第9話エミリア
東の区画は主に中流から上流階級のための家が並んでいる。
日の昇り始める方角は縁起がいいとの理由からである。
待たすことも待たされることも嫌いなアッシュは、待ち合わせ時間より少し早めに目的の広場へと着いていた。
時計を持っていない貧民街の住人は日の角度を頼りにするか、どの広場からでも見えるように立ててある時計塔を利用して生活している。
アッシュの住処のある北の区画とは違いどの家も塀から覗く姿は立派であり、他所のと競うように装飾が施されている。
アッシュはこれまでに数度任務の都合で東区画を訪れている。
その度に舗装されているレンガの質が、まるで国境沿いのように境目が分かるほど違うことに、反吐が出そうになる。
”全てが作り物でできた空気感”とでも言うのだろうか?
どうにも好きになれず今も内心イライラしている。
目的の広場に着いた時、既に依頼主と思われる女生とその娘と思われる女の子がベンチに腰掛けていた。
周囲を家に囲まれ中央に噴水のあるこの広場は、アッシュが腸詰めを盗んだ場所と違い、小ぢんまりとしている。
しかし、全体的に清潔でよく手入れをされている花壇や質のいい果物、野菜を置いている屋台と、そのどれもがここを利用している人たちの品の良さをうかがわせる。
広場へ通じる通路はアッシュの使用したものを含めて3本ある。
北、南、西へ伸びている。
アッシュは北へ通じる通路の入り口で立ち止まると、視線だけ広場全体へと向ける。
そして直様違和感と異様な光景を目にする。
確かに依頼主の女と娘の姿があるが、その組み合わせが5組も存在する。
噴水しか遮蔽物のない広場にその光景は不気味であり、そのせいか他の通行人が見当たらない。
6脚あるベンチの内空いているのは1脚だけだが、このタイミングで利用しようとするものはいないだろう。
その5組のペアはどれも質の良い生地で仕立てられた服装を身にまとい、大きな違いは外見からでは見つからない。
ただ、アッシュも驚きを顔に出したのも一瞬で迷うことなく1組の親子の元に近づいていく。
「これはどういうことだ?」
依頼主と思われる女性に向けてアッシュは問いただす。
「すみません。用心のためです」
黒いワンピースに黒のカーディガンを羽織った女性は一言静かに謝罪する。
幅の広い帽子を目深に被っているため表情は分からない。
帽子から流れる髪は美しいブロンドであり肩の長さに揃えてある。
「違う。そうじゃねぇ。何でもう監視が付いてんだ?」
ピクリと女の表情が反応し玉の汗が眉間から一筋流れる。
無言で隣にいる娘へと目を向ける。
「監視って?」
少女は感情のない声で問う。
こちらは純白のワンピースに長いシルバーの髪を顎のラインに整えてある。
アッシュはなんとなくこの2人は親子じゃないと感じだ。
「屋上にこちらを見ている男が3人。俺がお前らに近寄ったことで視線を集めている。ただ、他の親子にも気を抜いてないことから、まだお前らをターゲットとして確信は持てていないようだがな」
「たまたま他の親子も同じように狙われているだけじゃないの?」
「バカ言ってんじゃねぇよ。あいつらはただ座ってるだけで危機感がねぇ。お前らとあいつらじゃ出してる波長が違うんだよ」
「危機感?波長?可笑しなことを言うのね」
だが危機察知能力はあるようねと呟き少女は頷くとベンチから立ち上がる。
ふわりと銀色の髪が光を反射する。
「私の名前はエミリアよ。無事にマルセーロの都市から私を出してちょうだい。それが依頼内容よ」
先程とは打って変わって明るい口調で右手を差し出して友好の印に握手を求める。
その手をアッシュはペチンと叩く。
「既に怪しまれてる時点で危機察知能力も何もねぇんだよ。上にいる奴らだって馬鹿じゃねぇんだ。これからどう行動しようが最低1人は付いてくるだろうが!!」
眉間にいつも以上にシワを刻みエミリアを怒鳴りつける。
「あなたがそんな態度とると余計に注目されることになるんじゃないの?」
アッシュの態度に動じることもなく、こちらも機嫌を悪くして反論する。
「それに報酬は成功報酬は1マルクなんだから、危ない目に合う可能性くらい考えつくでしょ。」
がからうまく切り抜けなさいよねと言うと強引にアッシュの右腕を掴み、無理やり握手する。
「はい、これで契約成立ね!私のこと守ってね」
跳ねるような調子でブンブンとアッシュの手を振って笑顔で言うエミリア。
その現状とは場違いな表情に呆気にとられたアッシュは、簡単に自分の腕を掴まれたことに気付いていなかった。
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