嫁探しセンセィショナル 2

「いくちゃーん、どこー」

 と甲高い声もしてきた。幼子がわたしの足にしがみついてくる。およ、頭を撫でて幼子を落ち着けてあげながら視線をまわすと、庭の塀のところに茶色の髪をしたハイカラな娘さんと目があった。

「すいませーん! うちのいくちゃんが!」

「い、いえー!」

「なかにはいっても?」

「か、かまいませんよー。えーと、玄関からまわってください」

 わたしが声をあげて言いながらいそいそと女の子の手をとって庭から玄関に向かう。

 幼子は俯いて、ぐすぐす泣いている。玄関の前でワンピース姿のハイカラ娘さんがはぁとため息をついている。

「すいません。隣の石和といいます。いくちゃん、もう諦めなさい」

「やだぁ」

「だって、お雛様、いないんだもの。ね」

 いくちゃんがわたしの後ろに隠れて、またぐすぐすしている。

「もう、困らせないの、ええっと」

「えっと、えっと」

「……小日向さん、どうしたんですか。お客様ですか」

 大変よいタイミングで、がらっと玄関をあけて李介さんが出てきた。


 事情がわからないままでは困るし、どうもいくちゃんは戻りたくないらしいのでわたしと李介さんは御隣――石和千子様と郁子ちゃんを居間に通した。

 この二人は姉妹で、石和ご夫妻は呉服屋さんをしているそうだ。

 話を聞きながら郁子ちゃんの頬についた泥なども拭ってやる。なんでももうすぐひな祭りで、人形をだそうとしていたそうだ。お家の裏手に小さいながらも倉を持っているそうで、そこにいろいろと置いてあるのだとか。すごい。

「まぁわたしのお古なんだけど、今年からこの子のものになったのよね、それで郁子が楽しみにしていて」

 姉妹で一つのお雛様を共有していたが、千子様がお嫁に行って自分だけのお雛様になったそれを今年はじめて好きなだけ眺められると郁子ちゃんは喜んでいたそうだ。

 千子様はもうすぐ出産ということで実家に戻っていたそうだ。そういえばおなかが少し大きい。いい運動がてらお雛様を取り出そうとしたそうだが、倉のなかにお雛様が見つからないというのだ。千子様の旦那さんも一生懸命探しているが見つからない。

