第8話 花火大会で実験

「数美、実験をしようよ!」


 旧校舎の教室に入るなり、真理がハツラツの笑顔で言った。

 ついさっきまで、真理のことについて悩んでいた自分がばからしくなるくらい、真理は脳天気な様子だ。


「……実験?」

「そう、実験。この間、数美は花火のことをあまり知らないって言ってたでしょ? だから、花火大会の日に、花火に関する実験をして、数美に興味を持ってもらいたいの」


 私はカバンの中身を出しながら、


「花火の実験とは、――どういうものでしょうか」

「私は、打ち上がった花火のそれぞれの粒の終端速度を計算しようと思うの」


 真理がカバンからノートを取り出した。そこには、いろいろな実験手順が書かれている。それらを長々と説明して、


「それから、音速の計算もしてみよう。花火が開いてから、どのくらい音が遅れてくるか。その計算をしたら、音がどのくらいの速さで移動するのかが分かるでしょ」

「音速なんて、だれでも知っていますよ。秒速三四〇メートルです。わざわざ計算する必要なんてありません」


 ぶう、と真理がむくれる。


「ねえ、そうやって知識だけで片付けてしまうのはもったいないってば。本当にそうなるのかって確かめてみることで新しい発見があるかもしれない。誤差があった場合、なぜだろうって考えたら理解が深まるかもしれないでしょ」


 そう、真理はいつもそう。自分で確かめてみなくては気が済まないのだ。


「どこで計測をするんですか?」

「小津山の高台でしようって思ってるの。ほら、あそこだと地図みれば標高も分かるし、打ち上げた場所からの距離も計算しやすいかなって思ってさ。それに、会場から距離があるから、人混みが苦手な数美でも、花火の魅力を楽しめるでしょ」


 にこっ、と真理は笑った。


「ね。だから、一度やってみようよ、数美。実際にやってみて、知識が経験に変わったら、もっと理科は楽しくなるんだって」


 私は真理の顔をじっと見つめた。そしてゆっくりと頷いて、


「わかりました。じゃあ、今日中に古文の教科書の六十ページまで進めたら、行くことにしましょう」

「わかった!」


 真理はそう言って、さっそく勉強に取りかかった。


 やる気があるときの真理は、驚くほどの集中力を発揮させる。いつもこれなら良いのにと思いながら、ペンを走らせる真理を見ていた。

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