第一章

01 ファーストコンタクト


 第一章 ファーストコンタクト


 ミッドタウンの海岸沿いをオートバイが快走している……と言えば聞こえは良いかもしれないが、その後ろを二台の黒い車が猛追しながら、窓から、顔と腕を出して、その手に拳銃を握って、バイクめがけて容赦なく弾丸を浴びせているのだから、なにやら物騒事のようである。

 バイクの乗り手はその胸に〈黒のケース〉を抱えていた。後ろで発砲音を響かせている連中から盗んだものだった。

 その点だけをみれば、彼――すなわちローラン・ハンドは、ある種の泥棒であると言えるのかもしれない。

 しかし彼はその行動によって、のちにアメリカ中から、英雄と讃えられることになる。


 彼は絶命の10分前、二台の車に追いかけられていた。


 セダンとワゴン。

 セダンはバイクのすぐ後ろにつけている。そこに乗っている人間は一人。運転手はドライビングテクニックに優れている、と、ローランは判断する。対して、ワゴンは隣の車道を並走するように追いかけてきていて、そこには二人の男が乗っている。当然彼らは、ローランの持つ〈黒のケース〉を狙っている。

 ローランは、道の先にトンネルの入り口を目撃した。

 そのトンネルは1番街の道路の真下にある、地上と平行する400ヤードほどの地下道で、壁を挟んで2車線が2本、入り口はエアホッケーのゴールのように、横に平らに開いている。


 彼は絶命の8分前、そこにバイクを突っ込んだ。


 車線と車線の間にコンクリートの壁が、となりの車線を走っていたワゴンを、ローランから一時的に分断した。

 だが同じ車線を走っていたセダンはスピードを上げて、ローランのすぐ隣へ急接近した。セダンはオートバイを――横からぶつけて、そのまま強引に――トンネルの壁に押し付けて、サンドイッチした。壁とオートバイの接点から火花が激しく飛び散った。それでもセダンはスピードを落とさない。猛スピードでバイクを引き摺り続ける。セダンの乗り手は、身動きの取れなくなったローランめがけて引き金を引く。ローランは姿勢を低くする。1発、2発、――ローランの背中を弾丸が貫く。とたん、ローランはすばやく上体を起こして、思い切った行動に出た。……大事な〈黒のケース〉をセダンの空いた窓に向かって――その運転手に向かって――投げつけたのだ。運転手は思わずケースを両手でキャッチする。誰でもとっさにそうしただろう。そして、そこには隙が生まれた。その一瞬にローラン自身も、バイクを捨てて、セダンに飛び込んだのである。

 車内で二人が揉みあいになる。

 セダンの乗り手はローランに体でぶつかられたさい、拳銃を落とした。拳銃は二人の足元を転がって、ローランの近くで止まった。運転手はアクセルから足を上げてローランを蹴り飛ばし、ハンドルを操作して車を揺らし、拳銃を自分の元へ転がらせる。それを拾い上げて、握り、構える。ローランはその手に飛びつく。発砲。フロントガラスが木っ端微塵。男はローランの手を振りほどこうとするがローランはしがみついて離れない。――銃口の行方が、際どさの極限で膠着する。

 そのとき、トンネルの出口が見えてきた。

 そこにある交差点は赤信号で、多くの車が往来していた。――このままいけばぶつかる!


 運転手は当然ブレーキを踏んだ。


 しかしローランはその足を払いのけて、逆にアクセルを目一杯踏んだ。


 セダンは猛スピードで交差点に突っ込んだ。

 その瞬間のローランの動きはあまりにもすばやく的確だった。彼はほんとうにギリギリのところまで自分を死の淵まで惹きつけ、インパクトのわずか1秒未満となったところで、ようやく男から手を離して、シートベルトを引っ張り——まるであやとりをするかのように——自分の腕と肩にそれを絡めて、簡易的な〈対ショック姿勢〉を取った。

