02 テロリストたちの反撃
「カメラだ! 防犯カメラを壊せ!」
ラスティがトランシーバーのむこうで叫んだ。
「……カメラを?」
エミルが反復した。彼が可愛らしく小首をかしげているのが、ヘディは声だけで想像できた。
「カメラつってもいっぱいあるが、どれを壊せばいいんだ?」
ダイスケが訊いた。彼は唐突な内容にもかかわらず、その趣旨についてはいっさいの疑問を持っていないようすだった。
「できる限りだ」
とラスティが答える。
「おーけいだ」
ダイスケが了解した。声だけでにやけ顔を想像できる。
「…………」
そういうことだったのか。
ヘディだけはラスティの話を聞いて、事情をすぐに理解した。さっきからむこうサイドの動きが妙に的確なのは、おそらくコリーが管理室にいて、防犯カメラを通し、こっちの動きをすべて把握していたからなのだ。
「わかったわ」
ヘディはトランシーバーにむかって言った。
――これはやっぱり、いつものケイドロとは違うってわけね。
どういう事情があるのかわからないが、むこうはこっちに暴力を振るわない。けれど、子供をナメているわけでも世界征服を軽くみているわけでもないらしい。ましてや遊びに付き合っているというつもりでもないらしい。
むしろ本気だ。
全力でケースを奪おうとしていることが、よくわかった。
「エレベーター内のカメラはあたしが全部やるわ」
ヘディは宣言した。
「頼んだぜアネゴ」
ラスティが応えた。
「……よっし」
それじゃあやりますか。
ヘディはさっそくカゴを呼び出し自ら乗り込む。
防犯カメラを見上げる。――けっこう高い位置にある。自分の身長では届きそうにない。足場になりそうなものといえば、両サイドに取り付けられた銀色の手すりくらいだ。
「よっと」
とりあえず足を掛けてみた。
そこで身体が固まった。
「…………」
――思ったよりも、高いな。
手すりは自分のおへそくらいの高さにある。思い切って足を掛けたはいいが、よじ登れる気配がしない。例えていうなら、サプリメントの大きな錠剤をくちに含んだはいいが、飲み込むのに躊躇っているときの感覚だ。
「うりゃっ」
おもいきって、残されたほうの足に力を込めて全力で床を踏んで、跳び上がった。壁に身体をべったりとくっつけることになったが、なんとか手すりの上に乗ることができた。
「ふう」
——さてと。
ヘディはスカートのポケットを探る。手すりの上から落ちないように気をつけるととても窮屈で、頬を壁にべったりとつけてバランスを取る必要があった。
――これはこれでかなり滑稽な格好ね。
でもちょっと、『ミッション・イン・ポッシブル』みたい。
――さっさと終わらせちゃいましょうか。
ポケットからドライバーを取り出す。ヘディはチームのメカニカル担当だから、トランシーバーが不調になったときなんかにその場で直せるよう、試合中も、練習中も、常にいくつかの道具を持ち歩いているのだった。
まえに、ポケットからレンチを取り出すところをダイスケに見られて、『ドラえもん』とあだ名を付けられたことがある。いまではその呼び名に、ダイスケ自身が飽きてしまったようだが。
カメラをみつめて、ドライバーをぐっと握る。
――ああ。機械を壊すだなんて。なんて勿体無いのかしら。胸が痛むわ。
でも仕方がないよね。
「えいっ」
カメラにむかってドライバーを突き刺した。
表面のガラスがぱりんと割れた。中に手を入れ、コードを一本引きちぎる。
「ミッション完了」
——まずは一台。
「よっと」
手すりの上から跳び下りた。
――それにしても。
ヘディは思う。むこうサイドの動きがやけに的確なのも気にはなっていたが、それ以上に妙なのが、エレベーターの動きだ。
――あたし以外の三人は気がついていないみたいだけど。
もちろん、あからさまな妨害はときどき入る。けれどそれだけでは説明がつかないようなカゴの移動が差し込まれているように思う。
――これはもしかすると。
ひとつの可能性が脳裏をよぎった。
階数ボタンを適当に押してから、ドアを開けてカゴから降りる。
すぐに別のカゴを呼び出す。
顔をあげて、三台あるカゴすべてのランプの表示を確認し――
そしてヘディは確信した。
「……やっぱりそうだ」
トランシーバーにむかって、彼女は報告した。
「マンション内に、あたしたちとテロリストたち以外の、第三者がいるわ」
***
ヘディのその言葉を聞いて、エミルは思わずはっとした。
「どういうことだ?」
ダイスケが訊いた。
「あたしたちとむこうのチーム、合わせて8人以外にも人がいるのよ。このマンションのなかに」
ヘディが言った。
「アネゴ、そいつをみたのか?」
ラスティが訊いた。
「いいえ見てないわ。でもエレベーターの動きでわかる」
「ダイスケ、エミル、おまえたちは気づいたか? おれは見てないんだけど」
「おれも知らん」
ダイスケが答えた。
「まあたしかに、ふつうに考えればあり得る話ではあるが」
ラスティが言った。「でもほんとうにいるのか? 第三者だなんて」
「ぜったいいるわ」
ヘディは自信満々で言う。
「あのー……」
エミルがちいなさ声で言った。
「なんだ?」
ラスティが訊いた。
「そういえばなんだけど」
「うん」
「……ぼくそれ、さっき見かけた気がするんだよね」
***
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