第7話:産声

 言ったはずだ――萬代は淡々と述べた。


「テメェには目付役は無理だと」


「はい、そう言われました。しかし――萬代さんの言葉には、……という意味が込められていると感じ、こうして部室に参りました」


 ギシリと椅子を撓らせた萬代は、「ほう」と胸を反らせて問うた。


「言ってみな、朧気な根拠を」


「萬代さんは、目付役は『絶対的中庸を求められる』と仰りました。『何にも染まる事の出来ない無色の存在』とも。全くその通りだと思いました。ですが……思っただけでは、萬代さんの仰る目付役には成れません」


 私はここに結論致します――看葉奈は声を若干震わせながらも、萬代の強烈な視線に負けぬよう、必死に気張った。


「目付役とは、自身をに変えなくてはならないのです。真剣の闘技に立ち会い、双方が忌手イカサマを使う事の無きよう見張る者……そして、打ち手との関係、年齢、性差、あらゆるものを平等にし、唯一の正義を以て取り締まる。故に目付役は、自らを律せよと命じられるのです」


「私が『今のままでは』と言った意味、それについての説明を受けていねぇが」


「これは言葉の通りです。昼休み……私は泣きました。萬代さんに、正直に申しますと『人格否定』をされたように思え、涙を流しました。ですが……今となれば、萬代さんの言葉、その真意を見抜けなかった故の失態です」


 看葉奈の胸奥に……小さく、それでいて熱いぎょくが生まれたようだった。


「萬代さんは、私を試してくれたのです。『脅しや圧迫に屈さない、鉄芯を身体に持つ人間か否か』を。貴女の試練に打ち勝つ唯一の方法は、と表明する事!」


 萬代は何も答えない。押し黙り、だが看葉奈の発言を聞き逃さぬよう……耳を傾けているようだった。


「確かに……萬代さんの口調は威圧的です、しかしながら――決して! 萬代さんは密かに待っていたのでしょう、自著を完全に理解し、が現れるのを。萬代さんは聴いていたはずです、腐敗していく賀留多文化の悲鳴を!」


 刹那、萬代は「テメェに問いたい」と口を開いた。


「纏めると――テメェなら成れるってのか、畏れ多くも冥界が王『閻魔』に」


 看葉奈は深く頷き、「成れます」とハッキリ答えた。


「もう一度問う。テメェは確かに言ったんだな? 成れる、絶対に『本当の目付役』に成れると。この私の前で、本を取り上げてなお、だ」


「成れます」


 しばしの沈黙が流れる。廊下を楽しそうに歩く生徒達の声が聞こえた。時計の秒針がうるさく思えた頃……萬代は不意に立ち上がった。


「ここで試す。テメェに閻魔の資格があるかを」


 萬代は両手をポケットに入れ、しばらくまさぐった後、右手を荒々しくテーブルの上に《株札》を叩き付けた。左手は太股の上に置いたままだった。


「手っ取り早く、起こした札の数で決めよう」


 先に起こしな――そう促された看葉奈は、しかし手を山札に伸ばそうとしない。


「どうした? 怖じ気付いたのか」


「いいえ。引けません」


「理由は?」


「出された賀留多を使、目付役以前の問題です。切り混ぜてもよろしいでしょうか?」


 萬代は微笑み、「好きにすると良いや」と山札を看葉奈の方へ動かす。すると――看葉奈は札を真横に滑らせ、「完品か否か」を検め始めた。


「随分と念入りじゃねぇか」


 果たしてその札はであった。手早く切り混ぜ、看葉奈は互いの真ん中に設置、その一番上を引いて表に向けた。


か」


 六の数札を眺めつつ、「さて、行こうか」と萬代が山に左手を伸ばした瞬間――。




 看葉奈は即座に立ち上がった。伸びて来た萬代の左手首を掴み取ると、そのまま山札から「触るな」と言わんばかりに……引き離したのである。




 萬代は怒り出す事無く、「場合によっては」とゆっくり言った。


「明日から病院通いが続くが……それでも握ったんだな。私の手を」


「はい」


「今ならテメェの無礼も笑って赦してやる。離せ」


「離せません。酷く


「ほう。どんな臭いか言ってみな」


 とても嫌らしい臭いです――看葉奈は優しい手付きで萬代の左手を開き……。


 中から現れた「一〇の札」を、ソッと自身の起こした札の横に置いた。


、ですね」


 フゥ、と大きく息を吐いた萬代。呆れたように「嫌味ったらしいなぁおい」と目を閉じた。


、今回は。……分かったよ、その心意気は理解した。だがな、どうして私が四一枚目助っ人を持っていたと推測したんだ」


 そうですね――看葉奈が答える。


「両手でポケットに手を入れた時、札を捜すのに時間が掛かっていたから。左手はテーブルの下に待機させておいて、札を起こす時だけ出したから。後は……左手が微妙に、こう、器のような形をしていたから……でしょうか」


「私なりの験担ぎだったらどうすんだ」


「『疑われるような事をするな』……そう注意して仕切り直しですね」


 途端に萬代は高笑いし、しばらく笑い続け……やがて「あぁーあ」と涙を拭った。


「それで赦される訳無ぇだろうが。このチンケな忌手の防ぎ方は簡単だ、打ち場に着いた時点で服を脱がせるんだよ。ブレザーなんて一番隠しやすいだろう? それとテーブルでの闘技は禁止して、必ず座布団の前で正座させて――まぁ……どうでも良いや。何だか、腹減っちまったなぁ」


 鞄から大きな巾着袋を取り出した萬代は、「ほらよ」と看葉奈に投げ渡した。


よ。それで買えるだけ――甘味を買って来い。五分以内だ」


 目付役にはセンスも大事だ。そう言った萬代の顔は、何処か楽しげで……嬉しそうだった。

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