第11話 花火大会の誘い

「数学と理科というのは、まったく違う学問のように見えますが、本質的にはよく似ているんです。中世ヨーロッパで自然科学が発展したときには――」


 塾の教室。大貫先生の物理談義が始まり、うんざりとした空気が周囲に流れ始める。


 物理教師の大貫先生は、教え方は上手だけれど、その物理に対する愛ゆえに、受験には必要ないような物理の歴史や裏話を長々と話したりする。とくに、理科と数学の学問の成り立ちは何度も聞いた。

 理科と数学は、見た目は違うし、物事に対するアプローチの仕方も違うけれど、本質はどちらも似ているということ。誕生してからずっと、理科と数学は互いに助け合い、刺激し合い、影響し合って発展してきたのだということ。



 いつもなら、学問についての雑学を聞くのは好きなのだけれど、今の私の頭にはあまり入ってこない。理由は明快だ。今日の昼間、真理に言った言葉がずっと頭を流れているからだ。


 ――じゃあ、私はもう真理のことなんて知りません。


「……はあ」


 ため息がこぼれる。どうやったら、真理は私の言うことを聞いてくれるのだろう。


「ねえ、円さん」


 私がペンを置いてうつむいていると、隣に座っている人がこそこそと耳打ちしてきた。


「今週の日曜日、時間ある?」


 ハルカ、と他の塾生から呼ばれている、長髪の女の人だ。彼女は微積が得意で、確率が苦手だった。


「どうしてですか?」

「あー、えっと、この日曜に夏祭りがあるの、知ってる?」

「はい」

「そう、――あの、それでね、円さんも一緒に行かない? ……って、誘いの話なんだけど」


 私は首を傾げる。なぜだかわからないが、彼女はかなり緊張しているように見える。


「ほら、私たちも来年から大学に行って別々になっちゃうでしょ? 最後にさ、塾生のみんなで一緒に行きたいなって話になってて。みっちゃんとか、祥穂も一緒に行くって言うし。もしも予定がないなら、円さんも一緒にどう?」


 ――数美、実験をしようよ!


 一瞬、真理の言葉が頭をよぎった。花火大会で真理と一緒に実験をしようという話がでていた。けれど、


「行きます」

「わあ、良かった」


 ハルカさんが両手を合わせて笑った。


「じゃあ、また連絡するね。嬉しいな。数美ちゃんが来てくれるなんて、本当に楽しみ」

「ありがとうございます。私も、楽しみです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る