嫁探しセンセィショナル 3

「むかぁし、むかしのことじゃった。

 おらは陽気な働きもんだぁ、したらばいいかげん嫁様を作りたいもんだぁが、よいおなごがあらんかなぁ。おらの嫁さんになるならそらぁ世界一のよい嫁さ、ほしいからなぁ

 なあなぁ、おまえさん、どう思う?

 あああん、今は木の実をかじっていそがしいぞ。嫁さん、嫁さんかー……それなら、世界一ったらおてんと様だろう? おてんと様のぬくぬくした日差しで眠るにゃあ、最高よ。おらたちのおまんまの稲もおてんとう様の日差しがなきゃ育たねぇ

 そうか、そうか! よぉし、おてんと様ぁ、世界一のお前様、おらと結婚してくれよぉ

 天に向かって叫ぶと、おてんと様はこう答えた

 あたいかい? あたいとお前様が? まぁ、けど、世界一? それだとあたいは世界一じゃないわ。だって、あたい、雲が出てきたら隠れてしまって、なぁんにもできないだもの。世界一は雲よ。

 じゃと答えるから、

 そうか、そうか! じゃあ雲様おらの嫁さ、世界一のお前様が、嫁になってくれ!

 ふーふーふー、風に乗ってやって来た雲が答えた

 あらあら、わたしではだめですよ。だって、わたしは世界一でばございません。わたしはただ漂うだけ、そんなわたしを運ぶのは風様ですもの。

 そう答えられたら

 よぉし、わかった、わかったぞ、風様や。どうかね、どうかね、おらの嫁になってくれんかねぇ?

 そういうと風様は答えた

 ふーふーふー、わたしはただの吹くことしかできない所詮はただの風ですよ。それよりも、お家の壁はなんと丈夫なことか。世界一といえば壁でしょうとも

 そう答えられた。

 よーし、壁様よ、壁様よ、おらとお嫁さんになっておくれよ。お前様が世界一なんだろう!

 それに壁様は答えられた

 わたくしがいちばん? そんなことはございません、ほぉら、わたしをかじって穴をあける方がおりまして……

 おやおやおや、そんなやつが? そいつこそ、本当の世界一ではないか。どおれ、どおれ

 穴の中をのぞいて、おお、おおっと息が漏れる。

 みぃつけた、みぃつけた、おらの嫁さまみぃつけた、みぃつけた、なんときれいなおべべをきて、なんときれいな飾りをつけて、さぁ……攫え、攫え、誰にも渡さんぞ

 婚礼じゃ、婚礼じゃ

 祝福しておくれ、屋根裏でちゅうちゅうと声をあげて婚礼だ!

 出てこい、出てこい――盗人の花婿めっ!」




「ぢゅう!」

 どん、と音がして屋根が砕けて落ちた。

 音と声に驚いて腰を抜かす夫婦、千子さんを庇う夫さんと腰を低くして様子を伺う李介さんと煙たがっている朧月様。

 真っ白いそれは李介さんと同じくらいの大きさなのに驚くほど俊敏に動いて居間の端へと移動した。真っ白く、細く長い尻尾が見えている。

「だめ、そっちには郁子が!」

 千子さんが悲鳴をあげ、李介さんが動こうとしたときわたしは手を叩いた。

「可愛い子、山よりいとかわいく、海よりなおふかくかわいい子、その子守れと親の愛から生まれた我が身を持つ、我が子に危機が迫るなら、守ってみせよう、ほぉら、そいつはお前の天敵だ! ひっかけ、噛み付け、食らいつけ!」

 ――にゃあ

 わたしが鳴いた瞬間、白いそれにとびかかる小さなものがあった。

 土煙が消えると白い大鼠に黒い耳をした猫が飛び掛かり、首に噛みついている。大鼠の腕にはお雛様が抱かれている。やはり、こいつが犯人だ。

「ユエ! 言葉だ」

「労働は好かんが、致し方ない……ちゃんとあとで金平糖を寄越せよ、李介っ」

 朧月様がぐだぐだ言いながらも、自分の周囲に青く輝く文字を浮かせ、そのなかのひとつを指で弾く。

 文字は――縛。

 文字がふわりと飛ぶ。大鼠が猫を片手で弾き飛ばし、壁に叩きつけられる。その刹那、言葉が優雅に泳ぎながら大鼠の頭上で輝くといくつもの鎖が出て大鼠の体を捕まえた。

 ぢゅう!

 低く忌々し気な声を大鼠があげる。

 その瞬間、ぼんと煙をあげて大鼠が消えた。

「むっ! 奴め、形を変えたぞ!」

 朧月様が口にするのにわたしは立ち上がると走りながら、手を叩く。

 にゃあ。

 煙のなか、猫の声がする。

 わたしはそのまま李介さんたちの横を過ぎて、もくもくとあがる煙のなかに飛び込んで、それをがしっと捕まえた。

「捕まえたぁ!」

 わたしの手の中でじたばたとまだ暴れるそれを強く掴む。

 ようやく視界が晴れると李介さんが駆け寄ってきた。

「大丈夫ですか! それに、それは」

「鼠です!」

 わたしか両手で抱えて持ち上げた。

 あ、重いと思うくらいどーんとしたでかい、二頭身の鼠である。その横には猫がいる。鼠を捕まえるのに協力して得意げに尻尾をふっている。

 ぢゅ、ぢゅう。

 じたばたしている鼠にわたしは向き合い。紙越しにキッと睨んだ。

 ぢゅう!

