第16話命のやりとり

アッシュの波長を読み取る能力は、相手の視線や動き、感情の強さなどを知ることができる。

それは波長の向きであったり、強さであったり、色で判断することができる。

波長はアッシュの集中力にもよるが、体の部位毎にそれぞれ出ている。

今、剣を振りかぶるセウレヴィーラの攻撃は、動作が始まる前からアッシュには右腕、右肩、腰、重心を乗せた左足とそれぞれ波長が伝わって来ていた。

そのため、目で見るより確信を持ってセウレヴィーラの攻撃を予測することができた。


その結果、瞬時にバックステップで距離を取ると同時に、セウレヴィーラによって踏み砕かれた花壇のレンガ片を投げつけていた。

これは初撃が足技であり、花壇が粉々になることが分かっていたからこその、動きであった。

ただ、アッシュにはこの奇襲がセウレヴィーラには微塵も通用しないことも、分かってしまっていた。

セウレヴィーラは向かってくるレンガ廉を剣の切っ先で軽く払う。


「油断のない人ね。いつの間にこんな物手にしていたのかしら」


地面に転がるレンガ片を一瞥する。


「・・・・目が良いのかしらね」


こちらを値踏みするような様子で微笑む。

そこには数え切れない経験から紡ぎ出される、アッシュへのセウレヴィーラなりの対処法が即座に導き出されたのだろう。


「今度はあなたから攻撃したらどうかしら?」


楽しむような口調で挑発してくる。


「別に俺はあんたにムカついてねぇよ。どいてくれんなら俺は今すぐにでも行きたい場所があるんだ。あんたと違って暇じゃないんでね」


「ふふふ、それがあなたの弱点1つ目ね」


アッシュのセリフを全て無視し、勝ち誇ったように呟く。


「カウンターの方が得意なようね。ましてやこちらは剣を持っている。安全に間合いを詰めようと思うなら、相手の出方を見たほうが楽よね」


「・・・・っち、やりにくい奴だな」


正解をズバリ言い当てられ、嫌な汗が背中を伝う。

いくら波長が分かると言っても、人間の動作に著しい違いは生まれない。

相手の動きが速ければ分かっていても避けられないのは、自明の理だ。


「それと弱点2つ目。これはどうかしら」


左腕をゆっくりと前に突き出す。

特に変わった様子はない。

しかし、アッシュには彼女の左手から凄まじい波長を感じ取った。

慌ててその場を横っ飛びに逃げる。

直ぐさまボンとアッシュがいた場所から爆発が生じる。

体制の崩れたアッシュは、なおも自分に向けて迫りくる何かを波長として感じ取っていた。

一度前転をして体制を整えると足を蹴って側転をして回避する。

そして側転をした際に手にした意思を投げつける。

これは際どかった。

まさか避けられるとは思っていなかった、セウレヴィーラは剣を立たせ石から身を守る。その目は驚愕を表していた。

それをアッシュは見逃さなかった。

際どいところで弾かれることは分かっていた。

一気に間を詰めると、左腕で強引にセウレヴィーラの剣を持つ右腕を体の外へ追いやる。そして胸元へ体を滑り込ませると渾身の右腕で顔面を殴りつけるーー

いや、殴りつけようとした。

しかし、彼女の体全身から燃え盛るような波長を感じ、強引に突き飛ばす。

2、3歩後退した彼女の周囲は熱による急激な温度変化のせいか、空間が歪んで見える。


「・・・・。驚いたわね。てっきり目が良いだけのように思ったのだけれど、あなた殺気のようなものも感じられるのかしら?」


微笑を絶やさないセウレヴィーラは珍しいものでも見るかのような表情で話す。

だが、その内心に余裕はなかった。

火を操るという特殊な能力を使っていなければ、今の攻防で気絶させられていたのは間違いようがなく、苦い敗北感を覚えていた。


「そんなもん言うわけねぇだろ。バカが!クソが!!」


アッシュは言葉通り悔しがっていた。

正直、貧民街で自分より格上の相手はいくらでもいた。

セウレヴィーラ同様に目が良いと思う相手にも、油断を誘い倒してきた。

彼女も倒れると思っていた。

しかし、火を操る能力で対応されてしまった。

それに自分の能力を限りなく近い推測を立てられてしまった以上、、遠距離からなぶり殺しにされるしかないだろう。

打つ手がなかった。


「そんなに怒らないでよ。これ以上はもうやらないから。あなたは見込みありにしておくわ。でも、次に会う時はもう少し力を付けてもらいたいかしら」


「あ!?一方的に攻撃してきて止めるのか!お前何しに来たんだよ!!ってかもうお前と会いたくねぇよ」


アッシュの態度はまさに虚勢であった。

正直、格上の相手に対してこれ以上戦いたくなかった。


「随分嫌われちゃったわね。本当の目的は女の子を探すよう依頼されてたんだけど、もう満足しちゃったからいいや。・・・・推測だけどあなたが連れてる子だと思うけどね」


「~~~~~」


セウレヴィーラの底知れない力を感じ気分が悪くなる。

彼女の気まぐれで殺されていてもおかしくなかったのだ。


「おい!お前が喧嘩を売る理由は何なんだ?」


イライラが募りどうしても戦う理由が知りたかった。


「ふふふ、そんなの決まってるじゃない。伴侶を探すためよ!!」


それまで微笑を絶やさず穏やかだったセウレヴィーラの口調に、はじめて感情がこもっていた。


「~~~~~~~」


流石のアッシュも予想もできない返答に唖然となってしまった。


「だってそうでしょ。人間誰だって機嫌の悪い日なんてあるじゃない?私の場合はつい夫を焼き殺してしまう可能性があるのよ。そんなの悲惨じゃない」


彼女が魔獣対策本部地方隊所属にいた頃、その美貌と力によっていたる所で話題になっていた。

その時彼女は変人であるという悪口もあったことを、アッシュは今さら思い出していた

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