第10話脱出へ

東地区についてからのアッシュは機嫌が悪くなる一方であった。

まず高級住宅地という立地が好あるきになれなかった。

嫉妬もあるだろうが、それよりも自分の生きている世界と違うぬるい空気感が嫌だった。常日頃から襲われる危険を想定しているアッシュとしては、そのセンサーが鈍くなる気がしてしまう。

そんな住宅地を移動し広場に着いてかれも納得がいかなかった。

依頼主がこちらを試すのは別にいい、しかし、護衛任務で対象が既に監視されている上に、暴力は”最終手段”というのはバカの戯言以下だ。

そしてそんな現状に反して明るい表情の護衛対象が一番気に入らなかった。


「いつまでも握ってんじゃねぇ!それに勝手に話を進めるな!」


右手を揺さぶられに気付くと無理やり振りほどいた。


「何よ過剰に反応しちゃて。意外と初なのね」


白い歯を見せて意地の悪い笑みを見せる。

そんなエミリアの表情でさらにアッシュの眉間は深くなる。

そんな2人の様子を依頼主の情勢はオロオロしながら見ている。


「エミリア様そろそろ移動された方がよろしいかと。他の使用人たちもこちらの合図を待っているようです」


「そうだった。それじゃ手はず通りに別れましょう。リリー合図して頂戴」


かしこまりましたと答えると、黒服の女性リリーは幅広の帽子を脱ぐ。

アッシュはポカンと口を開けて見ているしかできない。

それを合図にリリーとエミリア意外のペアの内、母親役の女性たちがバラバラに行動を開始する。

1人は急ぎ足で南の通路に向かい、1人は娘に別れを告げつ素振りを見せて西の通路へ歩いていく。1人は通路ではなく広場に面した裏庭の勝手口を開けて、家に入っていくようだ。


「なっ!?」


「それでは私もここまでです。エミリア様どうかご無事でいて下さい」

小さな声で簡潔に別れを告げるとまるで関心をなくしたような仕草で、再び幅広の帽子を被りなおし北の通路へと歩いていく。

彼女たちの行動に先程からアッシュは驚くことしかできない。


「私が用意したプランはここまでなの。さぁ逃げましょう。私達は西の方角へ」


リリーが帽子を被ったのが合図であったのか、今度は娘たちがそれぞれ行動を開始しはじめる。

納得のいかないアッシュは一瞬口を開きかけるが、


「今は私を信じて!?東の通路に行くことで一度監視を撒くことができる予定なの」


先程までと違い真剣な顔で訴えると髪を揺らし早足で西の通路へ歩いていく。

その様子を忌々しい顔で髪をボリボリと掻き毟りながらアッシュは着いて行った。


2人は西の通路を早足で歩く。

「リリーも含めて彼女たちは私の父の使用人なの。本当は私に命令する権利なんてないけど、今回逃げることに快く協力してくれたわ。女の子たちも使用人の娘たちよ」


見るからに不貞腐れて睨んでくるアッシュのプレッシャーに、エミリアは冷や汗をかきながら経緯を説明する。

表情には大分余裕がうかがえるようになった。


「で、お前がここから逃げたい理由と監視が付く理由はなんだ?」


「お前って言葉は苦手だからエミリアって呼んで。それとあなたの名前を私はまだ聞いてないな」


「・・・アッシュだ」


「あなた随分と人相悪いけど年いくつ?眉間にシワ寄せてる顔しか見てないわね。通行人に怪しまれるからもう少し穏やかな顔できないの?」


誰のせいでこんなにイライラしていると思っているんだ!!と罵倒したい気持ちを、眉間に1つ血管を浮き上がらせるほど堪えることで我慢する。

プルプルと体が怒りで震えてしまうことはどうしようもできない。

犬を連れた1人の女性がこちらに向かってきている。

確かに身なりと態度で不審者と思われてもしかたない。


「何よ子羊みたいに震えちゃってみっともない」


プチッと何かが切れる音がした。


「ガーーー!!うるせーよ!ぺちゃくちゃ喋りやがって!!」


感情そのままに肘を畳んだ右腕をコンパクトに回し、振りかぶる。

ブワッとエミリアの髪が風で揺らめく。

彼女の瞳は大きく見開かれて、口は真一文字に閉じ奥歯を噛み締めている。

アッシュのいきなりの行動に驚き固まってしまったようだった。

翻った髪が元の位置に戻った時、エミリアの顔をかすめたアッシュの右腕は一匹の犬の喉首を捕まえていた。


「・・・え」


その犬を地面に叩きつける。

キャウとか細い悲鳴を上げて犬は動かなくなる。

何が起こっているのか分からないエミリアは両手を口に当てて、犬を憐れむような顔だ。そんな彼女の姿を無視し素早く通り過ぎる。

その眼前には犬の飼い主の女性が両手でもったナイフを右腰の位置で固定し、突進して来ていた。

アッシュは咄嗟にエミリアを左手で突き飛ばすと、重心を左半身に移動し向かってくる女の右側頭部に向かって左フックを放つ。

女はいつの間にかナイフを左手に持ち替え、右腕でブロックした。

そして左手逆手に持ったナイフをアッシュに突き刺す。


「残念。詰みだぜ」


アッシュはニヤリと笑うと強引に右腕を女の喉にねじ込こむと同時に、右足と腰を軸に女を巻き込むようにして押し倒す。

つもりが路地の壁が狭かったこともあり、壁に打ち付けてしまう。

ガンと鈍い音が響きドサリと女も気を失い倒れる。

押し倒された状態のまま側に転がる犬と女性を呆然と見つめるエミリア。


「何が東通路に行けば撒けるだ。しっかり監視されてるじゃねぇか」


呼吸を乱すことなく嫌味を口にするアッシュはエミリアに右手を差し出す。


「私の予想が外れるなんて・・・」


その手を取ることはせず自力で立つとエミリアは、信じられない者を見るようにアッシュを見つめる。


「あんなザルな作戦で逃げ切れる訳ねぇだろうが。これだからお嬢さんは・・・」


心底嫌なものを見るような目で宙ぶらりんの右手を気にした風もなく引っ込める。


「私は【占い師】よ!この意味が分かるでしょ!?他の人と一緒にしないで!!」


少し顔を赤らめたエミリアはムキーっと頬を膨らまして抗議する。


「占い師?ペテン師の間違いだろ?」


「バカにするな~!?」


アッシュの呆れたような口調に両手を空に突き出してエミリアは訴えるのであった。

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