嫁探しセンセィショナル 5
先に戻るという朧月様のあと二人して家に帰ったが玄関口でわたしは悲鳴をあげた。
真っ白い、のっぺらぼうがわらわらと二体も三体もいるのだ。思わず李介さんに飛びついた。
「あわわわ、なんですか、あれ!」
「式神ですね。それも軍用の軽式ですが……どうも道満師がすぐに寄越したようです。手が速いうえに、どこでなにをしているのか」
李介さんが震えるわたしを落ち着ける様に頭をぽんぽんと撫でられる。
白い、二足歩行の式神には顔がなく、物を運ぶという以外のことは出来ないらしい。ただ、その運んできたものが問題だ。段ボールは封をされていない。蓋の隙間を覗くと分厚い本ばかり。
教科書?
いや、わたし、返事してない!
「制服に、教科書類は一通り、揃ってますね」
置かれた段ボールの中身を見て李介さんが呟く。そんな悠長に確認されないでください。受け取り拒否とか今からでもできないだろうか? こう、この式神の手に押し付けて帰ってもらえないかと思ったら、ぽんと音を立てて、ただのヒトガタの紙になって、勝手に燃えて灰となって消えてしまった。なんということだ。一方通行か!
押し売りでももう少し可愛げがあるぞ。
「あなたにああいう特技があったとは思いませんでした」
「え、あ、あの……ごめんなさい。夫をさしおいてでしゃばるのはよくないのに、だから、その」
叱られるかと思って言い訳を口にするわたしの頭をぽんぽんと、撫でられる。あう。
「私は誉めているつもりなんですが、どうも責めているように聞こえたようですね」
「そんなことはない、ですけど……俺って、言ってほしいです。そっちのほうが、素なんでしょう? その言い方ではいろいろと、隠されているようです」
「……」
黙っている李介さんにやはりでしゃばってしまったかと思っていると、おもむろに指が伸びてきた。あう。ほっぺたをむにゅむにゅしてはいけません。李介さん! なぜ黙ってほっぺたをむにゅとするのですか!
むぅとしているとほっぺたが離された。
「まぁ、ああいうことができるなら陰陽科に入るのは一つの手でしょう。学んでおいて損はないはずです。それも道満師から学べるのは大変な名誉なことです。
あの人は先の戦争時、かなりの実力者として国も敬意を払っているお方です。幾人があの方の元で学びたいと言っているか」
「けど、李介さんはいやなんでしょう」
別にわたしは陰陽なんて興味がないのだし。
「……というよりも、少し、困惑しているというほうが大きいです」
「こんわく、ですか」
「あなたがああいうことができることを俺は知らなかった。その上でどうしたらいいのか俺には判断できなかった。それをまさか陰陽科の道満師に目をつけられるとは」
「いやだったのです?」
「名誉なことですが、ね」
含みのある言い方だ。
「その、陰陽科というのは李介さんと仲悪いのですか?」
「俺個人ではないですが……荷物を運んだあと、説明しましょうか」
はい、とわたしは答えて、段ボールを抱えた。ずっしりと重い。これがこれからわたしが学ぶこと、なのだろうか。
とてもではないが恐ろしい。
小日向の部屋に荷物を移して、二人で居間に移動するとほぉと一息ついてお茶をいれる。
「まず、俺の職場について説明すると、あそこは軍の訓練生を預かるところです。そして、学科が三つに分けられています。一つは憑神を持つ者が集まる学科、これは俺がいるところで、神生科、または憑神科と言われています。ここでは自分に憑いた神との戦の方法や制御を学びます。そして陰陽科は先ほどの道満師が主として、陰陽……自然に人が干渉し、あらゆる現象を起こすことをいいます。式神などを生んだのも彼らですね。最後は科学科で、こちらは武器を主に作ることを専門としています。あまりぱっとしてませんが、なかなかに優秀な人材がいるそうです」
ほぉ。
「李介、忘れているぞ。三つの学科はあまり仲が良くない」
ひぇ。
いきなり朧月様が現れて口を挟む。今まで黙っていて静かだったのにと思ったら、平糖を食べている。どうやら一仕事終えたあとの甘い誘惑にむしゃぶりついたようだ。そして勝手にお茶をいれて飲んでいる。勝手知ったる我が家という扱いだ。もうだいぶ、この横暴さには慣れた。
「仲が悪いんですか?」
「三つ巴というやつだ」
朧月様がふっと笑って答える。ふむ?