 衝突。

 猛スピードのセダンが道を行く車の一台にぶつかり、その勢いを殺せないまま連続して他の車にもぶつかり、ぶつかられた車がまた別の車にぶつかり大事故が発生。


 ……彼は絶命の7分前、半壊した車のなかから、〈黒のケース〉だけを握りしめて、どうにか這い出ることができた。


 セダンの運転手については——彼が自らの足で車を降りることは、もう永久にないだろう。


 ローランは周囲を確認する。黒のワゴンが交差点の向こう側で止まっていて、そこから顔をだす追手の一人が、ローランのことに気がつき、こっちに指を差しながら、仲間に合図したところだった。ワゴンはすぐさま動き出す。事故による渋滞がローランを辛うじて守っているものの、すこし遠回りをすれば、ワゴンがローランに追いつくまでに、それほど時間はかからないだろう。おびただしい数の事故車と、八方に飛び交うクラクションの間をすり抜けて、ローランは歩道に上がる。ワゴンから遠くへ。

 出血が止まらなかった。

 彼は思考をやめなかった。――どこか隠れる場所が必要だ。このまま街で戦闘をして、市民の巻き添えを増やすわけにはいかない。かといって、このマンハッタンに人のいない場所などあるか? ――それは一見あり得ないようにも思える。この街のどこにも、人のいない場所なんてない。

 彼はトランプワールドタワーのまえを早足で抜ける。

 そうだ、マンションに入れば人は少ない。しかし、トランプワールドタワーではセキュリティが厳しすぎる。別のところにすべきだ。かといって、この地区のマンションといえば1階に店舗の入ったものばかりだ。人が多すぎる。やはりダメか。

 ……いやまてよ。

 たしか、この先をもうすこし行ったところに、店舗の入っていないタワーマンションがあったはずだ。そこに逃げ込んでしまえ。


 彼は絶命の4分前、〈マテンロー〉という名のマンションに潜り込んだ。


 真正面の入り口は使わない。駐車場にあるちいさな入り口から入って、フロントを横から覗く。

 そこにはコンシェルジュが2名。

 彼らはマンハッタンのほかのマンション同様、警備員も兼任していて、銃を携帯しているだろう。

 いまはコンシェルジュにとっては暇な時間帯だ。二人は何やらお喋りをしていた。その内容は、くだらないものだった。ローランは隙だらけのフロントの前を姿勢を低くして横切り、エレベーターホールへ。

