第19話その時エミリアは、エミリアの両親は・・・
少し時間は遡る。
エミリアは宿の借りた部屋で困惑していた。
自分の予言通りであるなら間違いなくマルセーロの都市から逃げ出せるはずである。
それは7年越しの予言であり、そのために我慢に我慢を重ねてきたのだから。
しかし、待ち合わせ先の広場から先の通路から異変が生じていた。
本来の予言であれば刺客がいるはずもなく安全に進めたはずである。
それを知っていたからこそ、あの道を選んだのだから。
少しずつ自分の予言が狂ってきていることは自覚できていた。
しかし、アッシュと行動を共にしてから能力がうまく働かなくなっていた。
それが分かったのはアッシュと宿で行動を別にしたからだった。
予言をするために意識を集中させる。
手始めに窓から見える空を焦点を合わせずに、見るともなく見てみる。
途端に脳の中に高速で流れる雲、沈む夕日、そして星々と月が移動していく映像が見える。
マルセーロ上空の2日後の天気まで見たところで、体が熱くなり意識を外側に向ける。
次第に焦点が合いはじめ、窓の外のゆっくりと流れる雲がはっきり見ることができた。
そこで自分が意識の外側にいることをしっかりと把握する。
幼い頃はこの切替をうまくすることができず、意識を失うことが頻繁にあった。
その度に光熱を出し寝込む羽目になってしまったのだ。
しばらくの間ベッドに横になり、頭を空っぽにさせる。
アッシュが今頃何をしているのか気になったが、今は彼の安全のためにも、足手まといにならないためにも、予言に集中することが先決だった。
今度はベッドの上でアヒル座りになり、目を瞑って集中する。
再び意識を内側に向け、自分のこれからについて予言してみる。
しかし、異変が生じた。
これはエミリア自身に災いが降りかかる時に起きる現象だった。
高速で映る映像は宿に火の手が上がり、燃え盛るものだった。
瞬時に意識が勝手に現実世界に戻ろうとする。
防衛本能が働くのであろう。
しかし、それを無理矢理押し留めアッシュのことを頭に思い浮かべる。
本来であれば予言したい人物が目の前にいないと予言は成立しない。
そのことをエミリアは十分理解していたが、咄嗟にやってみることにしたのだ。
結果はここから近い広場にいる姿が見えた。
軽装の女性剣士と言い争いをしているようであった。
その姿に安堵し意識を外側へと向ける。
予言をしていた時間は20秒ほどだろう。
にも関わらず、エミリアはびっしょりと汗をかいていた。
それはこれから起こる危険を恐れたせいであった。
そして鮮明に脳裏に映る炎上する宿に体が勝手に熱さを錯覚したせいでもあった。
エミリアはベッドから飛び下りると、そのままドアを乱暴に開け室内から出て行った。
エミリアが宿で意識を集中していた頃、貧困街の中でも目を引く豪勢な一軒家にてエミリアの父と母の姿があった。
彼らの住まいは南の区域から移り住んで東の上流階級の区域にあった。
本来であれば北の区域など金を積まれても行きたくはないことだろう。
しかし、赴く先の相手が娘のお得意様であり命を握られているのであれば、行かないという選択肢はなくなる。
それこそ娘が逃げ出したことで、親としての監督責任を今まさに追及されているのだ。
エミリアの両親がいるのは屋敷の一室、大広間であった。
そこの豪華なソファに腰掛けているのだが、2人の表情は暗く青ざめている。
対面には仕立ての良いスーツを着こなし、足を組む細身の男が座っている。
彼の風貌は几帳面な細面であり、髪も綺麗に撫で付けたオールバックであり、彼に良く似合っている。
彼が座る椅子は装飾がさり気なく施された控えめな物だが、それが高価な物であることがひと目で分かる作りをしている。
彼の両隣には同じくスーツを着た男たちが複数立ち控えており、護衛しているようであった。
男たちは皆屈強な風貌をしており、その瞳は隙がなく張り詰めた表情を皆している。
ただし、その末端には服装の違う幼い男の子が紛れ込んでいた。
彼はこの張り詰めた空気にどこかそぐわない雰囲気をしており、柔和な顔は異様ですらあった。
エミリアの両親の前にいる彼らは「サリエリファミリー」であり、犯罪組織であった。
「・・・・・・・・」
椅子に座る細面の男、首領(ドン)であるサリエリは先程から何も口にすることなく、泰然とした態度を崩さない。
しかしそこには間違いなく静かな迫力があった。
そこにコンコンと扉をノックする音が響いた。
「入れ」
低く一言サリエルが言う。
息を切らして入室した男が一礼する。
サリエリが鷹揚に頷く。
それで発言権を得た男は
「逃げられましたボス。囲みはしたものの2人が倒され突破されました」
と簡潔に良く通る声で告げた。
その発言を聞きサリエリは静かに目をつむる。
「倒されたのは誰だ?」
「はい、グリム、メノウです」
「容態は?」
「はい、2人とも意識を失っておりましたが回復しております。「問題なし」と答えてもいるそうです」
「そうか。2人からの報告はどうだ?」
「はい、エミリア嬢と彼女を連れた少年と遭遇したそうです。グリムの方は出会い頭に攻撃を受け失神。メノウは少年を羽交い締めにし、その際にエミリア嬢の口から「アッシュ」という名を聞いたそうです。しかし後頭部を殴られメノウも意識を失ったとのことです」
「そうか。メノウがやられた理由に納得が言った。2人には明日一日休むようお前から伝えておけ。簡潔な報告良かったぞ。また報告があれば別の人員を寄越せ」
「はい、ボス・サリエリあなたに忠誠を誓います」
男は褒められたことが嬉しかったようで僅かに頬を緩めたが、それを引き締め再び一礼する。
「大袈裟なやつだ。下がっていいぞ」
サリエリは呆れたような満足した笑みを見せると男に頷き返す。
男は出ていき静かに扉が閉められる。
このやり取りだけでも部下がサリエリに対し、礼節と敬意を持っていることが分かる。
「・・・・・・」
短い沈黙の後、サリエリがエミリアの両親に話しかける。
「俺も含め部下たちは貧困街の出だ。意外に思うかも知れないが、こんな場所でも教養と規律は大切だ。・・・・いや、こんな場所だからこそだ。俺たちファミリーがそれを体現することで、ここが少しでもよくなることを俺は望んでいる。だが人は誰しも失敗をする。それは1つの真理だ。そこに気を揉むようであれば健全な思考はできない。だからファミリーでもある以上、俺は子供たちに寛大でいたい。しかし、お前たち夫婦は俺のファミリーでもなければ、貧困街で暮らす住人ですらない。俺とお前たちの間には金によるつながりしか存在しない。俺が定期的にエミリア嬢に占ってもらっていたのは、ファミリーの行く末を案じてだ。そして今までに報酬の未払いはなかったはずだ」
間違いはあるか?とサリエリがエミリアの両親に一瞥する。
「はい、しっかりといただいておりました」
震える声でエミリアの父親が答える
「我々は今、お前の娘の捜索に尽力している。それはお前たちではなくエミリア嬢の力を、評価しているためだ。言っていることが分かるな。必要なのはお前たちの娘なのだと」
明確に利用価値がないことを告げられエミリアの両親は震え上がる。
「それが理解できたのであれば、しっかりと協力をしろ。部外者に俺は容赦はしない。
それはお前もだ。ディリード」
サリエリを両隣で守護する男たちの左側末端、その名を呼ばれた服装の違う幼い男の子は名を呼ばれて驚く風もなく
「はい、分かっております」
一言返事をした。
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