「陰陽は基本自然、または神への祈りを捧げ、その力を借り受ける。道満のような規格外は別としても、ゆえに私たち神には弱く、神を使役する不遜な人間は嫌いなのだ」
うむうむ。
「しかし、我ら神は人の作り出した科学というものにはいかんせん弱い。どうも力が通じづらいのだ。だから科学科の者は目障りだ」
ほぉ。
「科学科の者は基本的に陰陽を極めようとして出来なかった、才能のない者たちの集団だ。それゆえ、陰陽師に対する愛憎が深い」
なんという絵に描いたような三つ巴ぷりだ。
「戦争のときは手をとりあっていたが、平和となれば敵は己の身内ということだ」
朧月様が白い歯を見せて、くすくすと楽しそうに笑っている。まるで幼い子供がお気に入りのおもちゃを自慢しているようだ。
それは、つまり、これって。
「李介さんとしては、私って目障りな人に弟子入りするだめな妻ですか?」
「え、いや、そんなことは……」
言いにくい顔をされてしまったことがなによりも明白な答えだ。
「夫の敵に教えを乞うなど自害ものではないですか! あ、いえ、この際、忍の如く、あの道満様からいろいろと聞きだすべきでしょうか?」
「待ってください。待ってくださいね? 確かに俺は……俺の所属する部署は敵対といえば言葉は悪いですが、あまりよくないです……しかし、そんなことはしなくていいですよ。俺自身にはなんら気持ちはないので」
「そうなんですか」
まじまじと視線を向けると、李介さんがごほんと一つ咳払いをした。
「まぁ、エリート精神丸出しの奴らを見ると、極偶にですが心の奥底から湧いてくる苛立ちはありますが」
李介さん、それは嫌いというものではないのですか!
「ただ、あなたにどんな才能があっても、俺はそれが花開けばいいと思ってますよ」
それもこの人の本心なのだろう。しかし本当にいいのだろうかとわたしは申し訳ない気持ちになってしまう。
「ただし、条件として家のことは決しておろそかにしないでくださいね。なにかの用事で遅くなるときは先に言ってほしいですし、もし不埒なことをされそうになれば必ず言ってくださいね」
「はい。李介さん、頼りにしてます」
わたしがはにかんで身を寄せると、李介さんの目尻も緩んだ。この瞬間が大変幸せだ。
「そういえば、あの鼠を捕えたときに口にしていた、むかし、むかしと語り始めたあれは」
「あれですか? ほら、鼠の嫁とりっていう昔話ですが、知ってらっしゃいますよね?」
わたしの言葉に李介さんがきょとんとする。おや?
「それは、なんですかむかしばなし? 鼠の嫁とり、ですか」
「ええっと、人に語るお話です、昔の人が残したおはなしですよ」
眉を寄せて難しい顔をする李介さんにわたしはいやな予感を覚える。なぜか胸がどきどきしている。これは高鳴るとは違う。気分が、堕ちていくときの音だ。苦しくなる。
「俺の勉強不足でしょうか。そういう話は知らなくて」
「そう、ですか。妖怪の悪さの話とか、神様のお話とか、いろいろと、面白いんですよ」
「ようかい?」
また、李介さんが不可思議な言葉を聞いたように繰り返す。わたしは、あ、と目を見開く。いやな予感があったときの心臓の軋み音が聞こえる。
そうだ。家のなかにしか妖怪たちはいなかった。彼らは知り合いの妖怪たちを知らなかった。
わたしが、彼らに意味を与えたんだ。
「すいません。ようかい、というものはなんですか。はじめて聞く単語ですが、方言かなにか、でしょうか?」
わたしは小首を傾げて笑った。
「わたしもいまいちわからないのです。変なこと言いました」
李介さんが何か言いたげに口を開いたときだ。茶を飲み終えた朧月様が口を開いた。
「なぁ李介、話しもいいが、昼市に行くならそろそろ出なくては遅くないか?」
「ああ。……そうだな。いろいろと時間をくいましたが、行きましょうか」
手を伸ばされてわたしはその手に自分の手を重ねて、ぎゅっと力をこめる。李介さんとお出かけできる、それが大変嬉しい。
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