二人の大罪人
この日、花ヶ岡高校の賀留多文化を支える《金花会》へ……二人の一年生が栄えある目付役として加入し、翌週から簡単な事務作業を始めた。
余りに重たい責任を抱える記章を返す事無く、蛮勇とも言える度胸と決意を胸に秘めた新人達は、最初は「会計部」の一員として仕事を行い、先輩目付役から幾度も研修を受けて――《札問い》の場へと送り込まれる。
山近美智。
四方堂淑乃。
二人は他の新人達と同様に、ゆっくりと目付役たる地力を備えていくのに加え――。
誰にも口外しない、否、してはならない二人だけの「計画」を完遂すべく、水面下で活動を開始した。
性格は真逆で、通常なら友人関係を築けぬ程の相性の悪さが、しかしながら……「計画」の前では意味を成さない。
飛び抜けて陽気な山近と、他人と一線を引きたがる四方堂を結び付けた「計画」とは一体何なのか?
それは全くシンプルで、属する組織にとって実に冒涜的なものだった。
賭場開帳の自由化――即ち、《金花会》が持つ唯一性の「破壊」であった。
現状、花ヶ岡高校では校内通貨と称して「花石」なるものを流通させ、《金花会》が開催する公式の打ち場にてのみ、花石を賭けての闘技を行えた。そして……この闘技では目付役が介入する事で、
高次元の自治精神を以て厳重管理を行い、学び舎と賭場という相反する「場」の限定的融合を絶えず監視する組織こそ《金花会》であり、この組織の破壊行為に手を染めようとする者は、未だかつて現れた事が無かった。
あえて似た例を挙げるとすれば、現三学年、生徒会監査部長を務める
今回――《金花会》の活動意義に感化された振りをして、偶然にも登用式で隣り合った二人の少女は、間瀬咲恵とは全く違う願望を抱いていた。
山近と四方堂の両名は、間瀬の訴えた「《札問い》の危険性」など最初から理解しており、むしろ積極的に腕を磨いたり《代打ち》を利用するべきだとすら考えている。二人にすれば間瀬の警告などどうでも良かった。
問題はそこでは無い――。
時期、環境、思考形態は違えども……少女達は同じ事を思ってしまった。
《金花会》は、唯一性を持って開帳するべき打ち場か?
頭の片隅に浮かんだ疑問は、時を経る毎に肥大化していく。
素行の悪いクラスメイトが「金花会で
二人は首を傾げたのである。「《金花会》より優れた打ち場を作るべきでは」と。
山近はつい先日に知り合った四方堂に「開帳自由化」のビジョンを語ると、「もう少し煮詰めてみよう」と提案された。夜遅くまで議論を交わし、やがて二人は大まかな開帳自由化のルールを作り上げた。
・《金花会》は現状の賭場を放棄、あるいは無料から極低レートのみ扱う場とし、主な業務を「目付役の教育・派遣」と「賭場開帳申請の審査」とする。
・開帳申請は《金花会》が定める規則を満足する場合のみ認められる。
一、胴元は生活態度良好者である事
二、賭場は安全かつ公平に闘技を行え、一箇所に定まる事
三、流通する花石を管理する台帳を作成する事
四、毎月の開帳料(花石)を《金花会》に支払える事
五、賭場の規模により、目付役の要求人数を満足出来る事
六、胴元は賭場開帳に当たり、協力者に適切な賃金を、花石を以て支払う事
現状……毎月支給される二〇個の花石に満足出来なければ、《金花会》に参加して花石を賭け、勝利する以外に「増益」は見込めない。特に四方堂は酷く憤慨しており、「賀留多が弱い人は稼ぐなって事ですか」と、まるで山近を叱るように言った。
「し、しーちゃん……私を怒るように言わないでぇ」
「私は怒っているんです! 賀留多が弱い人は、毎月一切使わずに花石を貯めたとして、卒業まで八〇〇個もいかないのですよ! 私の知り合いなど、既に五〇〇個近く貯めている人もいるのです、こんな理不尽、あってはなりません!」
二人の望む「賭場開帳の自由化」は、花石を賃金とする就労形態の確立が最大の目標であった。
「でもさぁ、やっぱりおかしいよねぇ。目付役は幾ら凄いと言ってもさぁ、《札問い》以外にも転がっている問題を野放しにしている訳じゃない?」
「その通りです。全員が全員、紛争を抱えている訳では無いのです、もっと一般生徒に寄り添った、実益を重視した改革をしていかなければなりません!」
「熱くなるねぇ、しーちゃんのキャラが何となく分かって来たよ」
「花石を会計部の人間が横領していなければ、唯々一部の生徒同士で循環させているだけです。もっと生徒達に流通させて、高校生活を楽しいものにしていきたい! 私はここまで考えているのですよ!」
「政治家目指した方が良くない?」
温度差、根底にある主旨は必ずしも一緒では無いが――二人は二人なりに、花ヶ岡高生に幸福を与えたいと願っていた。
山近、四方堂は一応は「友人」として手を組み、《金花会》を牛耳れる権力を持つまで……果ての無い戦いを始めたのである。
筆頭目付役。二人の内、どちらかがこの役職を手に入れる事が第一の目標である。
他人を思い遣る少女達の熱意は――しかしながら、膨れ上がった欲望の袋を針で刺す事になるだろう。
賭場開帳の自由化を認めれば、必ずや制度を逆手に取った者が現れる。
生活態度良好者の基準を定める者は? そしてその基準を買収されてしまったら?
胴元が狡猾で残虐な生徒であれば、協力者に支払われる賃金は目も当てられない。
ある胴元が賭場の才覚に溢れ、協力者を束ねてグループを形成したとする。そのグループが、校内の所謂「パワーバランス」を握る程の存在になったら?
強大なグループが幾つか存在すれば……当然、賭場の立地や独自サービスを巡って紛争を引き起こすだろう。やがて紛争は誰も止められなくなり、胴元同士が《札問い》を持ち出せば?
当然――胴元が全幅の信頼を寄せる《代打ち》が、多額の報酬を目指して戦う事になるだろう。
そうなれば、《代打ち》は悩める生徒の為に戦う事はしなくなり、もっと楽で、大量に稼げる「汚れた代打ち」に転向していくに違い無い。
山近と四方堂の生徒救済は、要するに――。
資金力と賀留多の実力――武力が物を言う、弱者は食い殺され、強者が笑う暗黒時代を引き起こすスイッチに過ぎない。
恐怖すべき事実に二人が気付く事は無く、ゆっくりと……花ヶ岡高校の平和を食い潰していくのだ。
《金花会》は――それこそ奇跡に近しいバランスで成り立っていた。
その頃には、もう誰も昔を思い出さないだろう。
かつてあった理想郷の思い出など、花石一個の価値も無いのだから。
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