大はしゃぎして、ものすごく盛り上がるに違いない。きっと、私となんかと一緒にいるよりも、皆も楽しいはずだ。


「ねえ、かき氷食べよ。数美ちゃんは何が食べたい?」


 カラフルなシロップが並ぶ屋台の前で、ハルカさんが私を振り返った。

 少しだけ悩んで、なんとなく、ストロベリー味を選んだ。財布から三百円を出しながら、一体この甘そうな氷水のどこにそんな価値があるんだろう、と思う。皆がおいしそうに食べているのをみて、なにか特別なものがあるのかと思って、一口ほおばった。

 なんてことはない。冷たくて甘いだけの氷水だ。

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