04 ファーストコンタクト
エミル、ダイスケ、ラスティ、ヘディの四人は合流した。
「大丈夫だった?」
ヘディがダイスケとエミルをみて言った。
「へいきへいき」
ダイスケが答えた。「やっぱり強盗なんかな?」
「どうだろ? そういえば、あの人が持っていた銃、グロックだったよ?」
エミルが言った。「今思うとグロックって、強盗が使うにしたら、高価なんじゃない?」
「あんた、映画の見過ぎよ」
ヘディが突っ込む。
「それって『ダイハード』の知識でしょ? グロックは別に高価なものじゃないわ」
「新品で440ドルくらいだな。おれのお年玉でも買える」
ダイスケが言った。ダイスケは四人のなかで一番銃器に詳しかった。銃だけでなく、格闘にも詳しい。彼は柔道もできるのだ。
「お年玉ってなに?」
エミルが首を傾げる。
「お年玉つーのはだなあ――」
というダイスケたちの脱線し始めた会話を、ヘディが遮る。
「あんたたち、何のんきなこと言ってんのよ。人が撃たれたのよ? とにかく、警察を呼びましょう。あたし、スマホで電話するわ」
「いや待て」
と、ラスティが言う。「先に、安全の確保からだ。このまま廊下にいたんじゃ危険すぎる。いったん、おれの家に入ろう」
「そうね」
「オーケイ」
ラスティの自宅はこの階にある。ちなみに、ラスティのとなりの家が、エミルの家だ。
ラスティは自宅のドアに鍵を突っ込んで、
「あれ」
と言った。
「どうしたの?」とヘディが訊いた。
「開かない。鍵が回らないんだ」
「壊れたんじゃない?」
そのやりとりをみてエミルがすぐに動いた。彼はひとつ隣の、自分の家のドアに鍵を差してみた。……しかし、ラスティの家と同じで、こちらも鍵は回らなかった。
「ぼくの家もだめだ。鍵が回らない」
「いったいどうなってるんだ……」
これでは、いつあの拳銃を持ったやつらに出くわすかわからない。
次に会ったときにまた逃げきれるとも限らない。
「まずいな……」
ラスティは真剣な顔をして呟いた。
そのとき、エミルのズボンのポケットのなかでスマホが震えた。さっきの謎の男からもらったものだ。エミルはそれを手にとった。
「着信だ」
「誰から?」
「わかんない。出てみるね」
エミルは血のついたスマホを、耳からすこしだけ離して、着信を取った。
スピーカーから男の声が聴こえてきた。
『ローラン、状況は?』
低い声だった。
「あの……」
『ん? 誰だお前?――ローランじゃないな』
「あの、ぼくは――」
受話器の向こうで、話し声が聴こえた。
『テロリストのなかに、子供もいるのか?』
『――いえ、そのような情報は入っていません』
「テロリストだって?」
ヘディが言った。彼女はエミルにくっつくようにして会話を聴いている。「いま、テロリストって言ったわ」
『きみ』
声が戻ってきた。
「はい」
エミルが応答する。
『きみは誰だ? なぜこの電話を持っている?』
「ぼくは、エミルです。電話は、おじさんから預かりました」
『ローランがきみに?』
「はい」
『〈黒のケース〉も一緒にか?』
「はい」
『なんてことだ……!』
また声が遠くなった。
『ローランもやられた! 全滅だ! ケースはいま、一般人の子供が持っている』
『なんですって! どうするおつもりですか、チーフ』
『……こうなっては、上に報告するしかないだろう』
また声が戻ってくる。
『すこし待っていてくれ、失礼』
……ぷつん。
「切れちゃったよ?」
エミルがみんなの顔をみる。
「なんだか一方的だったなあ」
とダイスケが言った。
「テロリストがどうとか言ってたわよ? それって、あの拳銃を持った人たちのことじゃない?」
ヘディが言った。
「その可能性が高い」
ラスティが言った。「あと、そのケースをエミルたちに預けた男の名前がローラン、ということも解ったな」
「じゃあ、電話をかけてきたのは?」
「ローランの上司、ということしか解らない。だが、ローランという男が組織で行動していたということも、これで解った。そして、テロリストを相手に行動していたわけだから、その組織というのは……」
「FBI!?」
エミルが興奮したように言った。
「ひょっとしたら、CIAかもしれないぞ」
ダイスケが言った。
「そのどちらかだろうな」
とまたラスティが分析する。「普通だったらFBIの仕事だ。しかし、おそらくCIAの方だろう。だって、どうみたって緊急事態だぜ? ……もしその男がFBIだったなら、お前たちにケースを渡すさい、警察だと名乗っていたはずなんだ。そうしたほうが、短い時間で信用を得れたんだから」
と、結論を出した。
――相変わらず、ラスティはめちゃくちゃ頭が良いな、とエミルは感心した。――だって、ふつうの人なら、『CIAの方だろう』だなんて、会ったこともない人について言えっこないよ。
「あたしたちはどうやら、思っていたよりも大変な状況に巻き込まれちゃったみたいね……」
とヘディがこぼした。
またスマホが震えた。
「着信だ」
エミルがスマホをみんなに見せて言った。スマホは相変わらず血まみれで、ぬめぬめとした感触が、すこしきもち悪い。
「ちょっと、それ貸して」
ヘディがスマホを手に取り、自分のキュロット・スカートの裾でその血を拭った。
「はい、どうぞ」
スマホはきれいになった。
ヘディは自分のスカートが汚れたことなど、いっさい気にしていないようすだった。
「ありがとう」
エミルはヘディの顔をみた。――こんなことを平気でやるから、好きになっちゃうんだ。と、彼は内心呟いた。
ピカピカのスマホを受け取って、電話に出る。
「もしもし」
「きみがエミルくんかい?」
「そうです。あなたは誰ですか」
『私はゴアだ』
――どこかで聞いたことのある名前だ、とエミルは思った。聞いたことはあるけれど、思い出すことができない。――おなじ名前の人が、親戚にいたっけ?
