03 ファーストコンタクト
再び、すこしまえ――。
エレベーターから降りて、血のラインを発見したフリッツとバリーは、それを一直線に辿った。
廊下を進んで左に曲がったところで、エージェントの男が崩れ落ちていた。
すでに虫の息だった。
「手こずらせやがって」
バリーが鼻息を荒くした。
「…………」
フリッツは拳銃を取り出して、構える。
――となりの男に任せてしまえば面倒なことになる。バリーはきっと、いつものように興奮して、目の前の男をケチャップになるまですり潰してしまうだろうから。
そう考えたフリッツは、ずばやく発砲した。
一発、
二発、
三発。
銃弾はすべてエージェントの胸を貫いて、彼に絶対的な死をもたらした。
……これで、もう邪魔はいなくなったぞ。さっさとケースを手に入れてコリーの元へ持って行こう。
そう思ってエージェントの死体に近づいて、重大なことに気がついた。
「ないぞ! あのケースがない!」
焦燥に駆られる。
……この死体はあのケースをどこへやったんだ? もしかして、道の途中に置いてきたのか? そんなまさか。しかし、それがもしもこのビルに入るまえなら、道を歩くうじゃうじゃとしたあのゴミのような連中の誰かに拾われていたりなんかしたら、問題だ。
――いや、待てよ。落ちついて考えてみれば、そいつはありえない。ケースに仕掛けた発信機は間違いなく、このビルの位置を告げていた。ケースがこのビルのなかにあることは確かだ。入り口からここまでのどこかにケースがあるということだ。
そのとき廊下に音が響いた。
ガッシャン!
その音はケースのあのどっしりとした重量と、固い外装をイメージさせた。
バリーが廊下のむこうを見て言った。
「ガキだ! ガキがあのケースをもってやがる!」
フリッツもそれを確認した。
四人の子供の後ろ姿がみえた。
「――殺すぞ、全員だ」
二人は子供を追いかける。
子供のうちの一人が、他の子供たちになにやら指示を出していた。驚くほど冷静な声だった。
その瞬間、四人の子供たちは同時にスタートを切った。
目を疑うほど、迷いのない動きだった。
フリッツたちが降りたエレベーターとは反対側のエリアにもう一つのエレベーターホールがあった。
そこに少女が駆け込むのが見えた。
――馬鹿め。
あっという間に仕留めることができるだろうと思ってホールに駆け込んでみた。
しかし、その少女の姿はすでになかった。
「ちっ」
――どうやら、偶然この階にエレベーターの一基が停っていたらしい。運の良い奴め。まあいい、他の三人を追いかけよう。
ほとんどタイムロスなく追跡を続行。残り三人の子供に接近する。子供たちの足は速かったが、大人のフリッツたちほどではない。その差はどんどんと縮まった。
階段のまえで三人が散った。
一人がそのまま廊下のむこうへ。――指示を出したやつだ。
もう一人が階段のなかへ。――フードを被ったやつ。上へとあがる音が聞こえる。
最後の一人、一番体格の良い子供が、階段のまえで足を止めた。
こちらを振り向き、堂々と言った。
「ケースはここだぜ! おれを捕まえてみろよ!」
「舐めやがって!」
二人はその子供をターゲットに絞って接近する。もう目の前だった。
しかしそのとき信じられないことが起こった。
その子供はフリッツたちに背を向け、下へ降りる階段のまえまで走り――
ケースを抱えたまま――
跳んだ。
一気に跳んだ。
遠く離れた、ずっとずっと下の踊り場にどぉうんっ、と着地し――ケースを抱えていない方の手で手すりを掴んで鮮やかにUターンして――すぐさままた跳躍し――たったのふたっ跳びで下のフロアにまで降りてしまった。
バリーが階段のまえで、自らの足にブレーキをかけた。
「あいつ……これを跳びやがった」
見下ろしていると——頭がくらくらしてくる高さだ。
「あぁ……」
と、フリッツはそれだけしか返せなかった。
踊り場までがはるかに遠い。
大人でも、その十四段ある階段を一度に跳ぶことは不可能だった。
挑戦してみよう、という気持ちすら湧いてこない。
急に、頭が真っ白になった。
――なにが、起こったんだ?
いま、いったいなにが。俺たちの目の前で——。
たかが子供、四人すべてを一瞬で見失ってしまった。
フリッツは呆然として呟いた。
「あいつら、いったい何者だ……?」
***
「あいつら、いったい何者だ……?」
ダイスケが呟いた。
48階の廊下。
エミルとダイスケが合流した。
「強盗かな?」
エミルが言った。
「だとしたら、何を盗みにきたんだ? ……ひょっとしたら、あの事件と関係あるのか」
ダイスケが言った。
「あの事件って?」
「ほら、〈クライスラービルの事件〉だよ。今朝、男が銃を乱射したってやつ」
「えっ。それってほんと?」
「おまえ、知らなかったのか? めちゃくちゃ騒ぎになってるぜ。さっきオカンから電話があって、『ぜったい外には出るな』だってさ。ここから1キロもあるし、さすがに大丈夫だろって、思うんだが」
1キロというのがどれくらいの距離なのか、エミルにはわからなかった。エミルが知っている距離の単位と言えばフィートとマイルだ。でもたしか、クライスラービルが五番街だったはずだから、ここからは四本となりの通りだ。1キロというのはそのくらいのことを言うらしい。歩いて行ける距離ではあるが、さすがに流れ弾がここへ飛んでくることは考えられない。
「それともあれかな」
ダイスケはふと思い出したような風情で言った。「昨日の夜の〈美術館の盗難事件〉。あれと関係あるんだろうか」
「ああ。あれね」
そっちの方ならエミルは知っている。「あれは関係ないんじゃない?」
「でもさあ」
ダイスケは自分の手にもつ〈黒のケース〉をちらりとみた。「このなかに、昨日盗まれたお宝が入ってんのかも」
「なるほど。そう考えると、ありえなくはないね」
「なんだか急にいろんなことが起こってるな、マンハッタン。いったいどうなってんだ」
***
ダイスケが言うように、マンハッタンではこの二十四時間のあいだに、タイムズの一面をかざる規模の事件が3つ発生している。
ひとつは〈クライスラービル乱射事件〉
ひとつは〈メトロポリタン美術館盗難事件〉
最後のひとつは、エミルたちが渦中にある〈マンションの事件〉である。
【真相その2 マンションの事件と、美術館の事件には関連性がない】
【真相その3 マンションの事件と、クライスラービル乱射事件には関連性がある】
***
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