第2話朝飯

アッシュはしばらく体をほぐしてから立ち上がった。

空腹を覚え根城としている橋の下から近くの市場(マルシェ)まで移動することにした。

アッシュの住むマルセーロの都市は近隣と比べてもとりわけ発展している。

貧困街のある北の区域以外には、中流階級以上の住まう区域が用意されている。

そこはレンガで舗装されているくらいしっかり管理されている。

それだけ近隣諸国との交流が栄ており、財政が潤っていることを物語っている。

治安もアッシュのいる貧民街でもない限りはいい。

憲兵たちが目を光らせていることもあるが、一定の層より上の人々にはどこか心の余裕が窺える。

争いを好まないのだろう。

アッシュが向かった市場は下流階級から中流階級の行き来がある大通りに設けられている。

貧困街からは南西い位置する。

流れ者であるアッシュはさらにその下の貧困階級であった。

主に定職に就くことができず、住む所にも困っている層のことだ。

そして彼がこれから行うこともこの階級の者にとっては当たり前のことであった。

それは盗むということ。

れっきとした犯罪行為だ。

目的の広場には移動式の荷台に高々と新鮮な野菜や果物が載っている。

決められた場所に毎日設置することで、人の流れを邪魔しないことがルールとなっている。

太陽が頭上に上がる前の時間。

一番人で混む時間帯だ。

この広場の市場はマルセーロに数ある市場の一つに過ぎない。

しかし、アッシュの名は既に盗人としてどの市場でも有名になっていた。

14歳の時にここに流れ着いてから、2年間も盗むことで生きながらえているのだから、当然と言えば当然であった。

アッシュの外見はボサボサに伸びた黒髪に16歳とは思えないほど険しい表情。

前髪から除く切れ長の鋭い目つきは野生の獣を連想させる。

170センチに届かない体は細く華奢に見えるが、黒の半ズボンからのぞく足は筋肉で引き締まっている。

靴は元は白色だったことがかろうじて分かるほど履き降るされたものだった。

よれよれで汚れの目立つ灰色のTシャツの上から、着古した紺のローブをアッシュはまとっていた。


「・・・・さてと」


現在アッシュは広場へつながる5本の通路の一つの入り口で市場の様子を見ている。


「今日は何をいただこうか」


舌なめずりする捕食動物のように市場を観察する。


「・・・決まりだな。今日は腸詰めにするか」


まるで成功が決まっているかのように呟く。

アッシュは羽のように軽やかな身のこなしで広場へと歩を進める。

荷台は人の流れを意識し広場全体を川の字のように並んでいる。

5本の通路のどこから入ろうとも一通り見て回ることができるようになっており、また目に入るようにすることで、購買意欲を誘えるように考えられていた。

大勢の人でごった返す中、アッシュはスルスルと人混みをかき分けて移動する。

まるで彼だけ散歩を楽しんでいるかのようだ。

目的の腸詰め店で少しばかりの間足を止める。

そして再び歩き始めると彼は別の通路まで真っ直ぐ歩いた。

いつの間にか彼の左手には動物の腸詰めが一巻き握られていた。

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