第11話:初陣を呼ぶ「流れ」

 看葉奈が目付役登用試験に合格し、三ヶ月が過ぎた頃である。


 会計部室横のポストに、一通の手紙が投函された。


 二日に一通は届くを、看葉奈は当時の筆頭目付役――福丸紗奈子ふくまるさなこといった――の下へ持って行った。福丸は「どれどれ」と封を破り、素早く視線を動かして文面を読んでいく。




『明後日、一七時より、四階奥の空き教室にて札問いを行いたいです。定刻までに、目付役の方を派遣願います』




「あら、それ……」


「うん? どしたのかな?」


 問うて来る看葉奈に、福丸は軽く首を回した。彼女の癖である。


「紛争内容や、当事者の名前が書かれていません。それで宜しいのですか?」


 以前に先輩目付役から手紙を見せて貰った際、文面には依頼者と簡単な紛争内容が記載されていた。しかしながら……福丸は「むしろ」とかぶりを振った。


「こっちの方が、我々にとって都合が良いんだよね。例えばさ、看葉奈ちゃんの友達が依頼して来たとする。その子はとっても仲良しの子……さて、看葉奈ちゃんはどうする?」


「目付役は《がら札》で決定されますし、もし当選したとしても、私は公平に処理します」


 その通りだね――福丸は「でも」と問うた。


「紛争内容が余りにも悲惨で、明らかに――」


 友達に非が無かったら? 福丸は困ったように笑った。


「……公平に処理します」


 福丸は「ごめんごめん」と頭を下げた。


「困らせるつもりじゃ無かったの。……でもね、前にあったらしいんだ。手紙に書かれていた当事者の名前が親友で、ある目付役の生徒が手助け――忌手イカサマの行使を黙認しちゃったんだ。用意周到な事に、《がら札》に細工して、自分で引いて……自分が当選するようにしてね」


 目付役の資格無し――看葉奈は即座に思った。


 絶対的中庸を求められる立場に置かれてなお、心情に左右されるくらいなら……初めから試験を受けるべきじゃない。その事を端的に、粗野な言葉を抜いて福丸に伝えると、「出来た後輩だねぇ」と嬉しそうに笑った。


「それでもなお、我々はだし、なんだ。揉め事……《札問い》に立ち会って、恐ろしい程の権限を以てして、当事者の運命が幸、不幸に偏るのを公平に見届ける。今、誰も居ないから言うけどね、時々さぁ……」


 目付役にならなきゃ良かった、って思うの。


 福丸は自分自身に呆れるような笑いを浮かべ、「長くなっちゃったなぁ」と呟き、傍らのコーヒー牛乳を飲んだ。


「看葉奈ちゃん、今は私のボヤキが分からないと思うけど、その内分かる日が来るよ。嫌でもね。まぁ、私が言いたかった事は……匿名の手紙が一番、公正であるって事かな。署名ってのは、文書に『私です。』って強い意思表示を込める事だからね。我々は如何にその意思表示を――」


 無視出来るかに懸かっているのさ……。福丸は腕時計をみやり、「皆が集まり次第」と言った。


「《がら札》を引こう。……そろそろ、看葉奈ちゃんの札も入れよっか」


 しばらくの間を置き、看葉奈は力強い声で返した。


「お願い致します」




 物事に「流れ」があるのか否か――という答えの無い議論は、古来より人々の間で熱心に語られて来た。


 人物Aは「明らかに説明出来ない事象の塊がある」と声高に言い、人物Bは「事象が起こる回数を一〇〇として、その内の幾つかが偶然固まっているだけだ」と反論する。すると「当事者の発言、行動、場の醸し出す空気等々が作用し、所謂『流れ』が生まれるのだ」とAが反論し、「数値化出来ない要素など錯覚に過ぎない。クラスター錯覚を学べ」とBが返す。


 結局、AとBの議論に終わりも正解も無かった。全ての勝利を「流れを掴めたから」と結論してしまえば、その時点で他の勝利要因を無視する事になり、更なる成長や飛躍は期待出来ない。


 反対に「流れは無い」と決定すれば、全てがデジタルな思考に染め上げられ、敵の繰り出す「有り得ない一手」に容易く胸を穿たれてしまう。麻雀などで散見される、「常識外れの鳴き」が好例であろう。一見は意味の無い鳴きをする事で、何故かその後のツモ牌が狙い通りとなるというものだ。


 どちらの思想に傾倒し過ぎてもいけない――誰でも理解している事だ。


「それでも、私はこういう思想だ」


 種々の場で闘う者達は偏りの危険性を知りつつも、やはりどちらかの引力に抗えず、若干でも強く染まった方を「自らのスタイル」として扱う。周囲の人間はアナログ派、デジタル派などと区別して分類するが……。


 彼らは幾千の場を経て、「説明出来ぬ事象の揺らぎ」や「確率に裏打ちされた選択」と出会い――逡巡と手を取り合って闘い続ける。


 故に、勝負はドラマチックに始まり、ロマンチックな展開を引き起こし、ファンタジックな結末を迎える。だから「観戦」という行為が生まれるし、それを楽しむという人種が発生した。


 存在無存在に決着は着かねど……全ては「流れ」という無形要素が絡んでいるといっても過言では無い。




「さぁ、皆集まったね。お察しの通り、今日も我々に一通の手紙が届いた」


 開かれた封筒を頭上で振り、眩しげな表情で――集合した《目付役》達を見渡した。


「明後日、一七時。用事があるって人は?」


 誰も手を挙げない。皆が福丸を見据え、何事にも動じないと言わんばかりの表情で……を待っていた。無論、その中には――看葉奈の姿もある。


 コホン、と一度咳払いをする福丸。後ろに置かれた大きな巾着袋を掴み、「じゃあ行こうか」と胸の前に突き出した。


「全てはが決めてくれる」




《札問い》に立ち会う目付役を決定する際、次の手順を踏む事とされていた。


 最初に各員の名が書かれた札を切り混ぜ(今回は一〇人の目付役が参加を表明した)、左から右へと一枚ずつ、裏向きにして横に並べていく。


 筆頭目付役が巾着袋に手を入れ、中から一五センチメートル長の棒を一本、ランダムに取り出す。棒の先には番号が書かれており、すぐにそれを読み上げる。


 先程の札は左から「一、二、三……」と番号を定め、符合する札を表にする。


「七番、七番、七番」


 福丸が三度、引き当てた数字を読み上げる。目付役では無い、唯の会計部員のみが《がら札》に触れる事が出来る。部員はゆっくりと「七番目」の札を表に向け……。


 目付役達の一番奥で、静かに佇むを見やった。


「初陣だよ、斗路さん」


 福丸との会話が――看葉奈にを与えたのかは分からない。


 しかしながら、何となく……看葉奈は予期していた。




 そろそろ、私の番が来ると。




 彼女は昔ながらの――「流れ」を肯定する一人だった。

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