第3話:羅刹、見参

 かくして――斗路看葉奈一六歳は、恩人である「目代小百合」姐様に報いるべく、賀留多闘技の《目付役》登用試験を、なし崩し的に受ける事と相成った。


 元々看葉奈は勉学自体に抵抗は少なく、どちらかと言えば「得意」であると自覚していた。定期考査が始まる一ヶ月以上前から、彼女はキチンと計画を立案、ほぼその通りに対策を行える……というを持っている(堕落した私生活とは対照的であった)。


 さて、試験当日まで残り二八日。定期考査の時と比べは遅れがちなものの、充分に取り返せる時間だと看葉奈は楽観視していた。


「すいません、お尋ねしたいのですが」


「はいはーい。何の御用ですか?」


 まず――看葉奈は花石を携えて会計部を訪ね、「過去問」を手に入れようとしていた。


「登用試験の過去問が欲しいんですけど」


「過去問ね、受験票はあるかしら?」


 定期券大の受験票を財布から取り出す看葉奈。会計部員――名を不磨田壬由ふまだみゆ、と言った――は受験者名簿を棚から引き出し、物差しを当てて「現れたのは本人か」と確認を行った。特段緊張する場面でも無いが、何となく居心地の悪い看葉奈は「んんっ」と咳払いを二度、三度としてみる。


 他の生徒が休んでいる、もしくは賀留多に打ち込んでいる間……会計部のみならず、生徒会に関係する者は皆が事務室に集まり、雑務や放課後の会議に必要な書類の作成、教員との打ち合わせを行う。


 無論、片付ける仕事が無い場合は各々の教室へ戻って行くが、「安息日」は週に一日でもあれば良い方だ。


 花ヶ岡を楽しむならば唯の生徒に、味わうならば生徒会に――花ヶ岡生の鉄則である。一年生から生徒会業務に携わる事は可能だが、その面倒さと多忙さに匙を投げ、生徒会記章を返却する者も少なくない。


「…………はい、一年七組の斗路さんね。過去問は花石のみでしか渡せないけど、大丈夫? 通帳があれば、引き落とす事も可能だけど」


「大丈夫です、持って来ました」


 ジャラジャラと巾着袋を揺らした看葉奈。不磨田は「やる気満々ね」と微笑みながら、『過去問題集五年分』と題された冊子と、ラミネート加工された「参考書一覧」なる品書きをカウンターに置いた。


「あら? これは何ですか?」


「これは参考書ね。ぶっちゃけ、過去問だけでも合格圏内を目指せるわ。でも……どうせなら参考書も買って欲しいところね」


・花ヶ岡賀留多技法網羅集(目付役用)

・金花会精神の手引

・我が国と賀留多

・全国賀留多総覧

・めざせ! 素敵な目付役~一〇日で学ぶエッセンス~


 これと、これと、これと……不磨田は次々にサンプル本を積み上げていき、は全てで二〇センチメートルを超えていた。


 ゴロゴロと並ぶの中で一つだけ――柔らかなスポンジに似た本を指差す看葉奈。


「……最後の本だけ欲しいんですけど――」


 そういう人もいるけど、と不磨田は苦笑いした。


「一〇日で学ぶって書いてあるでしょ? それがね。最初からそれだけを読んでいたら……


「えっ!? 表紙も可愛いし、何だか読みやすそうですけど……」


 看葉奈の言う通り「五冊目」の表紙では、可愛らしいネズミと可愛らしい女の子が手を繋ぎ、「やれば出来る!」と激励の言葉を投げ掛けて来ている。


「そう、それが問題なのよね。作者は萬代ばんだいっていう文芸部の子なんだけど……何て言うのかな、『全部憶えて当たり前』って言い切るタイプ、って感じの……」


 刹那、不磨田は「あら」と目を見開き、看葉奈の背後に向かって声を掛けた。


「噂をすれば、ね。百花ももかったら珍しいわね、こんな時間に」


 可愛らしい名前――看葉奈は振り返り、作者に一言挨拶をしようとした瞬間……。


「初めまし……て……」


 視線で誰かを殺められる人がいれば、それは恐らくこの人だ――看葉奈は浮かべた笑みを凍り付かせ、唯、萬代百花という「名前だけは可愛らしい」上級生の目を見つめていた。

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