05 ファーストコンタクト
「それで、これからどうするの?」
エミルはみんなの顔をみた。
「あいつらを倒そうぜ」
とダイスケが言った。
「……あんたそれ、冗談よね?」
ヘディが睨んだ。
「ああ、もちろんさ。ジョークだよ、ジョーク。……ほんとうに。ほんとうだって! ……だから、そんな怖い顔すんなよアネゴ……こええよぉまじでぇ」
――半分くらい本気だったんじゃないかなあ、とエミルは思った。
「このマンションから出よう」
ラスティがきっぱりと言った。「このマンションの中に、安全な場所はない。〈裏口〉から出ることにする。なぜ〈裏口〉かというと、テロリストたちがこの建物へやってきたのは偶然だと考えられるからだ。つまり奴らは、まだこの建物に詳しくない。ここの〈裏口〉はここの住民じゃないと気が付かないくらい目立たないから、まだ奴らに知られてはいない――その可能性が、非常に高い。たしかにリスクのある行動となるが、しかしここに居続けることこそが、最大のリスクだとおれは考える。マンションから一歩でも出て人混みに紛れてしまえば、発見される可能性はほぼゼロになる。安全を確保してから、大統領と連絡を取る。できるだけ早いほうがいい。いますぐに移動する。……ということでいいか?」
ラスティはみんなの顔を見回した。
「「「おーけい」」」
と、三人は揃って答えた。
***
管理室。
回転するチェーンソーの刃を当てた瞬間、管理人の男はぎゃあああと絶叫したが、腕が切り落とされるころには静かになっていた。
「ほらよ」
コリーは綺麗に切断された腕を拾ってポールに渡す。ポールはそれを受け取ってコンピューターのところへいく。
コリーは片腕を失くした管理人の男のとなりに座る。
管理人は気を失ったのだろうか、それともすでに失血死しているのだろうか、ぴくりとも動かず床に転がっていた。
ウィンストンの1ミリを胸ポケットから取り出して火をつけ、吸った。何かを切り離したあとの煙がいちばん美味しいと、コリーは思った。
そのとき、無線がザザザッと音を立てた。
フリッツからの報告だった。
タバコを持つ手と反対側の手で無線を握る。
『すいません』
フリッツは開口一番謝った。
『ケースを見失いました』
「どうして」
『あの男が、子供にケースを託したのです』
「子供に? ローランはどうした」
『始末しました』
「……よくやった」
作戦の遂行にはあの男が何よりも邪魔だったのだ。コリーにとってあの男は、唯一の脅威と言ってもいいくらいだった。その男が死んだのなら、どう転んだところで状況は好転と言えるだろう。
「子供というのは?」
『中学生くらいの、四人組です』
それを聞いてコリーは驚き、げほげほとむせて煙を吐いた。
そして彼は、
「……なんだって!」と叫んだ。
コリーは思った。子供一人がフリッツやバリーから逃げきれる――そんなことは、たしかに考えにくいことではあるが、しかし場合によっては起こりうるだろう。
しかし、四人となると話は別だ。
たまたまその四人ともが大人に負けないくらいに足が速い子供だったのか? そんなことは、確率的にいって、ぜったいにない。
――それだけの人数がきっちりと、おれの部下から逃げ切るには、統率が必要になってくるはずだ。
コリーは質問した。
「その子供のなかに、他の子供に指示を出していた奴はいたか?」
『はい。いました』
……やっぱりそうか。
「フリッツ、その子供たちは意外と厄介だぞ」
『ええ。この目で見ましたので。一人は十四ある階段を一気に跳んでいきました』
「そんな奴までいるのか」
『完全に見失ってしまいました。ケースをこの建物から持ちだされるとまずいので、いま〈正面玄関〉に向かっているのですが……』
「うん。それでいいだろう」
と、一度は言ったが――、
「――いやまて」
コリーはすぐに訂正した。
彼はウィンストンを口に咥えながら、管理室の壁に張られた、マンションの見取り図を眺めた。たっぷりと煙を吸い込んで、考える。
コリーは敵を想像した。
三人を指揮して、フリッツたちから逃げ切った子供のことを――その人物像を――真剣に考えてみた。状況からいってそいつは、ローランが撃たれるところを目撃しているはずだ。それをみた直後に、的確な指示を出したというのか? ――異常なくらい、冷静な子供だ。そんな奴がこの世にいるか? 信じられん。……でもまあ、いるからには、いるということになる。そいつはきっと、おそろしいほどに明晰な頭脳をもっている。潜在能力でいえばローランと互角かもしれない。……そうだ。子供だからといって、侮れる相手じゃないぞ。ローランみたいな奴だと考えたほうがいい。そんな奴が、正面玄関から堂々と逃げるか?
……あり得ないね!
ぜったいにないと、確信を持つことができる。
コリーは煙をゴジラみたいに吐き出して、
「〈裏口〉だ」
と、見取り図の一点を睨みつけて言った。「正面玄関とは反対側に、小さいが、もうひとつ入り口がある。そっちへ行くんだ。正面玄関のほうは必要ない」
そう、必要がない。
逃げるのだったら、そいつは必ず〈裏口〉を使うはずだ。おれがいまこの部屋にいて、たまたまこの見取り図をみていなければ気が付かなかった出口なのだから。むこうは必ずそれを利用する。
『〈裏口〉ですね? 了解です』
電話が切れた。
「ボス」
ポールが腕を持って戻ってきた。
「出口はロックしたか?」
とコリーは訊いた。
「いいえ。できませんでした」
「なぜだ」
「それがですね……」
ポールが苦い顔をして、管理人の腕をおもちゃみたいに振った。
「こっちじゃなかったみたいです」
「仕方がないなあ!」
コリーはタバコを放り捨てて、すこし嬉しそうに立ち上がった。
そのとき。
「うぅ……っ」
と、管理人の男が呻いた。
「これは驚いた! ミスター、まだ死んでなかったのか」
コリーはすでに片腕をなくした男を見下ろしながら、再度、チェーンソーを股で挟んだ。
スターターハンドルを勢い良く引いて、ギザギザの刃を高速回転させた――。
「もう一度だ」
***
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