第12話エミリアについて 犬について

エミリアの家はもともと南の地区に住んでおり、中流かそれよりも下の家庭だった。

しかし、一人娘のエミリアが生まれ言葉を発するようになると環境が一気に変化した。

最初は家具についてだった。

1枚の皿を指差し割れることを予言したのだ。

その皿は数時間後に見事割れ的中した。

最初こそ偶然と思っていた両親も、天候や家族の病気を言い当てるエミリアの能力を【占い師】として信じるようになった。

それからはエミリアに自由はなくなった。

欲しい者は与えられ、不自由ない生活を送れるようになった。

家も東の高級住宅地へと引っ越した。

しかし、幼いエミリアに一日に数十名もの人の未来を言う仕事は苦痛だった。

毎日、耳に聞こえてくるのはあらゆる種類の欲だった。

泣いて両親に仕事を拒否したが、両親は都合のいいことばがり言い必死に機嫌を取ろうとしかしない。

両親の口からも結局遠回しな欲しか聞こえてこなかった。

エミリアは立場は閉ざされた大きな屋敷の主だった。

周りの人間は自分のことばかり関心があり、エミリアを見てはくれなかった。

エミリアの能力にしか興味がなかった。

それを思うとエミリアの胸はとても空虚でただ寂しさを感じた。

この生活を抜け出そうと考えたのは当たり前のことだった。

いつからか”不満”を感じはじめた時、自分が14歳の時に抜け出せる予言をすることができた。

そこからはその日のために、我慢と忍耐の日々だった。

7歳の頃から7年間、自分を導く人と西の道を進む光景だけがエミリアの救いだった。


ずっと腫れ物扱いを受けていたエミリアにとって、アッシュの言葉は生きた言葉だった。自分の気持を隠しもせず真っ直ぐに主張する。

腹が立つはずなのにどこか清々しく感じる。

それはエミリアのことを本当に危惧しているからこそ、そう感じるのだろう。


「・・・・・・・分かったわよ。きちんと頭を切り替えるわよ。7年間も我慢したんだから絶対に屋敷には帰らないもん」


目尻に涙を溢れさせながら上目遣いに挑むようににらむ。


「・・・・・・・」


アッシュはスッと体を後退して距離を取る。

ボリボリと頭を乱暴に掻きむしる。

妙な沈黙が生じ流石のアッシュも気不味く感じる。


「・・・・・取り敢えず俺の住処の貧困街に行くぞ。ファミリー共の危険性もあるが土地勘がある分動きやすいはずだ。ただしお前が【占い師】ということは絶対に口にするなよ!何か言われたら俺の生き別れの妹とか言っておけ」


「妹!?あんたの髪色真っ黒じゃない!それにあたしと違ってみすぼらしい格好だし!」

「いいんだよ!色々疑う時点でそいつはアウトだ。黙らせちまえばいいだけだ」


「何よ。あんたこそ言ってることめちゃくちゃじゃない」


ゴシゴシと目尻の涙を拭うとふふっとエミリアは笑う。


「ねぇ、1つだけ確認していい?」


「あ?」


真面目な眼差しでアッシュを見上げるも、アッシュの高圧的な態度に怯んでしまう。


「・・・・?何だよ?言いたいことあるなら言えよ」


「えっと、それ怒ってないよね・・・」


恐る恐る聞いてみる。


「別にもう怒ってねぇよ。普通だよ」


(それならそんなに眉間にシワ寄せないでよね)


怖くて口に出せないものの内心で毒突く。


「さっきの襲ってきた女性は死んでないよね?犬の方は死んじゃうかな?」


「何だよ。お前がビクビクしてんのはそれを気にしてか」


「違うわよ!!あんたの顔の迫力が怖いからじゃない!」


「ハァ、別に怖い顔してねぇだろ!?変な言いがかりつけんじゃねぇよ。それと女の方は別に死ぬほどの怪我じゃないな。今頃目を覚ましてるはずだ。犬の方はダメだろうな」


「・・・・そう」


目を伏せて少し気の毒そうな表情をするエミリア。

彼女は屋敷に犬を飼っており愛犬家だった。

隣にいるアッシュは腕を組んでその様子を見下ろしていた。

この時、何でもない顔をアッシュは装ってはいたが、面と向かって怖いと言われ内心動揺していた。


(クソ、俺の言い方が悪いのは自覚してるが、そんなに怖い顔してるか?適当なこといいやがって)


「あのなぁ、1つ言っとくけどあれは犬じゃねぇからな」


「・・・・。えっ」


目を大きく見開き心底驚く。

もともと大きな瞳が見開かれることで余計に際立つ。


「いや、言い方が悪いな。犬には違いないがマルセーロの都市で飼われているものとは別物だ。あれは野生の犬種だ。一見すると見分けが付かないがな」


組んでいた腕を解き犬を掴んだ方の右腕をエミリアに見せる。


「・・・・?」


訳も分からず首をかしげる。


「人差し指の先だ」


手には大小様々な古傷があるが人指し指には新しい切り傷があった。

しかしその傷口がどうもおかしい。

出血はない、しかし逆に傷口から体内に入り込むように、毒々しい紫色の色素が浸透していっている。

少し痛みが生じているのか人差し指だけ震えている。


「これは何?」


青ざめた表情で問う。


「毒だ。野生の犬が持つ特有のな。抗体がないと徐々に壊死していく」


「なっ、何を悠長に言ってんのよ!?病院に行かなくちゃ!!」


アッシュの右手首を掴み適当に歩き出そうとする。


「病院の場所も分からずに動き出すな。それにマルセーロの都市にいて感染することはないから、数の少ない注射は高価だぞ」


「そんな、それじゃあどうすれば・・・」


エミリアの瞳からじわっとまた涙が滲み出す。


「待て待て待て!?話を最後まで聞け!!俺は抗体を持ってるから心配するな!一時的に紫色になるがこれ以上は進行しない」


「それをはじめに言ってよね!!」


ボスっとアッシュの腹を殴る。

アッシュはうっと小さく呻いてもろにくらう。


「・・・・?あんただったら避けれるんじゃないの?」


波長とやらでエミリアが攻撃することは分かっていたはずだ。


「お前の早とちりとはいえ、結果的に泣かせちまったからな。これであいこだ」


(何よ!人をおちょくるような真似して。バカにしてるの!)


エミリアは納得がいかず未だに口を大きく真一文字にし、アッシュ並みに眉間にシワを寄せている。

よほど心配したのだろう。


「話は長くなったがこれはファミリーによるものだ。憲兵たちはこんな姑息な真似はしない。大方お前を襲い傷を負わせ徐々に変色する傷を見せることで、協力を強制するつもりだったんだろう。言葉さえ話せる状態ならば問題ないからな。俺が言いたいのは何も真っ当な手段を使う奴らばかりじゃねぇってことだ。だからこそ頭を使って警戒しろ」


偉そうにとエミリアは反感を覚えたが、もしアッシュが抗体を持っていなかったらと考えゾットする。そしてその傷はエミリアを庇って負った傷であり、もし毒という知識すらなかったら今頃どうなっていたかも分からない。「ほら、こっちだ付いてこい」とアッシュは背を向け歩き出す。その何でもないかのような振る舞いにエミリアは不器用な優しさを感じた。そしてアッシュがなぜ抗体を持っているのか疑問に感じた。

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