嫁探しセンセィショナル 4

 李介さんが連絡するというので一度お家に戻られたあと、穴のあいた天井はどうしようかと困って眺めてしまう。これ、わたしが原因だし。

「朧月様」

 鼠たちの入った檻を眺めている朧月様にわたしは声をかけた。

「なんだ」

「これ、直せませんか?」

「……無理だ」

 にべもない。

「私は言葉を操る神だぞ。大工ではない。こんな大きな穴をどうやって塞げというんだ? 今日は言葉を二つも使用して疲れた」

 役に立つようで立たない神である。

 この請求がきたら家計を圧迫させてしまう。それは妻として断じて歓迎できないわたしが、この際、なんとかうまく言葉を使い責任逃れが出来ないものかと思っていると目を潤ませた老夫婦に手をぎゅっと握りしめられた。

「ありがとうございます。本当に」

 まさかお礼を言われるとは思っていなかったわたしは驚いた。


 檻のなかで二匹は仲睦まじく毛づくろいをして身をすり寄せあっているのに、それを膝のうえにのせたわたしと鼠たちをからかうのに飽きた朧月様は縁側に腰かける。壊れたものは修理すればよいと太っ腹なご夫婦はすぐに家の修理を業者に頼むと口にして忙しそうだ。

「あの、野良ってなんですか」

「主を持たない神のことだ。私は比較的はやく自分と合う者を見つけたが、世に降りた神のなかには中々、憑くべき相手を見つけられず彷徨う者が多い。こいつらもその類だろう。そういうのを野良神という。野良神は主がいないため、自分の力を制御できないうえ、衰弱して、消滅することも多い」

 膝の上においた檻をじぃと見つめていると、よせばいいのに朧月様が再び指先で篝火のお尻をつつく。ちゅー! と篝火花が怒って噛み付こうとしているが、それをひらひらと躱していが、そのうち本当に噛まれてしまいそうだ。

「神様自身が選ぶんですか」

「そうだ。まぁ選ぶ基準なんぞ個々様々だが、私は文字の美しいのが好みだ。だから李介の父を選び、次には李介にした……いたぁ!」

 ほら、言わんこっちゃない。


 李介様が戻ってきた数十分後に、いつも李介様が着ている仕事着を身に着けた男性が二人と、黒い着物姿の男性たち……なんとも物々しい集団だ。

「あ、藤嶺中尉――! お休みの日なのに、本当にご苦労様です。休みまで仕事をしてどうするんですか?」

 一言でいうと、この人物、軽い。

 風に乗る塵と同じ位、軽い態度である。

 にこにこと笑う塵より軽い男が近づいてきたのにわたしは目を瞬かせた。こういう輩もいるのか。栗色の短く切り上げた髪の毛に、細められた瞳は人懐っこい犬を彷彿とさせる。

 ややでかい柴犬。

 わたしが彼を見て抱いた感想だ。

「反町少尉、そのようなやわい態度では示しがつきません。早急に対応を」

「あ、はーい! そんな睨まないでくださいよぉ。大変失礼しました。みなさま、今回は野良神の捕獲および被害にあわれたということで、反町太郎少尉全身全霊を持ってこの事態の対応にあたらせ……」

 わたしを見て、言葉がきれた? は、はて。なんだろう。わたし、なにかおかしいだろうか。

「か、可憐だ」

 目をかっと見開いて反町様が小刻みに震えて告げてきたのにわたしは目をぱちくりさせた。

「あ、あの、お名前は? 被害にあわれた? それは大変でしたね。心細かったですね。この反町が御支えしますよ。もうずいっと、あいたたたたたっ!」

「彼女は私の妻です。反町少尉」

 李介さんが鋭い声で言い返す。私の手を掴む反町様の手を李介さんが掴んで、捻っていらっしゃる。

「そんなっ! 出会って恋に落ちたのに秒で失恋なんて! 藤嶺中尉、離婚のご予定はっ……あいたたたたたた! すいません。仕事します。しますから、離してください。俺の腕が抜けます!」