 3つあるエレベーターのうち、一番近くにあるものを呼んで乗り込む。ドアが閉まる。適当な階のボタンを押して、壁によろりともたれかかる。

 ……ふいに、意識が遠のきそうになった。

 腹から流れでた血が、足を伝って、床に広がる。

 チン、という音が鳴って、エレベーターが止まった。

 自分がいま何階にやってきたのか。

 それを確認する気力すら、もうない。

 彼は廊下を歩く。

 その身体は水中を歩くみたいに重く、なかなか前に進まない。

 もう無理だ。

 彼はそのことを理解した。

 自分は間もなく失血で死ぬし、そうなればケースを奪われる。この〈黒のケース〉を奪われたのなら、そのときをもって、世界から平和は失われるだろう。

 ここに来るまでにすべての仲間を殺された。――奴らに。自分は最後の一人なのだ。本部が応援をよこすと言ってるが、もう間に合わない。

 廊下の途中に、ちょっとしたスペースがあった。なんの変哲もない、ただの空間だった。ローランはその場所で力尽きて……崩れ落ちた。

 彼は、自分の役目を果たせなかったことを悔んだ。

 死んだ仲間に対する弁解の言葉を、考えたが、それはひとつも思いつかなかった。

 決定付けられた惨状に、絶望した。

 ――しかし、そのとき奇跡が起こった。


 彼は絶命の1分前、とある少年たちに出会ったのである――。


     ***


 マンションのまえにワゴンが停まった。そのなかには二人の男が乗っている。

「ここであってるのか?」

 筋骨隆々の男がハンドルを握りながら、助手席の男に訊いた。

「ああ。ここだ。おれの勘がそう言っている」

 顔に火傷跡のある黒人の男が、タブレット端末を確認しながら答えた。

 液晶画面のなかには地図が表示されている。

 赤いポインタが目の前のマンションに重なっていた。

「ふんっ、なにが勘だよ。もろGPSじゃねえか」

 運転手の男は駐車場にワゴンを停めた。二人はローランとおなじように、ちいさな入り口からマンションに侵入する。

 入ってすぐのところでコンシェルジュたちがお喋りをしていた。やはりくだらない内容の話だった。

 侵入者の二人はすばやくそのホールを横切ろうとしたが、コンシェルジュたちはそれに気づいた。彼らはカウンターから勢い良く飛び出して侵入者の背中に声を掛けた。

「ちょっと! そこのあんた」

 受付を――。

 と言おうとしたところで、侵入者たちは振り向き、銃口をコンシェルジュたちにむけた。コンシェルジュの二人はぎょっとして、腰に携帯する銃に手を伸ばす。

 しかしもう手遅れだ。

 侵入者たちはなんのためらいもなく発砲し、コンシェルジュたちを床に伏せた。大理石の床には真っ赤な血が広がった。

 侵入者の二人はコンシェルジュたちが死んだことを確認してからエレベーターホールへと急いだ。

 彼らは足をとめて、エレベーターのランプを見上げた。

「全部で66階か。エレベーターは3基ある。……くそっ。どれもばらばらの階に停ってるぜ。これじゃあどの階に行ったかわかんねえ」

 筋骨隆々の男が吐き捨てるように言った。

「いや待て。……これを見てみろ」

 もう一人の男が指をさす。

 床には先にここへやってきた者の血の跡があった。それはエントランスにいちばん近いエレベーターのまえに集中して落ちている。

「こっちのエレベーターを使ったようだ」

 彼らはそのエレベーターが何階に停ってあるのかを確認した。ランプは43階に点灯している。

「おそらく43階だ」

 二人はエレベーターを呼んで、その階に行ってみた。

 ドアが開いた瞬間、その階でも血の跡が続いているのが見えた。

「ビンゴだぜ」

 侵入者たちの口元が緩んだ。


 彼らはそれから二十秒もしないうちにローランを撃ち殺すことになる。


     ***


 ……その直前のはなし。

 ゲームに勝利したエミル少年は廊下をゆっくりと歩きながら、火照った身体をクールダウンさせていた。

 夏で外は暑いけれど、マンション内は空調が利いていて、ほどほどに涼しくて快適だった。それでもさすがに30分間走り続けたとなると汗びしょで、上がった息を整えるのには時間がかかる。

 43階の廊下だった。

 ダイスケと合流した。

 彼はハツラツとした声で言った。

「まさかサンダース爺さんを利用するとはな! ラスティのやつ、スピーカーのむこうで相当悔しがってるぜ」

 30分間階段を上下し続けたダイスケは、4人のなかでもゲーム中一番ハードだったはずなのに、息も上がっていなければ、汗の一つもかいてはいない。

 ダイスケはまえに、こんなことを言ったことがある。


「おれは800ヤードを全力疾走できるし、11マイルでいいなら5時間は走れるぜ」


 それがジョークじゃないことを、これまで何度も一緒にケイドロをやってきたエミルは、身にしみて理解している。

 ダイスケは、怪物なみにタフなのだ。

「……なんだ?」

 その彼がふと、何かを見つけて目を細めた。

 廊下の床を指さして言う。

「ほら、見てみろよエミル。……これ、人の血じゃないか?」

 エミルは彼の指先を追って、それを見た。

 ダイスケが言うように、それは誰かの血痕だった。

 白い床に、深い赤色をした斑点があって、何かを引き摺ったような線も引かれていて、それが廊下のむこうへとずっと続いている。

「ほんとうだ」

 エミルは目を大きく見開いた。「……誰かが怪我をしているんだ。このかんじじゃ、鼻血ってわけじゃなさそうだね」

「もし鼻血だとしたら、よっぽどエロいことを考えたんだろうな」

「変態さんだね。――その話、ぜひとも伺わなきゃだね」

「むこうに続いてるぜ。行ってみよう」

 二人はそれを辿った。

 血でできたラインはまだ鮮明に赤くて、酸化している様子はないから、比較的新しいものだ。――エミルはそう考えた。いまさっき誰かが、血を流しながらここを通ったんだ!

