エピローグ

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 目をあけると、半分の夜空があった。

 赤紅色と瑠璃色のグラデーションが視界いっぱいに広がっている。

 ――どうやら自分は、まだ死んでないらしい。

 コリーは仰向けになりながら、ぼんやりとそれをかんじた。

「急所は外したみたいだね」

 エミルが言った。

「ああ……そのようだ」

 だからと言って、身体を起こすことができない。絶妙なさじ加減だ。

「コリーのおじさんは、ぼくを助けてくれたよね? だからパパは、急所を外してくれたんだと思うよ。このくらいの距離なら、頭を狙うのは簡単だったはずなのに」

「そうか。……良いことってのは、やっておくもんだな」

 遠くのほうから、ヘリの音が近づいてくる。

「ねえおじさん、どうしてこんなことをしたの?」

 エミルが訊いた。

「ん。どうしてだろな……自分でもわからん。ひょっとしたら、世界を騒がせたかったのかもな」

「えぇっ、ほんとにぃ!?」

 エミルが目を輝かせた。

「ああ、たぶんそうだ」

 コリーはそう言って、ははっと、力なく笑った。


「ねえねえおじさん。……おじさんって、『ダークナイト』って映画、観たことある?」

「あるけど……なんだよ急に?」

「作中の登場人物で、誰がいちばん自分にちかいと思う?」

「んー」

 コリーは考えた。どうせ身体は動かないし、このまま大人しく捕まる以外にはなかったので、真剣に考えてみることにした。

 同時に二人候補が上がったが、考えれば考えるほど、どっちが自分なのかはわからない。けっきょく、直感で選んで答えることにした。

「……バットマンかな」

「うん。ぼくも、そう思うよ」

 ――なぜだろうか。

 エミルのその言葉に救われた気がした。

 ずっとまえから胸のうちに突き刺さっていた棘のようなものが、いま、ふいに抜け落ちたような気がしたのだ。


 ヘリが頭上にやってきて、そこから部隊が降りてくる。

「ぼく、そろそろ、仲間のところへいくね」

 さようなら。と言って、エミルはむこうへ歩いていく。

 その背中にコリーは呼びかけた。

「エミル」

「なあに?」

 エミルは振り返ることもなく返事した。

「――気のせいかもしれんが、さっきのあれ、〈マリエンの虹〉じゃないか?」

「…………」

 エミルは後ろ手をまわしてこちらにみせた。

 その手のなかで、七色の光がちいさくきらめきをあげていた。

 間違いなく、〈マリエンの虹〉が放つ特殊な輝きだ。

 そしてやはり、次の瞬間には、それが消えた。――まるで手品のように。

「……昨日の夜の、メトロポリタン美術館の事件、あれ、お前がやったのか?」

 幻のようなものを目撃して、コリーは訊いた。

 エミルは肩越しに振り返った。

 彼は自分のくちびるに指をあてて、とびっきりのいじわるな笑みを浮かべて言った。


「……誰にも秘密だよ?」


〈エミル・イーストン〉

 ラスティの親友。

 彼が得意とするのは《誘導》。

 いまこの少年時代においても、逃げることに夢中の彼は、


 ――のちに〈21世紀最高の怪盗〉へと成長する。


     ***


 ホワイトハウスにて。


 テロリスト3名の確保、さらにはマンション内に設置されたすべてのトラップの撤去を終えたとの報告を受けて、大統領はふぅっと安堵の息をはいた。

「一件落着ですね」

 リチャードが言った。

「そうだな」

 と答えて、大統領はまたふぅっと大きく息をはく。「……きみの息子、ラスティくんはほんとうに、きみに似て優秀だね」

「私なんかよりも、遙かに優秀ですよ、あの子は」

 リチャードはにこりと笑って応えた。

「そうかね? きみがそう言うなら、まったく、末恐ろしいな。……ところでラスティくんは、きみとおなじように政治家になるのかね? ……いやね、もしそうだと言うのなら、ぜったいに敵にまわしたくないから、いまのうちに根回ししておかないといけないと思って、いちおう訊いているんだが」

「わかりませんよ」

 リチャードはどこか遠くをみつめて誇らしげに言った。「あの子が将来何になるかだなんて、到底想像つきません。親にだって計り知れないのですよ」


     ***


 マンションまえ。


 子供たちのもとに親が駆けつけた。

 ヘディは両親に抱きしめられていた。

 ダイスケはなにやら母親に説教されているようすだった。

「エミル」

 父親の呼ぶ声がして、エミルは振り向いた。激しい戦闘のすえ、ボロボロの姿になったエドワードがこちらへ駆け寄ってくる。

「パパ!」

「よくやったな」

「うん!」

 ごちん。——二人は拳を突き合わせた。


「ラスティ!」

 ラスティの母親が彼のことを呼ぶ。

 その声を聞いたとたん、ラスティは顔をくしゃくしゃに歪めた。母親のもとへ一目散に駆け寄り、全力で抱きついた。

「ママ!」

 嗚咽をもらしながら彼は叫んだ。「……うっ、ひっぐ、……ごわかったよぉ! ママーぁっ!」

 エミル、ヘディ、ダイスケの三人はその光景みて思った。

 やれやれ。

 ……じっさいのところ、あいつがいちばん、子供なんだよな。


〈ラスティ・レインウォーター〉

 エミルの親友。

 副大統領の息子。

 彼が得意とするのは《指揮》

 いまこの少年時代においても、追いかけることに夢中の彼は、


 のちに〈21世紀最高のニューヨーク市警視総監〉へと成長し、


 ——エミルの宿敵となる。



                                   (了)

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東向きのエミル 筒城灯士郎 @Tojo-Toshiro

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