04 試合開始、エレベーターとぼくらの正体
「先月、このニューヨークでケイドロの大会が行われたんですよ」
フリッツが言った。
「ケイドロってなんだよ?」
ポールが訊いた。
彼はそもそも、その競技自体を知らないようだった。
「おれは知ってる。チームでやる鬼ごっこのことだろ」
バリーが答えた。「さいきんやたらと流行ってるらしいぜ。たしか世界大会なんかも開かれてるんだ」
「よくそんなこと知ってんな」
とポール。
「おれも聞いたことぐらいはある」
とコリー。
「ほらな。おまえが流行に疎いだけだよ」
とバリーがからかうように言った。「そんなんだからおまえのバンドは売れなかったんだ」
「売れる売れないと、流行は関係ないだろーが」
ポールがむきになって言い返した。この二人が絡むといつもこうなる。ポールはバンドのことに触れられるとキレるし、バリーはわざと挑発して楽しむのだった。
「で。その大会がとやらが、あの子供たちとどう関係してるんだ?」
コリーがすぐさま話を戻した。
「あいつら、その大会の優勝チームです」
フリッツが突拍子もないことを言ったので、コリーはずいぶん驚いた。
「それは本当か?」
「ええ、間違いないです」
フリッツは断言した。「かなり話題になりましたよ。たしか翌日のタイムズにも記事が載りました。いままでこんなことを思い出せなかっただなんて……いやでも、まさか自分の目の前に現れると思わなかったしなあ……」
「おいおい……たとえ世界大会とか言っても、たかがマイナースポーツの結果だろ? どうしてそこまでの騒ぎになってんだ?」
「いやあの、けっこうすごいことをやったんですよ、彼ら。予想の斜め上といいますか、誰も想像してなかったことを突然やってのけたんです。だからそれだけの騒ぎになったんです。……どういうことか説明するとですね。大会には三つの部門があったんです。社会人を対象とした〈マスターの部〉22歳未満の〈シニアの部〉……それに、15歳未満の〈ジュニアの部〉この三つです」
コリーは三人の姿を思い起こした。――どうみてもあれは十五歳以下ってかんじだ。
「つまりあの子供たちは〈ジュニアの部〉で優勝した、世界中でいちばん、追ったり追われたりするのが得意な中学生ってことか?」
コリーはフリッツに訊いた。
「と、思うでしょ? それが普通ですよね?」
とフリッツは言った。
どこか意味深な言い回しだった。
――どういうことだ? とコリーは首をかしげたが、次のフリッツの言葉には驚嘆せざるを得なかった。
「あの子供たちが出場したのは〈マスターの部〉なんですよ。社会人チームを対象とした部門に、出場したんです」
「え」
「そんなことは前代未聞だったそうで、最初は大会の運営側も、子供たちが書類を間違って書いたと思ったらしいんですがね……でも聞いてみれば、間違いじゃなかった。彼らは四人とも十五歳以下だったにもかかわらず、〈ジュニアの部〉には出ずに、それどころか〈シニアの部〉も飛ばして、最高クラスの〈マスターの部〉に挑戦したんです。ほんとうの世界一を決める部門に。……たしかに大会の規定では、上の年齢のチームが下の部門に出場することは禁止されていても、その逆は問題ないんですよ。でも問題ないからといって普通はやろうとも思わないし、仮に出たからといって勝てるわけがない。〈マスターの部〉の優勝賞金は1500万ドル。真剣にそれを狙って、世界中から大人のチームがやってくるわけです。でも優勝したのは、あの子供たちなんですよ」
「……どうして、上のクラスに出たんだ?」
「それとまったく同じ質問を大会後にインタビューされていましたよ。『自分たちの年齢にあった部門がちゃんと設けられているのに、なぜわざわざ最難関の部門に出場したのか?』って。高額の賞金が目的なのか、それとも栄誉が目当てだったのかって。……そしたらあの子供たちは、こう答えたそうです」
――ぼくたちは、世界を騒がせたかった――。
「ただもんじゃねえとは思っていたが……」
バリーが無線のむこうで呟いた。
「よりによって、どうしてそんなやつらを相手に戦ってるんだ俺たちは」
ポールが言った。
「なんてついてないんだ。――世界征服目前なのに」
フリッツが愚痴をこぼすように言った。
「ボス」
ポールが言った。「そういう事実があるのなら、考え方を変えるべきです」
「…………」
「子供相手にこんなことを言うのもどうかと思いますが、この戦いかたでは我々に分が悪い。べつのやり方に変更しましょう。撃つなり巻くなり殴るなり、テロリストにはテロリストの戦いかたってもんがあるでしょう?」
「………………」
「ボス? 聞いてます?」