 血のラインは廊下の途中で、折れ曲がっていた。

 その先には部屋と部屋の間の、三方を壁に囲まれた、何もない、ちょっとしたスペースがあるだけだ。エミルたちがケイドロのときに、たびたび隠れるのに使う場所だった。

「……そこに、誰かがいるんだ」

 ダイスケがささやき声で言った。

「なんか、やばくない?」

 エミルは嫌な予感がしてきて言った。

「怖いのか?」

「ちょっとね。でも、ぼくは逃げないよ」

 エミルがそう答えると、ダイスケは嬉しそうな顔をして、

「よーし、それじゃあ、挨拶といこうぜ」

 と言った。

 二人が角を曲がって見てみれば、そこには30代くらいにみえる男がいた。彼は壁にもたれかかるように座っていて――いや、崩れ落ちていると表現したほうが適切だろうか? 右腕で腹を抑え、ハロウィンのジョークのように血まみれで、ぴくりとも動かなかった。

 エミルとダイスケは当然驚いた。

「これ、死んでんじゃねーか!?」

「た、たいへんだ! 早く病院に連れてかなきゃ!」

「救急車だ救急車!」

「電話だ電話! ――あっ。この人、スマホ持ってるよ!」

「よし、それを使おう!」

 エミルはおそるおそる手を伸ばした。男は右手にスマホを握りしめている。見たことのない機種だった。どこで売っているのだろう? 彼は金属製の〈黒のケース〉をもう片方の手に握っていた。エミルはそっちのほうが、スマホよりも気になった。

 男の腕を伝った血液がスマホにまで届いていて、それに触れたときにヌルリと嫌な感触がした――それに、ギョッとする生暖かさも。指先でつまんで、いよいよ男の手の中から抜き出そうとしたとき、それまで死体みたいに動かなかった男が、不意に動いて、エミルの腕をがっしりと掴んだから、エミルは悲鳴をあげて、飛び跳ねた。

