02 エントリー(+ある男2)
ホワイトハウスにて。
「突入部隊が、全滅しました」
顔面を蒼白にしてリチャードは大統領に言った。受話器を握る手がわずかに震えている。
「…………」
大統領は愕然とした。
ケースは子供たちが死守し、未だテロリストの手に渡ってはいない。
だがその奇跡の時間が長く続くわけがない。もうこの突入がタイムリミットだったのだ。ラスティの話しぶりからそれが伝わった。子供たちはもう十分以上に戦ったのだ。
――しかし助けることができなかった。
「はい」
リチャードが受話器にむかって言った。「えっ。……わかった。繋げてくれ」
彼は大統領に振り向き、受話器を差し出した。
「テロリストのボス、コリー・クロ・コップからです」
大統領は受話器を受け取り、耳に当てた。
『――ゴアさまでしょうか?』
電話のむこうでコリーが言った。
「えっ。あ、はい」
大統領が答えた。
『お忙しいところ、申し訳ありません。わたくしテロリストをしておりますコリー・クロ・コップと申します。……いま、お時間大丈夫ですか?』
「…………」
――ビジネスマンか!
だめだだめだ。
大統領は頭をぶるぶると振った。
相手のペースに呑まれてはならない。大統領はそう自分に言い聞かせ、気持ちを切り替えて訊いた。
「お前たちの目的はなんだ?」
『世界の破滅にコミットメントだ!』
コリーは威勢よく言い放った。
「…………」
――こいつ、殴りたい。
大統領は猛烈に思った。
――というか、電話をいますぐ切りたい。
しかし、さすがにここで切るわけにはいかない。
「……ふざけているのか?」
『大真面目さ。あんたが政治家をやっているのと同じように、私はテロリストをやっている。それだけだ』
「要件はなんだ?」
『ご愁傷さまを言いたくてね。この度はあんたの有能な部下の部下の部下のそのまた部下が不幸にもお亡くなりになり――心中お察しします』
「ふざけるな!」
『わかるぜ。胸が痛むよなあ大統領。なにせ部下の部下の部下のそのまた部下が殉職したのだから。そう気が立つのも仕方あるまい』
「馬鹿にしているのか」
『馬鹿になんてしていない。というか、客観的にみりゃどう考えても馬鹿なのは私の方だぜ? あっひゃっひゃっひゃっひゃ!』
「必ずお前を捕まえてやるからな」
『おうおうこわいこわい……。しかし、真面目な話、どうやって捕まえるつもりだ? また特殊部隊を送り込むのか? 言っておくが、屋上の出入り口には私の部下がトラップをいま再設置している。はっきり言って侵入の難易度は高いぜ? とはいえ、私たちは武器商ではないうえ、人的資源も限られる。少数精鋭なんだ。ゆえに、どこか適当な窓を割って入ってみればそこにトラップがない可能性は大だ。やってみるといい。ただ、もちろん当たりを引いた場合の責任はあんたのものだ。大事な大事な部下の部下の部下のそのまた部下の大切な命を使って〈ロシアンルーレット〉を楽しむといい。あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは! ……なに? できない? そりゃあ仕方がない。だってもし失敗したらきっと胸が張り裂けるもんなあ。――いっそのことこのマンションごと爆破するか?』
「……っ」
はっ――と大統領は息を呑んだ。
ケースを使わせることだけはぜったいに避けなければならない。――どんな方法を使ってでも。
マンションごとの爆破。
それは確実な手段だ。
――じつは、まだ選択こそしていないものの、それは検討対象なのである。
ミサイルを積んだ戦闘機はいつでも発進可能なのだ。
『しかしできないよなあそれは』
コリーはこちらの胸のなかを見透かすように言った。「わかるぜ、そのきもち。おれだって合衆国を愛する者の一人だ。〈グラウンド・ゼロ〉からたったの3マイルの場所に、新鮮な瓦礫の山をつくりたくはないよなあ? しかもそれが大統領の命令で……なんつーことが知れ渡ったら、国民はいったい、その事態を、どう受け止めればいいんだろうな?」
「くっ……貴様、いい加減にしろ!」
『そうか。それでは失礼させていただきます』
ガチャ。
ツー、
ツー、
ツー。
電話が切れた。
……時間にして、せいぜい二分ほどのやり取りだった。
とたん。
すぅぅぅぅっと、全身から力が抜けて——大統領はその場で膝から崩れ落ちた。
頭のなかが真っ白になっていた。
***
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