「……………。……………………」
突然、コリーからの反応がなくなったから、無線の調子がおかしくなったのだろうか――と他の三人は考えた。
すこし沈黙があってから、
「ふ」
という音が聴こえた。
「「「……ふ?」」」
三人は同時に首をかしげた。
「ふっふっふ」
「「「……ふっふっふ?」」」
――なんだこの声は。
そのときの、
ポールの心理――これはボスの笑い声か? おい、もしかして壊れちまったのか? いやまあ、壊れてんのはもとからだけどよ。
フリッツの心理――パンでも喉に詰まらせてるのだろうか? いやでも、このタイミングでものを食うか? そういや、ここのところ、ボスはずっと働き詰めだったしなあ。食べる暇がなかったのかも。
バリーの心理――きっと筋トレ中なんだ。テロリストたるもの、いついかなるときでも体づくりはかかせないからな。
「ふっふふふ……ふふ、ふふふはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」
コリーが突然気が狂ったように笑ったので、三人はぎょっとした。
「……どうしたんですか、ボス?」
ポールが心配して訊いた。
「ふはっふはっ」
「大丈夫ですか? ――主にアタマのほう」
「ふはは」
「ふははじゃぜんぜんわからないんですけれど」
「ふはははははははははははははははははははははははははんげほっ。ごほ。がはははははははごほっ。――いやあ失礼」
大量にむせてから、コリーはいきなりまくり立てた。
「さいっっっっっこうじゃないかっ!! 世界を騒がせたかったって? ――馬鹿げてる。実に馬鹿げていて最高だ! ――おいフリッツ。おまえいま『ついてない』とか言ったな? 馬鹿かおまえ。こんなに幸運なことってないだろうが! ……おれたちは試されてるんだよ。——神さまに。いやまあ、〈神〉とか〈運命〉とかってやつを俺はいまのいまのいまこの瞬間まで信じちゃいなかったが、たったいま信じることにしたぜ! 入信した! 思わず入信しちまった! だってそうだろ? こんな偶然ってあるか? 世界征服目前、その鍵となるケースが運び込まれた先が、偶然にもこのマンション。それを手に取ったのが偶然にもケイドロのワールドチャンピオン! じつに馬鹿げた偶然だ! 神さまの仕業としか思えない! ついさっきまでおれは考えてたんだよ、『こんなに簡単に世界征服できちゃっていいのかな?』ってな! たしかにローランの野郎は手ごわかった。とはいえ思っていたよりはあっさりと片付いた。『こんなもんか、呆気ない』――そう思えてしまってじつに憂鬱な気分だったんだ。……だがしかし! だがしかし! さいごのさいごにちゃんと試練が用意されていたではないか! ――やるなあ神さま! やっぱ世界と対峙するってのはこういうことなんだよなあ!? ……おい、どうせ聞いてるんだろ? ケイドロのチャンピオンだって? 最高じゃないか! あんたは最高に馬鹿だよ神さま! ――いいか、おまえら。これは〈最後の試練〉ってやつだ。間違いない。この試練を乗り越えた暁には、俺たちテロリストは、神さまのお墨付きでもって〈世界をめちゃくちゃにする権利〉が与えられるってわけさ! ふはははははははははははははははっ!」
「……ふはははははははっ!」
コリーのその勢いに、思わずポールがつられて笑った。
すると残りの二人もつられて笑った。
「「ふははははははははははははっ!」」
男四人の高笑いは廊下のあちこちを反響する。
――なんだいったい!?
そのとき、ラスティは周囲を警戒した。
「くそう。腹がいてえ。……ボス、あんた最高にイカれてるぜ!」
バリーが無線にむかって叫んだ。
「イカれてんのは俺じゃねえ」
コリーが言い返した。「神さまのほうだ! いや、おれもそうなのか? ……そうかもしれないなあ! そんな気がしてきた! 俺も神さまもイカれてるんだきっと。ふはははははははははははははっ!」
「ふははははははははははははははっ!」
「……おい、聞いてるか部下ども」
「ちゃんと聞いてますよ、ボス」
「――まだ俺と一緒に戦う気はあるか?」
「「「当然」」」
三人は即答した。
その返事を聞いて、コリーはにやりと笑って言った。
「じゃあ、反撃開始だ」
***
【真相その5 事件発生からその終了までの間に、マンション内ではコンシェルジュ二名や管理人二名等、複数名の命が失われたが、テロリストと子供たちを合わせた八名のうちからも、一名が死亡することとなる】
***
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