「ぅわぁっ!」


「……聞いて、く、れ」


 男が喋った。

 絞りだすような声が、彼の危機的な状態をあらわしていた。

「少年……。きみたちにこのケースを託したい。これを抱えて、とにかく逃げろ。逃げるんだ」

 男はエミルの手に〈黒のケース〉を握らせる。

 ずっしりと、重かった。

 これも持っていけ、と言って、スマホもエミルに渡す。

「行け」

 と言われたものの、エミルは自分の良心から食い下がった。

「なにがなんだかわかんないけど、おじさんを放ってはいけないよ」

「俺はもう助からない。それに、――奴らはもうそこまで来ている」


 そのとき。

                      近くで、チン、という音が鳴った。


 どうやら、

 ……エレベーターが、この階で停まったらしい…。


 エミルは急に、背筋が寒くなった。

 そして彼は、突如として、これまでの人生で一番だということを確信できるほどの、強烈な胸騒ぎに襲われた。

「行くぞエミル、なんだかやべえ……っ!」

 ダイスケが緊迫した声でそう言った。彼もなにかを感じたのだろう。表情が珍しくこわばっている。彼は、しゃがんでいたエミルを立たせた。

 ダイスケに引っ張られながら、エミルがそこから離れるとき、男がエミルの背中に言った。

 それは彼がこの世に残した、さいごの言葉だった。


「逃げて、逃げて、――世界を救え!」


 ケースとスマホを持って、エレベーターとは反対側にすばやく1ブロック移動する。エミルとダイスケは隠れて様子をうかがった。

 すぐに、男が二人、血のラインを追ってやってきた。

 彼らは廊下を折れ曲がり、血まみれの男がいる場所で足を止めた。エミルの位置からだと血まみれの男の姿は見えなかったが、後からきた二人の男の姿は見えた。

 身体の大きな白人と、小柄な黒人の二人組だった。

「手こずらせやがって」

 声が聞こえてくる。白人の男の声だった。

「…………」

 もう一人が、何も言わずに拳銃を構えた。

 その銃口は正面よりもすこし下に向いていて、明らかに、エミルたちにケースを託したさっきの男を狙っている。

 なんの躊躇いもなく発砲された。

 一発、

 二発、

 三発。

 目の前の信じられないような光景に、エミルは思わず悲鳴を上げた。


「わぁぁああああああっ!!」


 と、大音量で叫んだつもりだったけれど、そのぎりぎりのタイミングで、後ろから誰かに口を塞がれたので、実際に出た音は「んーっ」という、篭った、可愛らしい――むこうには聞こえない程度のちいさな音だった。

 振り返ってみると、そこにヘディがいた。彼女は後ろから抱きつくようにして、エミルの口を両手でがっちり抑え込んでいた。

「助かったよ」

 エミルが言うと、彼女は、

「しぃーっ」

 と、じぶんの人差し指をエミルの唇にあてた。「(静かにね?)」


 またむこうから声が聞こえてきた。

「ないぞ! あのケースがない!」


 ヘディのとなりには、ラスティもいた。チーム勢揃いだ。ラスティは、両手の甲をこちらに見せて、それをすばやく2回引いた。

『逃げるぞ』

 というハンドシグナルだ。

 もともとSWATで使われている数十種類のサインを、エミルがこのチームに輸入して、メンバーは全員、普段から頻繁に使っているのだった。

 ――でもまさか、こんな時に役に立つなんて。

 とエミルは思った。

 床に置いてあった〈黒のケース〉を、エミルは見つめる。

 人殺しの二人組が狙っているのは、きっとこれだ。


 ――いったい、このケースには何が入っているのだろう?


 ケースを持って行こうとして、その持ち手を握ってかるく浮かせたとき――なんと間の悪いことだろうか! 手のひらについていた男の血が、手のひらと持ち手の間にわりこんで、エミルの手をぬるりと滑らせた。

 ガッシャン!

 という、エミルたち4人にとっては実際以上に大きな音がマンションの廊下に鳴り響いて、当然、それは人殺したち二人の耳にも届き、彼らはすぐさま、まっすぐこちらに向かって走ってきた。


「ガキだ! ガキがあのケースをもっていやがる!」

 と、男の一人が激高しながら言った。


「――殺すぞ、全員だ」

 と、もう一人の男が——信じられないほど冷静に言った。


「エミルは階段で上へ! ダイスケは下へ! アネゴはエレベーター!」

 ラスティがすばやく叫んだ。

 その指示出しは、いつもの、ケイドロをしているときと変わらない調子だった。


「「「了解!」」」

 それ以外の全員が、身体に染み付いた反応で、おもわず同時に応答した。


 人殺しの二人組みはもう、すぐ近くにまで接近している。エミルはケースを拾いなおして、走った。

「エミル、貸せ! おれが持つ!」

 とダイスケが言った。エミルはケースを、走りながら、アメフトの要領で彼にパスする。

 ダイスケはそれをしっかりとキャッチする。

 目の前を走っていたヘディが左に折れて消える。そのまま三人は廊下を走り続けて、階段のまえで分散する。後ろから怒号が飛んで来る。ラスティはそのまま廊下を直進し、ダイスケは「任せろ!」と言って立ち止まり、エミルは死に物狂いで上のフロアへ駆け上がった。

 後ろでダイスケの絶叫が聞こえた。


「ケースはここだぜ! おれを捕まえてみろよ!」

 チームでもっとも勇敢な彼は、仲間のために、オトリを買って出たのだった。


     ***

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