第14話貧困街

貧民街とは北の地区全体を指す言葉だ。

しかし元々は北の区域のごく一部を指して言われていた。

そこでは闇市、賭博、殺し、窃盗、労働の斡旋などが日常とかし、法の及ばない場所としておよそ大都市の暗部を煮詰めたかのような、有様であった。

近隣住民の度重なる要請を受け憲兵と度重なる衝突の末、貧民街は一度解体された。

全ての違法行為が取り締まられ、闇市で力を握った人物たちのほとんどは検挙された。

しかし、根本的な問題は貧富の差にあった。

いくら貧民街を周囲と同じように清掃し、違法行為の中心人物たちを取り締まったところで、他の東、西、南地区との差は変えることができない。

北の区域の住人が憲兵に助けを請うことで、返って最悪の現象が起こってしまった。

北の地区の住人の多くが”自分たちが下流もしくは貧困層であること”に気付いてしまった。

今まで貧困街という”最低”を目にしていたからこそ、目をそらすことができていた現実に、直視することしかできなくなってしまった。

北の地区の住人は気付いていなかった。

貧困街と蔑称で呼ばれる場所のお陰で自分たちの生計が立てられていることに。

貧困街が解体されてから、市場に出回る野菜などの食べ物が軒並み高騰した。

品は見るからに良く鮮度の高いものが並んでいるが、それらは中流階級とほぼ同じ物であった。

つまり値段が高すぎて手が出せない。

今まで”闇市を通して”市場には品の悪い安価な食料が手に入った。

それがなくなってしまったことで、家計を逼迫(ひっぱく)させることとなった。

日用品も同様である。

労働を法外な安さで提供していたからこそ、低コストで作ることができた家具や食器などが出回らなくなった。

それでも国が北の区画に対して一時的にも補助金と政策を支援することで、住民たちは貧しい生活に耐えることができたかもしれない。

なぜなら賃金が正常になることで、貧困層は下流層へ、下流層は中流層へとなるからだ。簡単な図式だが、違法な労働の斡旋で搾取されていた足場が出現することで、他の正常な区画の住人たちと肩を並べることができたかもしれないのだ。


当初、マルセーロの最高権力者である【賢者】は補助金と政策を打ち出した。

しかし、その方針に強い反発が生じた。

1つはそれは貧困街の住人たちに対応してきた、軍隊内部の憲兵隊であった。

彼らは度重なる戦闘で多数の死者を出しており、その補填を希望していたのである。

もう一つは東、西、南、の各区域の有力者たちからであった。

彼らとで馬鹿ではない。

【賢者】の考えに賛同すべきであり、そうしたかった。

問題は補助金と政策をすることで、”自分たちと肩を並ばれてしまう”マルセーロの多くを占める中流層たちが不満を持ったことだった。

有力者が有力者足り得るのは、彼ら中流層の足場があってこそである。

シンプルに考えれば全体の所得が上がることで、経済がより循環し結果自分たちの懐も厚くすることができるはずだ。

しかし、そこが中流層に留まる人間の考えだろうか。

見通すことのできない将来よりも、現実問題として北の区画の人間と蔑む対象の台頭に、危機感を抱いた。

そこは北の住民たちと変わらない。

より下がいることで安堵したいのだ。

結果、憲兵隊と有力者たちの反発にあい補助金と政策は中止となった。

北の区域の住民たちの落胆は察するに余りあるものであった。

当たり前の話である。

生死に関わる問題なのだから。

こうして東、西、南、の中流層は一時的に安堵することができた。

結果的に此処から先長く”階級という点”において安堵することができるようになった。しかし、その代償は大きかった。

北の区域住民のほぼ全てが貧困層へと堕ちていき、総貧困街へとみるみる形を変えていくことになってしまった。

結局、煮詰めた暗黒の貧困街は希釈されて北の区域全域に行き届くこととなった。

それによる治安の悪化は、憲兵隊にさらなる追い打ちをかけ、他の区域の住民たちは軋轢が生じたことでトラブルに巻き込まれることになった。

自分たちの首を締める結果にしかならなった。

こうして北の区域=貧困街として定着した。

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