第三章
01 試合開始、エレベーターとぼくらの正体
第三章 試合開始、エレベーターとぼくらの正体
エミルたち4人はマンション内に散開した。
トランシーバー越しにラスティが言う。
「もう一度目的を確認する。おれたちのミッションは特殊部隊が突入するまで、ケースを守ること。隠れ場所はなく、この建物内から出ることもできない。そのうえ、相手は大人だ――こっちよりも足が速い。むこうにケースが見つかった場合、まっすぐ走っても振り切れない。逃げ切る方法としては二つだけだ。ダイスケが階段を跳ぶか、ヘディのコントロールするエレベーターを使うか。……今回は、主にエレベーターを使用する」
「おれは平気だぜ」
ダイスケが言った。「さっきも言ったが、階段を跳ぶ時に手すりを握るほうの手は無事だし、ケースは脇でも抱えられる」
「おまえの心配はしてねえよ。その程度でリタイアしてもらっちゃ軽蔑するね」
と言いつつも、ラスティは、すべてが片付いたらダイスケに最高の外科医をあてるよう、大統領に要求することを心の内で決めている。ダイスケのモチベーションは、優しい言葉をかけるより、むしろ煽ったほうが上がると踏んで、そう言ったのだ。チームの士気を高めることも、ラスティの役割のうちだった。
「たしかにおまえのジャンプは有効だとは思うが、しかしエレベーターほどじゃない。なぜなら、エレベーターで移動中の間だけ、子供と大人の体力差はまったく関係なくなるからだ」
「なるほどな。おまえってやっぱ賢いな」
「これくらいで褒められたって困る。……つーわけで、アネゴ頼んだぜ。この戦いでは、おまえがいちばんのキーになる」
――ヘディには頼ったほうがいい。彼女は人に頼られたときに、最も力を発揮するタイプだ。
「どん、と任せなさいな」
ヘディは胸をぽんと叩いて、快活に応えた。
「ここのエレベーターホールはあたしの舞台よ。あいつらみんな、あたしの意のままに踊らせてあげるんだから」
***
コリーたちはマンション内に散開した。
〈マテンロー〉の中通路は吹き抜けになっていて、むかいの廊下がよく見えた。内側の壁はすけすけの柵になっているから、誰かが移動するときには、その姿が他の誰かに筒抜けになる。
無線で連絡を取り合う。
「東側の21階に子供がいる」
とフリッツが言った。
「そいつはケースを持っていない」
とコリーが返す。
子供たちは廊下を走るとき、吹き抜けとは反対側のほうの手でケース持っているようだ。しかも持っていない者が持っているかのようなフリまでしているので、しっかりみないとケース保持者が判別できない。おまけに動きは俊敏で、現れたと思った次の瞬間にはその姿が消えている。
コリーはじっくり目を凝らし、そして言った。
「ケースは北側だ。いま、33階を子供が通った。そいつが持っている。おれとポールで挟み撃ちにする」
「了解」
すぐさま少年のあとを追う。全速力で駆け抜ければ思いのほかすぐに追いついた。
あの後ろ姿は――ラスティだ。
目的のケースをちゃんと持っている。むこうからはポールがこちらに向かっている。
挟み撃ちだ。
ラスティは際どいタイミングでエレベーターホールに逃げ込んだ。ポールがすぐそこまで迫る。ラスティはカゴに乗り込む。ドアはポールの目の前で閉まる。
「下だ! 下へ行った! 西側のエレベーター!」
「了解」
バリーは連絡を受けるなり、すぐに西側のエレベーターホールに入った。24階。ランプの点滅がこちらに近づいてくる。彼はスイッチを押してそれを呼び止める。
「やったぞ!」
ドアが開いた。
バリーはそのなかに向かって指を差し、高らかに宣言した。
「――おしまいだあ!」
しかしカゴのなかは空だった。
「ちくしょう! やられたぜ。こいつはダミーだ! 本物は、途中階で降りてやがる!」
***
「ケースは東側だ! 16階を子供が走っている!」
ポールはすぐさまそこへ向かった。エミルがエレベーターホールに向かってケースを投げているのが見えた。ポールに気がつくなり彼は振り向き、無邪気に話しかけてきた。
「……ねえねえお兄さん。お兄さんって、ミュージシャンなの? バンドやってるの?」
時間稼ぎだ。
「だまれ! ……方向性の違いからすでに解散した!」
ポールはエミル少年にそう叫んでから、ホールに入った。そこにヘディがいて、彼女はケースをカゴのなかへと放りこんでいた。
――まただ。
目の前でドアが閉まる。
カゴは上に上がっていく。
これでは追いかけることができない――とポールが考えたちょうどそのとき、チン、という音が鳴って、となりのエレベーターのドアが開いた。しかもそれは上を向いているではないか。
「ちょうどいいぜ」
ポールはそれに乗り込んだ。
自分はなんてラッキーなのだろうと思っていた。
しかし。
ドアが閉まってカゴが動き出してから、彼はやっと気がついた。
「そんな!」
――すべてのボタンが点灯している。
事前に押されていたのだ。
これではケースに追いつけるわけがない。
「くそ……あの女っ!」
――謀ったな!
ポールはエレベーターの壁をおもいっきり殴った。
エレベーターは警告音を鳴らし、安全のために三十秒ほど停止した。
ポールはその間、窮屈な空間で呆然としていた。
***
「ケースは現在、西側のエレベーター! 降りている!」
コリーはそこへ向かった。
すると、エレベーターホールのまえをダイスケが立ち塞がった。
「おいオッサン。……おれとカバディやんねえ?」
時間稼ぎだ。
「うむ。興味深いが――しかしいまは別件を抱えているのだ。また機会があれば、よろしく」
コリーはビジネスマンがごとく丁重にお断りし、ダイスケの横を通りすぎて、目的のカゴを止めて乗り込む。
なかにはヘディがいた。
壁際に佇み、じっとこちらを睨んでいる。
二人っきりになった。
「……お嬢さん、ケースを隠し持っていたりはしないだろうね?」
コリーはヘディの身体を上から下まで、じっくりと眺める。
――隠すとしたらどこだろう?
子供らしさのある細いシルエット。
――あそこか? それとも、あっちか?
胸の膨らみはまだ小さい。
――これって、やっぱ、将来は大きくなるんだろうか?
大人になったら。
これが。
ああなって。
――いつの日か、ボインボインに……っ!?
ばちん。
ふいに、彼の頬をヘディが思いっきりビンタした。
「……あんたのその目、セクハラよ?」
なるほど、この少女はすでにレディの心を持っているのだな、とコリーは思った。
「これは失礼致しました」
だからコリーは謝罪した。
***
「おい、どうなってんだよこれ!」
バリーが無線に怒鳴った。「毎度毎度、エレベーターで逃げられてっぞ!」
「まるで魔法みたいに、完璧なタイミングで助け舟を出してやがる」
ポールが言った。
「……あ、そうだ。意味もなくカゴを呼んだり、デタラメに階数ボタンを押して妨害するってのはどうだ?」
フリッツが提案した。
「すでにやったさ」
コリーが言った。「なんでか知らんが、まったく効果が出なかった。完全に遊ばれてるなこりゃ」
***
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