第4話:逆さの鱗
「…………不磨田よ、何だこの餓鬼は」
「そんな言い方は止めなさい。この子は斗路さん。一年生で、今度の登用試験を受けるんだって」
私の情報を流さないで下さい! などと言える訳も無く、コクコクと頷く看葉奈の両目を、萬代はジッと見据え……。
「この餓鬼が、か」
不敵に笑い、「言っておくがな」と――冷たく言い放った。
「止めとけ。お前に目付役は向いていない。無残に落ちるか、仮に合格してもやられるだけだ」
「えっ……?」
突然の、しかも無礼な発言に困惑する看葉奈を、「ちょっと百花!」と不磨田が庇う。しかし萬代は口を閉じない。
「目付役ってのはな、絶対的中庸が求められるんだ。中庸ってのは怖ぇぞ? Aという派閥とBという派閥、その中心にドッカリと居座り、しかも平気に笑っていなきゃならねぇ。分かるか、餓鬼。何かに染まる事が出来ない、常に無色の存在……それが目付役だ」
「……それは、応募用紙に書いてあったので理解は――」
「いいや、していねぇな」
俄に右肩を掴まれた看葉奈は、ビクリと身体を震わせた。
「百花、いい加減にしなさい!」
「いい加減にするのはテメェらの方だ、帳簿屋!」
事務室で働く人間、その全員が硬直し……萬代の方に目を向けた。
「テメェらは何の為にいる? 生徒会活動資金と花石の管理だけか? そうだとほざく奴がいるなら、この場で私が叩きのめす。いいか、テメェらは目付役の統括もやっているんだろう? 誰でも彼でも受けられるようにしやがって、応募用紙に名前書いて投函して、しばらく待っていりゃ受験は出来る、適性も何も無い、記念受験だって構わねぇ」
尻込みする部員達を睨め付けつつ、萬代は更に語気を強めた。
「過去問なり参考書なり、ポンポン売って受験させて。いつからここは稼ぎ場になっちまったんだ? テメェらは座って茶菓子の一つでも食いながら、高校受験の真似事をするだけで良いんだろうが、応募者の立場に立って考えた事は無ぇのか!」
「百花、貴女の言い方には問題があるわ! まるで私達が応募者を蔑ろにして、しかも――会計部が適当な仕事ばかりするような口振り、訂正して頂戴!」
そうだそうだ、と賛同する会計部員は……一人もいなかった。万が一、萬代に楯突けば一〇〇倍の力で踏み潰される事を、風の噂や醸し出される覇気で理解していいたからだ。
「なるほど、テメェらは綺麗な打ち場と《札問い》の運営を出来ている、そう言いたいらしいな。言ってやる、全く出来ていねぇんだよ。目付役を目指す奴らが、私の書いた本を五分でもキチンと読めば、この前のような事件は起きねぇんだよ」
萬代は看葉奈の方を見やり、「お前も目の前で見ただろうが」と声を荒げた。
「目代小百合だよ。私は知ってんだ、あの女が不当に連戦を強いられたってな。そん時の目付役は多額の賄賂を貰い、何だったら
まさかとは思うが……萬代は声を低めて言った。
「悪いのは本人で、私達に罪は無い……なんて抜かすんじゃねぇだろうな?」
「……貴女の言い分も正しいけど、でも頭から否定するのは――」
「それ程に事は重要だ、って意味なんだよ。不磨田よ、電卓の叩き過ぎで頭がふやけたか? 打ち場に来な、私がしっかりと叩き直してやる」
自分のせいで、無関係な人達が責められている――看葉奈は酷く申し訳無くなり、また自身の決意が「無駄」と結論されたようで……。
「うっ……うぅ……」
シクシクと、看葉奈が泣き出してしまった。
「見ろ、不磨田よ。この程度で泣くんでは――やはり、目付役など到底無理だ」
怒りに満ちた表情でカウンターを飛び出す不磨田に、萬代は悪びれもせず「泣かせておけ」と言い放った。
「可哀想に斗路さん……百花、悪いけど出て行って頂戴! この子の為にならないわ!」
「言われなくとも、こんなところすぐに出て行く。……おい、泣き虫の餓鬼!」
事務室の扉に手を掛けながら、萬代は涙する看葉奈の方を見やった。
「ひよっこの頭で……私の言葉、よくよく考えな」
自らの額を指で突きながら、萬代は悠々と事務室を後にした。
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