第15話買い物 情報収集 火を操る者

アッシュとエミリアの2人は貧民街の入り口近くの宿を取った。

マルセーロを上から見下ろした時に北北東の位置し、治安の悪い北の区域に入り込み過ぎる危険を考慮した結果だった。

まずアッシュがこれからのことを考え、必要に思ったのが、エミリアの格好だった。

仕立ての良い純白なワンピースは目立ちすぎるのだ。

それに情報も不足していた。

エミリアの強奪にどの勢力がどれほどの規模で襲ってくるのか未知数であった。

そこでエミリアを宿に残し、目立たない服と情報収集に向かうことにした。

エミリアも自身を占うために1人で集中したいといい都合が良かった。

宿に1人残すことに不安はあったが、目立つ姿を目撃されるよりはマシだと思った。

アッシュはど”んな占いが分かろうとも宿から出ないこと”をエミリアに約束させ、宿を出た。

真っ先に銀行へと向かった。

前金である1マルク金貨を100ローグ銅貨へと両替するためだ。

貧困街で買い物するためには、セルク銀貨であっても嫌な顔をされる。

それに子供が銀貨を持っていること自体目立つ行為であった。

余計ないざこざを増やさないためにも両替は必要だった。

その分、荷物となってしまうのが煩わしいが。

アッシュが宿を貧困街の入り口付近に決めたのも、銀行が近くにあるためだった。

北の区域が全域貧困街になる前は、銀行はいたる所にあった。

しかし、現在では治安の悪化によって銀行は他の区域に隣接した場所にしかなくなっていた。

また、貧困街で銀行を利用する人も少なくなっていた。

貯蓄するなら他の区域の銀行にするか、用心棒を雇って自衛する方が安全だからである。アッシュは両替を済ますと服屋の露天に行き、適当な服を見繕って購入した。

顔を隠せるフードと靴も忘れずに購入し、着ていた物を入れるリュックも買っておいた。因みに貧困街では市場で売るような生鮮食品以外の服、家具、日用雑貨などは露天で売っている。

どの店も家の一階部分をオープンスペースにし、売り物を壁や天井に吊るしたり、什器に乱雑に並べるなでして売っていた。

そこに清潔感や見栄えはなく、どの店も取り敢えず置けるだけ置くというスタンスだった。

宿を出てから2時間、用を済ましたアッシュは目的もなく歩き小さな広場兼市場の植え込みに腰を下ろしていた。

アッシュの眼前には自分たちの泊まる宿の屋根が見えている。

異変を察知した時にすぐ駆けつけることができるよう、視界に収めることのできる場所を選んで据わっている。

アッシュの手には市場で売っていたエミリアの夕食も握られている。

彼女の口に合うか分からなかったが、買っておくことにしたのだ。

彼が適当に時間を潰しうろついていたのには理由があった。

敵の動向を知っておきたかったからだ。

逃亡を開始してから周囲の波長は探っている。

しかし、強奪相手同様こちらも襲ってくる勢力が分からない。

そこで宿を出てから不穏な波長を出しているやつがいないか。集中して探していた。

エミリアという足手まといがいない方がより集中できる。

その結果、アッシュは1人こちらに意識を向けている人物がいることを察知していた。

随分前から屋上を移動しどうどうと視線を周囲に巡らしている。

余程腕に自信があるのだろう。

アッシュの経験上、間もなくその人物と戦闘が始まるであろうことも予期できた。


「ねぇ、君、隙きがなくていいね。何か隠し事してる?」


ッスっと体重を感じさせない動きで予想通り降りてきた。

首や腰、手首、足首と最低限の防具を身に着けた、機動性重視の格好だ。

左の腰の位置には品のいい剣を携えている。

ワインレッドに目立つ髪を肩から胸の位置まで伸ばし、金色の髪留めでまとめている。

アッシュが腰を浮かし驚いたのは性別が女性であったことと、予想もできないような人物だっだからであった。

彼女の名前はセウレヴィーラ。

火を操る者という異名がある。

元魔獣対策本部地方隊所属そして【勇者】となり、現在は【災害】(人災)として有名な人物であった。

齢19にして災害扱いとなっている早熟の化け物であった。

その日暮らしで忙しい閉鎖的な貧困街の人間ですら、彼女の華々しい活躍やその後の事件も知っているほどだ。


「・・・・念のため聞いておくが、お前の名前はセウレヴィーラで合っているか?」


「合ってるわよ。あなたがもしも合格者ならセウレかヴィーラで呼ばせてあげる」


噂通りの人物であるとアッシュは確信した。

彼女は気になった人物、魔物を見つけると、どこであろうと戦いを挑むという好戦家で有名だった。

そして彼女のお眼鏡にかなう人物は、10人にも及んでいない。

噂ではこれまでに何百人もの猛者たちが、負傷している。

殺しはしないが腕の立つ有益な人間を再起不能にすることで、【災害】扱いとなったのだ。

「チッ、面倒くせぇことになったぜ」


「あら、私を相手に面倒で済むと思ってるなんてーーー」


アッシュの前からセウレヴィーラの姿が消える。


ガンと植え込みのレンガが破壊される。

先程までアッシュの腰掛けていた場所に、彼女の前蹴りが少し掠めたようだ。


「ーーあなたなかなか見込みがあるのかしら?」


吐息のかかる距離で耳元で囁く。

いつの間にか抜き払った剣を振りかぶり彼女が襲い掛かってきた。

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