「どこのゴアさんですか?」
『大統領だ』
「わっ! だ、大統領!?」
エミルはあまりにも驚いて、スマホを手からすべり落とした。床に落ちるすれすれのところで、ダイスケがそれをキャッチした。
「……あっぶねーっ! なにやってんだよ!」
「だって、驚いちゃって。大統領だよ!?」
「いいから話せよ」
ダイスケはスマホをエミルに差し出す。
エミルは両手のひらをダイスケに向ける。
「無理無理無理っ! ……ぜったい無理!」
「じゃあアネゴ」
と言って、ダイスケはヘディにスマホをむける。
「あたしもちょっと、政治家は苦手かな」
「なんだよ。……それじゃあおれが話すぞ? いいのか?」
脅しのようにダイスケが言った。
「それだけはやめて」
ヘディが懇願した。
「おれが出よう」
ラスティが言った。四人のなかでは、まさに一番の適任者だった。ダイスケはラスティにスマホを渡す。
「替わりました。ラスティです」
『きみは、エミルくんのお友達かな?』
「仲間です」
『ふむ。仲間ときたか……』
「仲間は四人います。ケースはいまここにあります。銃を持った男二人と出会いました。一度は逃げ切りましたが、また鉢合わせる可能性があります」
『遭遇したのか!? 奴らと』
「ええ」
『きみの仲間に怪我はなかったかい?』
心から心配するように大統領は言った。
「無傷です」
とラスティは答えた。
『それは……』
ため息をつく音が聞こえきた。『驚いたよ』
「しかしケースを持っていた男は殺されました。あの男はCIAのエージェントですね?」
『……っ』
むこうでまた、大統領がため息をついた。
『ラスティくん……きみはずいぶんと、優秀な子みたいだね』
「お世辞は不要ですよ、大統領」
『はっはっはっ!』
心の底から楽しそうな笑いが聞こえた。しかしそれは短く、大統領はすぐさま話の調子を、マジメなものに切り替えた。
『……では本題に入ろう』
「どうぞ」
とラスティは落ちついて話を促した。
『いま特殊部隊をそっちに向かわせているが、すこし時間がかかる。というのも、いちばん早くそちらへむかえるはずの部隊が、いまは〈クライスラービル〉で戦っているのだ。……察するに、きみたちはいま、安全な場所にはいないのだね?』
「ええ。決して安全とは言えません。――ですが、早いうちになんとかします」
『うむ。そこはきみの判断に任せるよ。……きみたちにお願いしたいことがひとつある』
「ケースですか?」
「そうだ。特殊部隊が回収に向かうまでの間、その〈黒のケース〉を死守してほしい。なんとしてでもだ」
「……さしつかえがなければ教えて頂きたいのですが、このケースの中身はなんですか?」
「それは……」
大統領は言いよどんだ。
「一般人の子供には教えられませんか? ……このケース、外にダイヤルが付いてますよね?」
ラスティが言ったように、ケースにはダイヤルが付いてあった。
「アルファベットで8桁の暗証番号を合わせないと開かないようなので、いまのところ中身を確認できていないのですが……このままでは気になって仕方がないので、仲間たちと相談して、これからペンチかなにかで無理やりこじ開けようってことになったんです」
ハッタリだった。
『ちょっと、待ってくれ! それは困る!』
大統領が焦った声で言った。
「これのなかみは何ですか?」
ラスティの質問に、大統領は観念して答えた。
『核ミサイルの、発射コードだ』
ラスティがはっと息を呑むのを、エミルは見た。しかし状況に対してラスティの動揺は短く、彼はすぐにいつもの調子に戻った。
「……詳しくお話しいただけますか?」
『うむ。その方がいいだろうな。たしかにきみたちはもう、当事者だ。……その〈黒のケース〉はCIAのエージェントがある組織から盗んだものだが、しかしエージェントのうちの一人が裏切った。コリーという男だ。彼は優秀な男で、チームのリーダーだったが、その場で部下三名を殺害した。どうしてそんなことをしたのか。動悸はまだわからん。彼を含めて、テロリストは五人組だ――いや、まて、……いま新しい情報が入った。テロリストのうち一人が死んで、ケースを追っているのはいまは4人だ。きみたちと同じく4人。ローランが一度、テロリストたちからケースを取り返した……が、その後はきみたちの知っているとおりだ。――彼はケースをきみたちに託して死んだ』
