04 テロリストたちの反撃
「あぁっ……そんな!」
トランシーバーのむこうからヘディの悲痛な声が聞こえてきた。
「どうしたの?」
エミルが訊いた。
「……エレベーターが、全機、停止したわ」
「えぇ!? ほんとに!?」
エミルの声が裏返った。「アネゴ、いまはエレベーターのなか?」
「大丈夫、外よ」
「よかった」
「おそらく……管理室にいるコリーが止めたんだろう」
ラスティが言った。
「と、なると、かなりやばいんじゃないか?」
ダイスケが言った。
「あぁ……、考えうる限りの、最悪の事態だ」
ラスティの声は意外と冷静だった。コリーが管理室にいるとわかった瞬間から、こうなることを想定していたのだ。
子供と大人の体力差を無視した唯一の移動手段――エレベーターは、ラスティたちの戦術でいちばん重要な要素だ。
それを潰されてしまった。
全機停止ということは、相手サイドも使用できないということになる。それを差し引いてでもこの手段を取ることが、戦術的にプラスであるとコリーは判断したのだろう。――そしてそれは正しいとラスティは思う。
ケースを守るさい、逃げ切る手段は二通りあった。
エレベーターを使うか、ダイスケが階段を跳ぶか。
片方の手段がなくなってしまったので、むこうはこっちの動きをかなり読みやすくなったはずだ。
ラスティはこれからの戦局を想像した。
いくらか破壊したとはいえ、まだかなりの広範囲で機能している防犯カメラ。
それを利用し、フィールドを俯瞰するむこうの指揮官。
大人と子供の走力の差。
――駄目だ。ケースが奪われることは避けられない。
――3分くらいだ。
――それかせいぜい、4分。
――どうあがいたところでそれ以上は保たない。
そう判断したときだった。
ポケットのなかで、スマホが震えた。
ラスティはすぐさまそれに出た。
「はい」
『私だ。ゴアだ』
大統領はそう名乗ると、端的に要件を言った。
『SWATがそちらへ到着した。部隊はすでに、ヘリから屋上へと降り立っている。すみやかにそこから侵入する予定だ。――しかし屋上の出入り口にはトラップが仕掛けられている』
「トラップ?」
『爆弾だ』
「……っ! では、屋上はあきらめ、他のルートから侵入するのですか?」
『いいや。もちろん検討はしたが、それではけっきょく時間がかかる。別の侵入ルートにもおなじようにトラップが仕掛けられている可能性が高いのだ。部隊には爆発物処理を専門にする者がいるから、その者に任せて、そのまま屋上から突入するのが賢明だと判断した』
「処理にかかる時間は?」
『8分だ。8分後には突入できる』
「…………」
――8分。
ラスティはそれを聞いて、絶望に呑み込まれそうになった。
エレベーターを使って大きく動くことができない現状では、もはやこの66階建てのタワーマンションの〈広さ〉は、ほとんど死んだも同然である。
チームが有機的に機能する範囲がどんと狭くなってしまった。
それはつまり――フィールドの縮小を意味する。
人口密度があがる。
そのなかでの戦いはこれまでよりも遥かに激化する。
足を止めることのできる時間はいっさい訪れないだろう。
常にむこうチームの誰かが、ケースの直ぐ傍まで迫っていて、手を伸ばしてくるのだ。
一秒ごとに勝敗を決する局面が訪れることになる。
一度でも判断を間違えればこちらの負けだ。
――それを、8分間。
永遠にも似た長さだ。
「……わかりました」
ラスティはいつもの調子で淡々と言った。「――8分間ですね? それなら、どうにかなりそうです。ケースは必ず、守りきってみせます」
***
「特殊部隊が来た」
コリーは無線で仲間に言った。
「何人だ? おれが全員殺ってこようか?」
バリーが提案した。
「……なんのためにトラップを仕掛けたと思ってんだ、おまえバカか」
ポールが呆れたように言った。
「フリッツ、上の仕掛けは何分持つと思う?」
コリーはフリッツに訊いた。
「8分だ」
とフリッツは断言する。
「そうか。8分か――」
コリーはみんなに向かって言った。
「よし。この8分間でケリをつけようじゃないか」
***
「なあフリッツ、お前いったい何もんだよ?」
偶然となりにいたフリッツに、バリーは訊いた。
「何もんって、何が? どうしてそんなことを訊くんだ?」
「いやだってな、いまのやり取りだと、ボスよりお前のほうがトラップに詳しいってかんじがしたぜ。おれはあーいう細かいことは全部ボスから習ったから、てっきりお前もそうかと思ってたんだが、違うのか?」
「あー。それな」
フリッツは言った。「そのボスに教えたのはおれだ」
「お前の前職なんだ?」
バリーは訊いた。
「なんだよ唐突だなあ」
フリッツは言って、頬をかいた。
「もったいぶってねえで教えろよ。じゃねえと半殺しにすんぞてめえ」
バリーがにやにやと笑いながら凄んで、フリッツに詰め寄り、その胸ぐらをつかんだ。
「わかった。わかったって。いま話すから。半殺しは勘弁だ」
「さっさと言え」
胸ぐらを引っ張りあげる。
「ぐえ。……警官だ」
「え」
バリーの手がゆるんだ。
「……意外だったか?」
フリッツはじぶんのくびをさすりながら訊いた。
「ああ、意外だ」
とバリーは答えた。
そのときだった。
「――フリッツは北階段、バリーは西階段へ」
無線からコリーの指示が飛んできた。
***
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