狼漢、魔境へ到り
その昔、地方都市の一角に建つ花ヶ岡高等学校では、生徒達が種々の賀留多闘技によって、校内通貨として流通する《花石》なるものをやり取りしたり、時には紛争解決の手段――《札問い》と呼ばれた――に用いたという。
一見……荒唐無稽な文化に映るかもしれないが、しかしながら《金花会》という組織が徹底した管理体制を敷き、特異な風土は「奇跡のようなバランス」を以て守護されてきた。
しかしながら――保護されるものは須く脆弱である。有志の生徒達が必死の努力で保っていたバランスは、数年の内に……。
完膚無きまでに破壊された。
ある年の暮れ。校内唯一の賭場、《金花会》を取り仕切っていた代表の生徒が、突如として「賭場開帳の自由化」を宣言し、それまで優等生を演じてきた「野心家」達を焚き付けた。
賀留多の腕に自信が無くとも、才覚次第で稼げる好機を……みすみす逃す程に花ヶ岡高生は愚かでは無い。野心家達はこぞって賭場の開帳許可を求め、次々と賭場を開いていった。
初めは――様々なニーズに種々の賭場が応える事で、更なる賀留多文化促進を期待された。胴元になった生徒はオリジナリティーを出すべく、《絵本引き》しか行わないと宣伝したり、《ひよこ》のトーナメントを連日開催するとして、より多くの集客を狙った。
次に――賭場の「共食い」が始まった。潜在需要を読み取れなかった胴元は次々と賭場を閉め、行き場を失った生徒が別の賭場へ移り、そこが潰れるとまた別の賭場へ……という遊牧民のような現象が立て続けに起こった。
やがて――苛烈な生存競争に打ち勝ち、常連客を大量に抱える巨大な賭場が幾つか形成された。胴元は博技の場を提供するだけに留まらず、賭場毎に専属の《代打ち》を用意し、常連客が《札問い》に巻き込まれた際は、召し抱えた《代打ち》を闘技に出向かせた。
最終的に――賭場は一つの相互扶助集団のような形となり、胴元は自前のグループを「組」「会」「一家」などと呼び始めた。この頃には常連客は「構成員」として組織に組み込まれ、一定の在籍料を花石で納める代わりに、多様な扶助を得られた。
今や花ヶ岡の生徒達は賀留多を楽しむ側から、賀留多に前途を委ねるという格好に落ち着いてしまった。
《札問い》を止めろ。賀留多へ徒に神性を与えるな……かつて花ヶ岡に通っていた生徒の一人が、このように声を涸らして訴えた。
全く、その生徒の言う通りかもしれない。
長年に渡り、紛い物の聖壇に安置されていた賀留多が、いつの間にか本当に――神性を帯びているとしたら。
背負わされた責任の重圧に耐えかね、愚かな人間に叛逆しようと決意したのなら……。
その叛逆は、既に始まっている事だろう。
相互扶助を打ち出すものの、裏を返せば「グループ加入者以外はどうでもよい」という冷徹さを纏う《五大グループ》に姿を変え、造られた神は怒りの稲妻を鳴らしているのだ。
そして今春――恐るべき雷鳴轟く魔境、花ヶ岡に一人の少年が入学した。
野性味溢れた相貌を持ち、餓狼の如き眼光を振り撒き、近くを行く少女達を怯ませた。
彼は一体何者なのか?
彼は何を思い、何を願って花ヶ岡へ入学したのか?
彼の物語が始まるのは、まだ先の話であるが……。
一つ、情報を提供したい。
それは――かつての面影を残さず、変わり果てた無法地帯、竜闘虎争の様相を示す花ヶ岡に、少年の五体に流れる血液は実に相性が良かった。
凶暴な双眼を宿す少年には、かつて賀留多の腕一本で津々浦々を渡り歩き、「四角高原」の名を轟かせた大博徒の血が流れている。
彼が花ヶ岡へ入学するのは、まさに宿命であった。
情け容赦の無い鉄火場の熱に惹かれ、高原少年は眠っていた遺伝子を揺さぶり起こし、代々燻らせていた「闘争欲」をこの学び舎で発散するのだ。
偉大な博徒の末裔――高原少年は今、堂々と魔境の門を潜った。
斗路看葉奈は見張りたい 文子夕夏 @yu_ka
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