「勤務中の私語は謹めと、いつも私はあなたに忠告しているはずですが」

「あ、いたたた。あ、抜ける。片腕抜けます。あーーー!」

 李介さんの持っている反町様の片腕が――すぽん、と音をたてて抜けた。 

 わたしは声もなく口を開けて唖然とした。こんなにも簡単に腕ってぬけったけ? いや、待って。どうしよう、李介さんが犯罪者になっちゃう? あ、腕を埋めればいいの? それとも、くっつける? あ、びっくりして後ろに転ぶ――そのとき肩を支えられた。

「お二人とも、みなさんが驚いてますよ? 落ち着いてくださいね? あ、この人、義腕なんです。お嬢さん……じゃない、藤嶺中尉の奥方。こんにちは。この任に一緒にあたります。遠盟邦光少尉です。あ、すぐに佐野中尉も来るそうですよ。反町少尉、さっさと腕をつけてください」

 驚いて後ろに転げそうになったわたしの肩をとって支えてくれた男性――遠盟様がそう口にする。

 はて、何だろう。この人。

 ひどく違和感がある。

「はーい! うう、もう本当に藤嶺中尉ひどい。くっつけるの大変なのに」

「私は、あまり軟弱な態度をとるなと言っているんです」

 片腕をなんのことはない様子で受け渡している反町様と怒ってらっしゃる李介さん……いつものことらしい。

 わたしはちらりと視線を向けると、全身が黒い衣服者たちは家のなかの壊れたところを確認したりと働いていらっしゃる。どうも仕事が分かれているらしい。

 わたしは李介さんが同期の方のお相手をしているのに黒い衣服の一人に呼ばれた。

 一同に集められた客間でのんびりしていると、女性が――あ! 李介さんにお弁当を届けにいったときにお世話になった女性が戸を開けて顔をのぞかせた。

 鴉の濡れ羽のようなつやつやの黒髪を短く切りそろえて、白い肌が生えている。やや釣り目のその黒い瞳は気の強さを見ているものに抱かせる。

「失礼、佐野中尉といいます。すいませんが、事情聴取をさせていただきたく……女性は私がお聞きしますので、ご安心ください。お一人、お一人呼びますので」

 断りを一つ入れたあと、一人、ひとり呼ばれて神を発見した状況を語れと言われたのでこと細かく、あったままを口にした。

 佐野様にはお弁当のときお世話になったのでお礼を言いたかったが、李介さんがお仕事中の私語はだめということも口にしていたので何も言えない。ただ熱心にわたしのことを見つめてくるのでなんだかしゃべりづらい。

 全部終わった、というので、先ほど穴の開いた部屋をみてわたしは驚いた。

 見ると穴のあいた天井もきれいになおっている。これが神の力を借り受けた人間のなせる業なのだろうか。それとも、単にこの世の科学が優れているのか。

「この度は、野良神の捕獲にご協力いただき、誠にありがとうございました。あ、破壊されたものなどは国が全部保証を行いますのでご安心ください。一応、採血をさせていただきますね? なぁに、神との相性を見るためには血が一番よいのですよ。

 その家にいた、ということは相性がよい可能性があります。あなたがたの誰かが神に選ばれることがあればまた改めてご連絡し、しかるべき対応を致しますので」

 にこにこと笑って反町様が説明し、黒い衣服の人たちに細い針のついた注射を用意している。

 逃げる前に居間のテーブルに準備されたそれらに片腕を出してください、と言われてほぼ問答無用で採血をされる羽目に陥った。ちくりと痛い。

「はい。全員の採取も完了。それでは、解散ということで」

 まるで飲み屋の宴を終わらせるような、はじめから最後まで大変軽い口調と態度の反町が仕切っている。こんな簡単なものでいいのかと訝しんでいるが、早く終わるならそれに越したことはない。