「もしもケースがむこうへ渡ったら、どうなるんですか?」
『ステルス性能を備えたミサイルが飛んで、落ちることになる』
「どこへ?」
『それはわからない――しかし、どこへでも飛ばすことができるうえ、飛ばせるミサイルの数は一本ではない』
「たいへんじゃないか!」
ダイスケが叫んだ。
「それは……ぜったいに避けなければならない事態ですね」
ラスティが電話のむこうに言った。
『ああ、そうだ。ぜったいに避けなければならない。……ミサイルは一度発射されてしまえば、もう変更はできない。撃ち落とすこともできない。だからぜったいに、そのケースの中身を奪われてはいけないんだ。……状況を理解してくれたかい?』
「ええ」
『……きみは驚くほど冷静だなあ』
「おれはまだ子供なので、事の重大性をよく理解していないんですよ。この状況は、まだ学校の授業で習ってませんからね」
『そのとおりだ。……ほとんどの政治家は、みんな学校を中退しているが』
「はははっ」
ラスティが楽しそうに笑った。――大統領相手に、ジョークを交わし合っている! エミルとダイスケとヘディの三人はそれをみて、口をあんぐりと開けて固まった。
『詳しくは言えんが、いざというときには、きみたちにそのケースを開けてもらうことになるかもしれん』
「覚えておきます」
『まあそんな事態は、起こらないことを願うが。……この会話はほかの仲間も聞いているのかい?』
「すぐそばで聴いていますよ」
『残り二人の名前を教えてくれるかい?』
「ヘディと、ダイスケです」
『そうか。ではあらためて、わたくしゴアから、きみたち四人にお願いする。エミル、ラスティ、ヘディ、ダイスケ。――特殊部隊が到着するまでの間、その〈黒のケース〉をなんとしても守り抜いてくれ! もしも守り抜けたのなら、きみたち四人は合衆国のヒーローになる。どうか私に――きみたち四人を表彰式まで招待させてほしい。幸運を祈る』
電話が切れた。
「ヒーローだって!」
エミルが純真に目を輝かせた。
「そんなに喜んじゃって……、あたしたちはテロリストに追われるのよ?」
ヘディが呆れたような顔をした。
「なってやろうじゃないか、ヒーローに!」
ダイスケが意気込んで言った。
「ヒーローか……」
ラスティが複雑な表情をして呟いた。
そして彼は思った。
……子供が喜びそうなフレーズだな。
まあ、そういうおれも、子供なんだけど。
***
ホワイトハウスにて。
「大変なことになりましたね」
副大統領が大統領に言った。
「ああ。でも私は、すこしだけ安心したよ」
「どうしてです?」
「ケースを拾ったのが、きみの息子だからだ」
「私は心配でなりませんよ」
副大統領――リチャード・レインウォーターは苦い顔をして言った。
***
マンション外の2つの事件の概要。
〈クライスラービル乱射事件〉
今朝、マシンガンをもった男三名がクライスラービル内で銃を乱射した。現場にいた一般市民三名が死亡、五名が重体。正午にSWATが突入し、犯人のうち二名が死亡、SWATのうち二名が死亡、一名が重体。現場はいまも緊張状態にある。犯人たちの目的は不明。声明はなし。金銭その他の要求もなし。
〈メトロポリタン美術館盗難事件〉
昨夜未明、メトロポリタン美術館で展示中の〈マリエンの虹〉が盗まれるという事件が発生した。事前に犯行予告があり、厳重な警備が敷かれていたが、警備員によると、突如として屋内に一発の花火が打ち上がり、それに気を取られているほんの一瞬のすきに、展示ケースのなかから宝石は消失したという。『まるで手品のようだった』と現場にいた警備員たちはコメントしている。
***
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