第六章
01 エントリー(+ある男2)
第六章 エントリー(+ある男2)
ヘリから屋上に降りた6名のSWAT隊員たちは、まず屋内へのドアロックをレーザーカッターで切断した。
ドアを開けて、その場で、慎重に中の様子をみる。
「…………」
――窓やドアをぶち破って閃光弾を投げ入れ、ど派手にエントリー(=突入)するなんてことは映画のなかの話だ。現実のSWATはカメラの付いたラジコンロボットなどを使用して、安全がきっちり確保できてからエントリーする。
階段を降りたところに赤いケースがみえた。質感からしてプラスチックのようだ。
「あれは何だ?」
チームリーダーがグラントに訊いた。
「爆発物の可能性があります」
グラントは答えた。彼は爆発物処理を専門としている。
「撤去できるか?」
「できます」
「どれくらいかかる?」
「1時間ほど」
「それでは遅すぎる」
「……みえますか、あれ」
グラントは階段のむこうを指差した。「あのケース、振り子が付いているでしょう?」
「ん」
チームリーダーは目を凝らして言った。「たしかに付いているな」
「あれが揺れると起動する仕掛けになっていると推測できます。なので撤去するにはそうとう時間をかけて慎重にやる必要があります。……ですが、いまはエントリーが優先ですよね?」
「ああ」
「ということは、あれの撤去は後回しにすればいい。むこうの意図からすれば、時限式ということもないでしょうからね。静かに横を通れば大丈夫です。それよりも障害となるのが、こっちです」
グラントは指の位置を横へと逸す。
……壁に、何か黒いものが貼り付けてあった。
「なんだあれは?」
「スコープをかけてください」
グラントに言われて、リーダーはスコープをかける。
階段の途中、腰の高さの位置に、肉眼ではみえないラインが横に走っている。壁に貼り付けた機械から伸びているようだ。
「あれは赤外線センサーです。センサーが人を感知したら、その情報が発信されてしまいます。赤のケースにはアンテナが付いているでしょう? あれで受信するのです。そうしたら――」
「――爆発するんだな?」
「そういうことです」
隊員たちは相談してエントリーの方針を決めた。
窓を割って入ることも検討されたが、そこに同じような仕掛けがないとも限らない。EOB(=爆弾処理)専用のロボットは階段を難なく昇降することができるが、ロープで吊るすことは想定されていないし、空を飛ぶこともできない。やはり目の前のドアを突破することがもっとも確実で、なおかつ早いと考えられる。
爆弾本体と思わしき赤のケースは、テロリスト確保のあとに撤去する。
これからやることは、その手前に設置された赤外線センサーの発信機部分――それのロボットによる分解だ。
「どれくらいかかる?」
「8分です」
「よし、やれ」
SWAT隊員たちは念のためドアから距離を取った。もしも爆発してしまえば、コンクリート片なんかが地上へ降り注ぐ可能性がある。そのため地上では所轄の警官たちが周辺を通行止めにした。
ロボットの操作はグラントがやる。
このロボットは〈1033プログラム(=米軍の余剰装備を警察に分配する仕組み)〉によりこの部隊にもたらされた、軍からのお下がりである。ここへくるまえはイラクで使われていたらしい。ロボットといっても、脚がキャタピラで、頭にアームの付いたラジコンである。チタンフレームを使ってあり極めて高価だ。8万ドルのラジコンである。グラントはそれを聞いたときこう思った。(シボレーコルベットが新車で一台買えるじゃないか!)
グラントはスティックをまえに倒してロボットを進めた。
ノートパソコンの画面をみながらXboxのコントローラーで操作するので、はたからみればテレビゲームをやっているのと変わらない。
ロボットがセンサー装置の前に着いた。ここからは細心の注意を払う必要がある。
もしもアームかなにかをセンサーに引っ掛け――『BOOM!』と肺にくるあの音が鳴ったなら、死傷者は出ないにせよエントリーに支障がでる。爆破により不安定となった現場に侵入することはかなりの危険を伴うのだ。
爆発物処理を担当するグラントは、当然ながらありとあらゆる事態を想定してこれまでいくつもの訓練を積んできた。彼は2年半まえいまの部署に配属され、優秀な先輩から付きっきりで、ほとんどすべての技術を学んだ。グラントに技術を叩き込んだその先輩がもしここにいたのなら、グラントとしては気が楽だが、しかしその先輩はもう部隊を離れてしまっているので、いまは自分一人でこの現場をかいくぐるしかない。
『――大丈夫。お前はもう一人前だ』
先輩の最後の言葉を思い出し、自信をみなぎらせ、不安を払拭する。
目をつむり、一度、ふぅ――っ、と深呼吸する。
(……さて、仕事だ。訓練どおりにやろう)
ゆっくりと目を開き、モニターを睨んだ。
発信機の底面にネジがみえた。
四隅にそれぞれ付いてある。
グラントはアームの尖端をドライバーに替えた。
コントローラーを握る親指の先をスティックから十字キーへと移す。
指の腹でとんとんとん、とキーを叩く。
それに応じ、アームが1クロックずつ首を振る。
ドライバーの先をネジ山へ――。
回す。
コンマ5インチほど露出したところでネジは外れた。
同じことを4度繰り返す。
全部のネジを外した。
底面の隙間に小さなたがね型のものを通した。
からん、と音を立てて底面が外れた。
「……ふう」
――爆弾は作動していない。
アームの尖端を今度はハサミに切り替える。外科手術に使いそうな細いものだ。
映像を確認しながらそれを奥へと挿入していく。
ついに目的のコードがみえた。
グラントは最後まで気を抜くことなく、慎重に――それを切った。
(……やった)
きっかり8分だった。
グラントは胸のなかで、退職した先輩に報告した。(やりましたよ、フリッツさん!)
「もう爆弾は起動しないんだな?」
リーダーが訊いた。
「ええ。大丈夫です」
グラントは答えた。「さっきスコープで確認したとき、センサーはひとつしかなかったでしょう? それを外したので、もう安全です」
……そのときひっそりと、
もうひとつの赤外線センサーが空間に伸びた……。
――手前にある赤外線センサーはフェイクだったのだ。
本命は赤いケースのほうに仕掛けられたもうひとつの赤外線センサーである。そいつはいまのいままで眠っていた。アンテナから受信していたものを失うことがきっかけで――つまりはグラントがいまの処理を行ったことで――はじめて起動する仕掛けだった。
「そうか」
リーダーはグラントの説明に納得した顔で頷きを返すと、隊員みんなにむかって言った。「これよりエントリーする」
6名の部隊は装備を抱えてドアの内側へ――。
階段を駆け下り――。
爆弾のまえを――。
そのから伸びるセンサーのまえを――――。
***
ラスティの全身を重低音が打った。
本能的に身をかがめる。
地響きがした。
「きゃっ」
トランシーバーのむこうでヘディが悲鳴をあげた。
そのときラスティは、目の前の吹き抜けを上から下へ、石の塊が通過するのを目撃した。
ついで、ぱらぱらと粉塵が雨のように降り注ぐ。
煙と砂の混じった白濁したものが——ふわりと、ゆっくり舞い降りてくる。
ラスティは理解した。
――突入が失敗したんだ。
つまり。
ここに助けは来ない。
***
【真相その6 事件発生から終結を決定付けるまでのあいだ、マンションに侵入できた第三者はいない】
【真相その7 テロリストを制圧することは、子供たちには不可能である】
***
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