 が。

「神憑きの小童、勝手に終わらせるでないわ」

 勢いよく部屋の戸を開けて黒の軍服に身なりは三十代くらいの男性が勢いよく入ってきた。黒髪なのにひと房だけ髪の毛が白だ。

「え、道満師? なんで、どうしてここに?」

 突然のことに反町様が驚いている。

 つと、道満と呼ばれた男性が、にぃと笑った。その視線が確実にわたしのことを見ていた。見ていた気がする。ぞっと背筋に冷たいものが走った。

「野良神を捕えた経緯を聞いてな。飛んできた」

「えー。待ってくださいよ。事情聴取はさっきですよね? また式を使って聞き耳立ててましたね? そういう小細工よくないですよ。あなたなら実際空くらい飛んじゃいそうですが、いきなりですね。基本的に神についてはこちらに任せてくださるんじゃ?」

「普通はな。じゃから、今回の捕獲に興味があるというておる。おい、娘」

 これは確実にわたしのことだろうか。視線を向けられて、顎をしゃくって言われた。

「は、はい?」

「お主、陰陽の心得が?」

 言われた意味がわからず、わたしは目をぱちくりさせる。おんみょう?

「……ないと思いますが、わぁ」

 ずんずんと部屋に入ってくると、ぐいっと顎に手を添えられて、視線を向けられる。黒々とした目に見つめられてわたしは怯えた視線を向けた。気持ちはもう猫につかまった鼠の気分だ。ちゅう!

「話では、お前が語ると鼠の神が出てきたと申すが」

「あ、あの、それは、ただお話をした、だけで、あの、あの」

「うむ。話しに呪を混ぜるか。あまり学がないというが無意識にやっているとなればなおのこと筋がよい。藤嶺殿、いかがですか、この娘、陰陽学生としてうちに引き入れては」

「道満師、彼女は私の妻ですよ。そんないきなり」

「都合がよいではないか」

 どう都合がいいのだろうかはまったくわからない。ただそろそろ離していただきたくて、わたしはおずおず口を開いた。

「あ、あの……お家のことができなくなります。ですから、そういうのは、ちょっと……妻の努めが果たせないのは困ります」

「うむ」

 ものすごく難しい顔をされてしまったが、わたしは別に陰陽とかそういうのに興味はないのだ。それに李介さんがいやそうな顔をしているならなおの事。

「家のことに支障が出ねばいいのだな。娘」

「は、はい?」

 男が一人納得し、そして李介さんを見る。いやな予感がする。

「藤嶺殿、半日だけうちの学生として引き受ける、というのではいかがだろうか?」

 え。

「半日、ですか?」

 と李介さん。

 え。

「わしもあまり時間のあるほうではないが、一日三時間なりとも作ってこの娘に教えようと思う。どうだろうか」

「それは……小日向さんが決めることですし」

 ちらりと李介さんの視線がわたしに向く。え、え、え、それってわたしに決めろというのですか。そ、そんなぁ。

 だったら言います。いやです。絶対にわたしはいやです!

「では決まりだな」

 待ってください。そこの爺、いや見た目は若いから若爺様よ! わたし、返事してません! 勝手に話を進めるな!

「よし、では。学校にはわしのほうが言っておく。用意が整い次第、式で返事をしよう」

 勝手に語って、決められてしまったぞ。わたし、まだ通うとは口にもしてないのに、李介さんも困った顔をされていたのに。

 手を握りしめて、怒りやら腹立しさにわなわなするが、口を開けない。発すべき言葉が見つからない。

 先ほどの態度を見る限りでは、あの道満様はなかなかに地位のある方のようだ。あまり失礼な態度をとることもできない。

 わたしの口から小さなため息が漏れた。もうなんなのだ。

 困る。とっても困る。けど逃げられない。おのれ! これでは罠にはまった鼠そのものじゃないか!

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