第20話サリエリという男

エミリアの両親と短いやり取りをした後、2人は帰って行った。

脅すようなセリフを口にし、2人に発破をかけてみたが端から期待などしていなかった。


「俺は書斎で今後のことを考える。しばらくここはお前たちに任せる。連絡は密にしておけ。少しでも俺に報告すべきことと思ったなら、遠慮せず告げに来い」


部下たちにはそう告げて大広間から出る。

部下たちからは深々としたお辞儀で見送られた。

コツ・・・コツ・・・

とゆっくりとした足取りで靴音を鳴らし、長い廊下を歩く。

その道は書斎へと続いている。

サリエリの姿はどこからも隙きがなく、それでいて余裕の窺えるものであった。

静かにドアノブをひねり書斎へと入る。

入ると直ぐに鍵の閉まる音がした。

書斎はサリエリだけが利用するプライベートスペースであった。

どんなに重大な要件のある部下も、ノックをしてドア越しでまずは報告をする。

その後、サリエリが顔を見せるまで廊下に設けられた椅子で待機するように決められていた。

書斎の中はその名の通り、壁に設置された無数の本棚で占められている。

本棚には隙間なく本が綺麗に並べられている。

どうやらジャンル毎に本も分けられているようだ。

窓はなく外から覗かれる心配はない。

また防音仕様に作られており余程のことがない限り、声が漏れることもない。

部屋の隅には吊るすタイプの鳥かごが設置され、中にはインコが飼育されていた。

ただ、念のためかドアの正面にサリエリが使用するデスクがお置かれていた。

万が一、自分と部下の”失敗”が重なることでドアが開いた時に、直ぐに気付けるようにするためだ。

この場合の失敗とはサリエリが鍵を閉め忘れ、部下が誤って侵入することを意味する。

そこまでサリエリが配慮し信用する部下に見られたくない物とは。

・・・・・・・特になかった。

金の管理、規律・教養の徹底は特に信の置ける部下たちに任せてある。

サリエリの顔が必要な案件でもない限り、仕事も大半を部下に任せてある。

逆に言うと部下が失敗をした時こそが自分の出番であり、放任で何事も任せてあるからこそ、失敗に寛容にもなれた。

ただ1つサリエリの許せないことは裏切りであり、それさえなければ人を拒まない主義であった。

ではなぜ書斎が必要なのか?

それは彼の性格に起因する。

書斎に入るなりサリエリはデスクへと真っ直ぐに向かう。

そして重厚な椅子座ると同じく重厚な机に突っ伏してしまった。

それは疲れから来る行動ではなかった。

彼は今極度の緊張から開放された弾みでそんな行動を取っていた。

彼の性格の欠点とは、長話をすると後で心配になってしまうことであった。

厳密にどれくらいの長さとは決まっていないが、息継ぎ3、4回ほどの話でで不安に襲われる。

話をしている最中は頭を高速回転させ、内容の整合性を意識している。

しかし、話し終わると直ぐに自分の発言が可笑しなものでなかったか心配になってしまうのであった。

それは彼の性格の根底に完璧主義があるからかもしれない。

そして人のいい性格もとい小心者である彼には、ファミリーのドンは荷が重かった。

ひとえに彼がエミリアを必要とするのも、部下との関係を危惧するあまり変な事を口走らないかを占ってもらっていた。

彼が部下との会話に簡潔な内容を求めるのも、返事が短くて済むからであった。

そしてそのために必要なのが教養であった。

この事実を知るものは部下2名のみ。

それもほぼ友人と呼べるような関係と呼べるような仲であった。

因みにその2人が仕事などの金銭面と規律・教養などの教育面の担当であった。


「あ~~~、さっきの俺の話しを両親は理解できただろうか?控えていた部下たちは俺を馬鹿にしていないだろうか?俺は言葉は一貫性があっただろうか?くそ~~~、格好つけるんじゃなかった。」


決して話すことが嫌いな訳ではなかったが、この性格のせいと地位のせいで、満足に話ができる人が彼にはいなかった。

綺麗に撫で付けられた髪を掻き毟り1人呻く。

そこに大広間で見せた威厳や知性は感じられない。

クールに見えた細面(ほそおもて)の顔も今は神経質な顔にしか映らない。

この場所は彼にとって冷静になるために必要であり、インコ相手にドンとして相応しい喋りを練習できる場所でもあった。

そのための防音設備だ。

ただし、最近では


「あ~~~、うまくしゃべれない。しゃべれない」


などとインコが言葉を覚えてしまい、それもサリエリの心を悩ませていたのだった。

しかし、そんな彼だからこそだろうか?

部下からの人望は絶大であった。

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