第13話アッシュの過去とエミリアの決意

先を行くアッシュの背をエミリアは追いかける。


「ねぇ、ちょっと待ってよ!あなたは何で抗体なんて持っているの?それにその知識はどこで身に付けたのよ?」


綺麗に艶めくシルバーの髪がぴょこぴょこと揺れる。


「・・・・・・」


(あ、この眉間のシワはダメな方だ)


仰ぎ見るアッシュの横顔からでも分かる深いシワを見て、エミリアは瞬時に悟った。

まだ、出会って数時間それでも常に仏頂面の彼の微妙な変化は、シワに表れるのをエミリアは学んでいた。


「分かったわ!何も聞かないから怒らないで!!」


沈黙に耐えきれず、エミリアは先に音を上げる。


「まだ、何も言ってねぇぞ!?」


振り向いたアッシュは小さく舌打ちをする。

彼も彼で年下の子供が苦手であり(彼も十分子供に違いないが)、それも女となるとどう接していいか分からずにいた。

戸惑っていた。


(これがディリードやおっさんだったら楽なんだがな)


珍しく弱音が浮かんでくる。

護衛の任務と聞いてこれまでの経験から上流階級の政治家(男)や婦人を想像していた。

まさか訳ありの任務の理由が幼い子供であり、【占い師】とか言う貴重な能力(笑)を持っているからとは、想像できなかった。

しかし、それはこちらの落ち度である。

護衛対象てある以上、必ず守り抜く。

プロとして当然だ。

そのための能力が自分にはあるのだ。

そして円滑な任務遂行には護衛対象とも良好な関係が必要だ。

これも数々の依頼を通じてアッシュが学んだことだった。


「・・・・貧困街じゃたまに見かけるんだよ。あの手の犬はよ」


「・・・・抗体を持っているのはなんで?希少な薬なんでしょ?」


そろりそろりと埋められた地雷を踏まないような慎重さで、エミリアは聞く。

それが波長で分かってしまうアッシュは何とも言えない気持ちになる。

ハァとアッシュはため息をつく。


「俺はもともとマルセーロの人間じゃねぇ。近隣の従属国の出身だ。中心街はそれほどでもなかったが、周辺ともなると魔物たちに襲われることは頻繁にあった。あの犬もそうだ。俺の暮らしてた村では犬による毒は当たり前だったから、薬は安価で手に入ったんだよ。だが、いくら流入の盛んな大都市マルセーロとは言えほぼ必要のない薬は値が張るもんだ。ましてや一度打てば抗体のできるもんだからな。物好きな貴族のステイタスとしての価値くらいはあるさ」


細い路地を縫うようにアッシュは進む。

大分北の地区に近づいているようだ。

土地勘があるらしく、迷いなく歩く。

その後ろを家の凹凸や店の看板、置かれたゴミや水たまりを気にしながら、エミリアは付いていく。

少し前から進むにつれて道の幅が狭くなり、据えた匂いが鼻を突くようになってきた。

また、水はけの悪い土地らしく水たまり箇所が多い。

それらはどれも黒く濁り、虹色の油膜が浮いている。

明らかに質の良い純白の服をエミリアは着ているため、人の行き来が多い場所では目立ってしまうことだろう。

それを分かっていてアッシュは道を選んでいるようだった。


「アッシュは・・・・・・マルセーロに出稼ぎに来ているの?」


その一言を言うのに酷く勇気が必要だった。

なんとなく聞いてはいけない気がしたからだ。

ただ報酬が破格だからといって、命を掛けて守ってくれる人のことを、上辺だけで知ったつもりにはなりたくないという強い気持ちが芽生えていた。

知る努力をしないくらいなら、聞いて怒られようとエミリアは思った。


「・・・・・・・・・俺はお前が何を考えているかは分からない。だが、お前の誠意は波長で分かる。だから答えてやる。俺のいた国は災害で壊滅した。後は想像しろ」


アッシュの歩む速度は先程と変わっていない。

だが、声音は暗く口調は静かであった。

それだけで十分過ぎるほど過去に何があったのか想像することができた。


「・・・・教えてくれてありがとう」


掠れるような声で御礼を言うことしかできなかった。

そして急にある想いが頭を占めそれ以外考えられなくなった。


「私ね今までこの能力を恨んで生きてきたの。両親はお金のことしか頭になくなって、私も財産の一部としか見てなかったから。周りの使用人も不憫に思ってはくれるけど、私を恐れていたわ。リリーはその中でもまだ親身になってくれた方なの。犬のブルブルだけが友達だったの」


急に重い口調で何か決意した波長を感じ取りアッシュは立ち止まり、エミリアを振り返り見る。

思いつめた表情をしていた。


「そんな生活が耐えられなくて逃げ出すことをずっと考えてきたの。見たくなくても見えてしまう能力を隠しながら平穏に・・・。今の私はこれから起こる未来しか見通すことができない。天候なら100%だけど人や災害はまだまだ漠然としたものしか見れないの。商才があるとか、近い内に怪我をするとかそんな程度。でも、まだまだ成長することはできる。いつか分からないけどアッシュの国が何で滅ぶ羽目になったのか、分かるようになると思う」


「おい!何で俺がそれを知りたいとーーー」


「見えたの!!あなたが理由を探していて、あたしが話す姿が。・・・・ぼんやりとだけど・・・・」


アッシュのセリフを遮るようにしてエミリアは話す。


「いつかの私がアッシュの力になれるといいな」


控えめな笑みだったが、どこか懐っこいその表情にアッシュは何も言えなかった。

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