第13話:幼馴染み

「みーちゃん、今日が初陣なんでしょう? 気張りなさいよぉ? 私はとっても心配ねぇ……あら、これはチェックだわぁ」


 放課後の事であった。ファッション雑誌の最新号を読む柊子は、緊張の為に口を尖らせる看葉奈の方を見やった。


「どうしたのよぉ、今更臆病風がビュンビュンって感じ?」


「いえ……もし、私の詳しくない技法が選ばれていたら……と」


 なーにを心配しているのよぉ――柊子はカラカラ笑い、新発売のショートブーツに赤ペンで丸を付けた。


「《こいこい》、《花合わせ》、《六百間》、たまーに《いすり》でしょう? これ以外は駄目って、金花会で決めちゃえば良いのよねぇ」


「そのような意見も出ているらしいですが、流石に出来ないでしょうね……」


「出来る出来るぅ。例えばぁ、《こいこい》だけとするじゃない? この技法なら戦略本だって出ているし、皆習熟が見込めるでしょう。私達代打ちもグッと楽に――」


 そんなの許しませんわ! 柊子と看葉奈の会話を盗み聞きしていた生徒が、ズンズンと歩み寄って来た。


「あらぁ、どうしたのよぉ史氷しごおりちゃん? 馬鹿みたいよぉ?」


「ば、ばば馬鹿って……! 史氷家の長女である私を……馬鹿って……!」


 顔を真っ赤にして怒り出した彼女は、史氷ミフといった。彼女は賀留多の技法に並々ならぬ情熱を向けており、「同じ技法ばかり打つな。様々な技法を打て」とクラスメイトに言って回るのが日課だった。


「その発言は、賀留多の多様性、《札問い》の自在性公平性聖域性を穢していますのよ! 宇良川さんのような人間が生まれるから、技法単一主義は危険だと口酸っぱく言っているのに!」


「熱くなっても身長は伸びないわよぉ史氷ちゃん。皆それぞれで良いじゃない、主張ぐらい。現に《札問い》は当事者が好きな技法を選んで良いとなっているし、それに私も技法を無くせと言っているんじゃなくて、《札問い》の場を纏めやすく――」


 それがおかしいのですわ! 椅子に座ったままの柊子を指差す史氷。途端に彼女の指が柊子に握られた。


「い、痛い痛い! 私を倒すなら賀留多で……!」


「人に指を指す……それは呪術なのよぉ? 私に不幸が起きれば良いって思っているのぉ? だとしたらぁ……へし折るわよ、クソ餓鬼」


「うわぁあぁあん! ごめんなさいごめんなさい! もう指しませんからぁ!」


 泣き出した史氷を思い切りに引き寄せた柊子は、「嘘よお」と笑顔で抱き締めた。


「誰がこんな可愛い子をクソ餓鬼とか、チビ女とか、下手の横好き女とか言うのよぉ?」


「うぅ……宇良川さんは優しいですわね……それに、柔らかいですわ……」


「あらぁ、太っていると言いたいのぉ? 鯖折りを試そうかしらぁ」


 史氷さん、欺されないで……それは、決して優しい訳じゃない――看葉奈は一人思い、史氷が将来、碌でも無い男に引っ掛からないよう祈るだけであった。


「じゃ、じゃあそろそろ私、行きますね……しーちゃんは先に帰っていて下さい。遅くなったら申し訳無いので」


「オッケーよぉ。行ってらっしゃい、目付役さん。ほら、史氷ちゃんもバイバイってしなさい」


 柊子の膝に座る史氷は、すっかり柊子の娘のように元気良く頷いた。


「斗路さん! 頑張って下さいまし!」


 コクリと頷き、軽く手を振った看葉奈。


 運動部が準備運動をしたり、一列縦隊でランニングをする横を抜け、指定された《札問い》の現場――四階奥の空き教室へと到着した看葉奈は、扉をノックする寸前で……強い緊張を覚えた。




 この先は、私は感情を捨てた目付役、感情の外に座す目付役、目付役、目付役……。




 一度、二度と深呼吸をする。それから看葉奈は覚悟を決め、「失礼致します」と扉を叩いた。


 返事が無かった。それもそうだ――スマートフォンを見やる看葉奈。開始時刻より三〇分も早かった。


 扉をソロソロと開ける、やはり誰もいなかった。とりあえず、と打ち場らしい状態に作り変えようと、看葉奈は後方に追いやられていた机を運び、中心に置いて座布団を載せた。椅子を三脚用意し、一息吐いた瞬間……。


 コンコン、と扉を叩く音がした。


 俄に看葉奈の胸が高鳴る。上擦った声を出しては格好が付かない為、やや間を置いてから「どうぞ」……と入室を促す。


 力無く開かれた扉の向こうから足音がした。教室の中へ入り、看葉奈の方へ歩み寄ろうとする人物は、しかしながら――。


 数歩進んだ辺りで、「えっ……」と悲痛そうな声を上げた。


 何か問題でもあったのだろうか――看葉奈は顔を上げて、恐らくは当事者の一人であろう者の方を見やった。


 刹那、看葉奈の目は一杯に見開かれた。


 二人は見つめ合い、瞬きすらしなかった。先に口を開いたのは当事者であった。


「っ、み、……?」


 宝井眞子たからいまこ。看葉奈の名を呼んだ少女の名である。


 宝井は看葉奈とクラスは違えど、近所に暮らす幼馴染みであった。母親同士も仲が良く、娘達も良好な関係を続けていた。


 彼女は――看葉奈と一定以上の関係を結んでいる、「友人」であった。


「あ、あの! 看葉奈、お願い……お願い聞いてくれる!?」


 周囲を見渡し、宝井は看葉奈の元へ駆け寄った。


「私、私ね? 部費を盗んだって濡れ衣を着せられているの! 私本当にやっていないし、それに、先輩が盗んでいるところを私見たの! その先輩がね、今日私と戦う人なの! けれど、けれどね、私……花札あんまり強くなくて! だから、その、凄く言い辛いんだけど……をさせて欲しいの! そうしなきゃ絶対勝てないよ、このまま犯人になりたくない! ねぇ、看葉奈! お願い、お願いします――」


 私を助けて!


 ふと、看葉奈は筆頭目付役、福丸の言葉を思い出した。


 時々さぁ、目付役にならなきゃ良かった、って思うの――。


「あれ? もう来ちゃってんだ。必死こいているねぇ」


 扉の方から声がした。自身ありげな表情を浮かべる上級生だった。


「あぁ、目付役さんは一年生なんだ? 面倒掛けちゃってごめんね? すぐ終わらせるからさ、今日はよろしくね。しっかりと……」


 見届けて頂戴ね?


 酷く顔色の悪い宝井は、「真犯人」の反対側に……ストン、と座り込んだ。


 一六時四七分。


 定刻より一三分早い、闘技開始と相成った。

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