 まるで蛇に睨まれた蛙の如くかたまった。よしよし。

「檻を用意できますか?」

「ユエ……先ほどしくじったんだ。今度はちゃんとやれよ」

「む。あれは私のせいではないぞ。この鼠公がいきなり大きさを変えるので文字の形が決まらなかったのだぞ。決して私の怠慢や判断の誤りでは」

「わかった! わかったから急げ!」

「李介、お前、最近、本当に偉そうになったな」

 ぶつぶつ言いながら朧月様が自分のまわりに円として連なる言葉から「檻」を選んで、つまむと、わたしの腕のなかにいる鼠の頭上にのせた。すると、檻の文字から鎖が落ち、頑丈な鉄となって囲んでしまう。

小さな檻の出来上がりである。

「もう近づいても大丈夫ですよ」

 李介さんが避難しているみなに言うと、わっと走って向かったのは郁子ちゃんへ、だ。

 まだ郁子ちゃんはお布団の上ですやすやと眠っている。

「郁子、郁子!」

「よかった。しかし、この猫は」

 得意げに尻尾をふる猫はにゃあともう一度鳴いてすたすたとお布団の上に乗ると、大きな欠伸を一つして丸まった。その姿が固まると、はっと全員が息を飲むなかで固くなる。

 見事な湯たんぽだ。

「昔から、湯たんぽは子供の守りなんですよ。猫や犬というものは家を守るって意味があるんです」

 わたしが顔を隠す紙をとって口を開いた。湯たんぽをぽんぽんと撫でる。

「大切に、してあげてください。この子のこと」

 そしてわたしは畳の上に転がっているお雛様を拾い上げる。お前も災難だったね、あと少しで鼠と結婚させられそうになって。

 慈愛深い顔をしたお雛様を撫でて、郁子ちゃんの横に置いてあげる。

 呆けているみなの横で

「おらの、よめさん、ぢゅう」

「なんだしゃべれるのか、この鼠公」

「誰が鼠公だ! おらには篝火花って名前があらぁ! おらはこれでも神だぞ。神だぞっ! 大黒様に使えている正しき穴鼠だぁ」

「なんだ、それは」

 朧月様が檻のなかに指を伸ばすと、篝火花が口を開けて噛みつこうとする。間一髪のところでさっと指を引いて逃げる朧月様は大変人が悪い。空を噛む篝火花がむきーっと叫んでいる。

 子供の喧嘩じゃないんだからとわたしは屈みこんだ。

「大国主命が火の試練を受けたとき、穴があると教えたのよね? それから大黒様にお仕えしている」

「そうだー! 女、物知りだな。それにお前の話を聞いていると、なんぞ体が動いたぞ。ふらふらと体が動いて、たまらず、あぶりだされたぞ」

「ふふ、それは、ごめんなさい。あのね、お雛様には旦那様がいるの、あなたのお嫁さんにはなれないわ」

「むぅ。じゃあ、お前でもいいぞ。おらが大きく……ぢゅう!」

「この人は私の妻です」

 李介さんが檻をつまみ上げて睨む。李介さんにお嫁さんと言われてしまった。ちょっと嬉しい。

「それに、いまの御話にはちゃんと続きがあるんですよ。鼠のお嫁さんはちゃんと相応しいのが」

 ちゅー! と篝火花が鳴いて慌てている。ちらりと見ると、屋根上から一匹の鼠が飛び出してきた。どうやら雌らしいその子は、尖った耳の端に桃色の花をつけていて、どうもただの鼠ではないようだ。

「篝火花をつれていくちゅう? あたいも一緒にいってもいいでちゅ? あたい、皐月。篝火花と同じく大黒様にお仕えしている鼠でちゅう」

「莫迦、お前出てきたら捕まるちゅう」

「莫迦みたいに大暴れしたお前さまに言われたくないでちゅ」

「あら、お似合いの夫婦ね」

 わたしがそう口にすると二匹はぽかんとしたあと、真っ白い毛が熟れるほど赤くなってもだもだしはじめた。

「なんだ。嫁はいるではないか」

「ちゅう!」

 篝火花が恥ずかしそうに檻の床にだんだんと足で叩き、地団駄を踏みながら悶えている。どうやら素直な性格ではないらしい。

 ひょいと朧月様が皐月を抱えて、檻にいれる。二匹そろって見つめあい、照れあって、よりかかっている。なんだ、仲良しさんだ。

「李介、はやくお前の職場に連絡しろ。回収するんだろう?」

「こんなところに野良がいるとは」

 聞きなれない言葉にわたしはきょとんとした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る