「どこに置いたのかしら……この子楽しみにしていて泣いちゃって」

「あらまぁ、人形、全部消えたんですか」

「それが」

「お姫様」

 ぼそりと郁子ちゃんが口にする。

「お姫様だけいないの。きらきらの、お姫様だけ」

「だから余計に、ね」

 千子さんがため息をつく。

「いくちゃんは、お姫様好きだもんね」

「すき。きらきらして、きれいなのに、お姫様、いくが去年、ちゃんとまた会いましょうって……箱にしまったのにぃ」

「誰もいくちゃんを責めてないから」

 再び泣き始めた郁子ちゃんを千子様が慌てて宥めにかかる。わたしは背中をぽんぽんと撫でてあげる。

 そういうことか。

 それはなかなかに切実である。自分がちゃんとしまったものが見つからない。それも自分の大切なものとなると辛いだろう。

 わたしはちらりと泣きじゃくる郁子ちゃんを見つめる。ひっしりと抱きつかれてしまった。そのままぐずぐず言いながらうとうとしはじめている。

「それで探し回って塀まで超えて、お隣に行くなんて、本当にやんちゃで」

「可愛らしいじゃないですか。少し疲れたらしいですね、眠そうです。李介さん、わたし、お連れてしてもいいですか」

「手伝いますよ」

 李介さんが立ち上がって眠たそうな郁子ちゃんを抱っこする。逞しい腕に軽々と持ち上げてしまうなんて、なんと男らしい。

 千子様は恐縮しながら一緒にお隣へと行く。

 立派な平屋で、少しばかり年取った夫婦がおろおろしているし、その前には人の良さそうなシャツ姿の青年がいる。

「郁子、千子どこに行ってたんだ」

「この子ったら、お隣まで探しに行っちゃって……お父様、ひな人形は?」

 三人は沈痛な面持ちで首を横にふる。

 李介さんの腕から眠ってしまった郁子ちゃんを受け取った男性がため息をつく。

「新しく買うしかないかねぇ、しっかしお姫様だけっていうのがね」

「困りましたね」

 ご夫妻の困惑を見てわたしは足元の囁きに――ちび妖怪たちがついてきてしまったらしい。

 ――いる

 ――あいつ

 ――うるさいやつ

 ――かじるやつ

 ――短気の

 ――暴れん坊

 ――隠れるのうまいやつ

 ――お姫様、お嫁さんにするって言ってた

 ――言ってた

 ――かっさらうって

 わたしは目をぱちぱちさせる。

 どうやらちび妖怪たちは犯人がわかっているようだ。わたしはちらりと李介さんを見る、そろそろお暇しましょうと彼が口にするのはわかっている。そのまえに

「あの、倉を見ても、いいですか! わたし、探し物、得意なんです。李介さん、よろしいか?」

「え、構いませんが」

 わたしの申し出にみんながきょとんと驚く。

 唐突すぎたかと思ったが、人のよい千子様と旦那様が倉まで案内してくれた。

 家の裏手にある倉は大変小さいが立派な作りをしている。その扉を押し開けてなかを見るが、しーんとしていて音がしない。それでもかさかさと気配はある。

 わたしは視線を彷徨わせていると、ついてきたちび妖怪たちが

 ――でてこい

 ――こーい

 元気なことだ。それにつられてそわそわした気配が応えている。

 ここには、ちゃんといるようだ。

 これならいける。

 わたしは倉の前で待っててくれている皆に振り返る。

「えーと、えーと、一人にしてもらっていいですか。あ、扉はしっかりと閉めて、見てはいけませんよっ」

 わたしの希望通り、扉をしめてもらうとあたりが真っ暗になったが、すぐに目は慣れた。

「出ておいで、おしゃべりしておいで、語りたいなら語っておいで、さぁ、おいで」

 かさ、かさ、こそこそと倉の端々に隠れていた気配が近づいてくる。それが一度さっと引いて私の前に光が集まる。

 掌に乗るほどの小さい、見た目は老人だ。白いひげを蓄えて、杖を握っている。

 わたしは両手でその老人を抱えて同じ目のの高さでお話をする。

「これはこれは、どこのお方様でしょうか。もの知らぬ身上のご無礼をどうぞお許しくださいませ。わしは、ここの家の守りをしております。守宮神でございます。ここの夫婦が大切にしてくれ、百年たって、ようやくこの姿がとれました。この倉がわしでございます」

「それはご苦労さまです。わたしはたいしたことはないんですよ。ただ、そうですね、目がよく、耳がよいだけです。それでお姫様はどこですか」

「それが、大変乱暴者が連れ去ってしまったんです。自分の嫁にすると申して……あれはわしらとは違いまして、大変力があり、わしらのような霞の身では守れず、幼い子を泣かせてしまいました。誠に申し訳ないばかりで」

「よいのですよ。そいつはどこからどこへと行きましたか?」

 老人が杖で倉の奥をさす。

「あそこに穴を開けたのですよ。わしは痛くてたまらんかったのですが」

「おや、まぁ」

「あれは新参者ですな、つい最近やってきたようです。無礼ばかりで礼儀を知らん、あの一族の者たちはみなそうです。わしを削って、穴を開ける。どうぞ、こう、ばしー、びーしとやってくださいませ」

 老人が杖を振りかざして殴る動作をする。どうやら大変ご立腹らしい。

「あやつ、太陽は雲に隠れてたら能無しと笑い、雲は風が吹くと消えてしまう露と同じと小馬鹿にし、風のものは吹くばかりの能無しと無礼なことを申しておりました」

「ほぉ。それは」

「一等強い自分こそ姫をめとるに値すると申しまして」

「わかりました。では、ちょっとおしおきをしてやりましょう。あぶりだすのはそう難しいことではないようですし」

「よろしくお願い申し上げます」

 ぺこりと老人が頭をさげて、ぱっと霧散した。

 わたしは少し考えながら扉を開けると、李介さんが待っていた。

「この倉のなかにはお雛様、ないみたいです。李介さん、郁子ちゃんは?」

「寝てしまったので家で横になっています」

 李介さんにわたしは一度そちらに行きたいと口にした。

 玄関から郁子ちゃんの眠っている部屋にあげてもらった。彼女には少しばかり小さくなってしまった布団のうえで、何かを抱えて眠っている。おや、これは……わたしは視線を向ける。ねこの置物……じゃない。湯たんぽだ。

 黒い耳とらんらんと輝く目に、可愛らしい鈴のついたねこ。鉄ではなく、土をこねて作られたそれは古いもののようで、なんともよい品だ。そうしていると、ご夫妻が出てきて頭をさげてきた。

「疲れて寝てしまったみたいで」

「年取ってからの子だから、つい甘やかしてしまって、そちらにご迷惑を」

「いえ」

 李介さんがやんわりと対応する。慣れたものである。

 そこに千子様たち夫婦も帰って来た。

「すいません、やっぱりなかったんでしょう? なんとかお雛様だけ新しいものを」

「あ、大丈夫ですよ。見つかりますよ」

 わたしが言い返す。その場の視線が集まってしまい、恥ずかしくなってしまう。

「見つかる、んですか? けど、倉にないって……わたしたち、倉にちゃんとしまった記憶があるんです。だから、その盗人とかじゃ」

「うーん、盗人は盗人ですが、それはただの盗人ではないので」

 お隣の旦那様が尋ねてくるのにわたしは少しだけ考えて答える。

「お姫様を攫ったのは、ちょっとタチの悪いもののようですし」

 わたしの要領得ない言葉に、みな、少しばかり困惑しているようだ。大変申し訳ないが、これはなんと語ればいいのか、感覚的なもので、説明を求められてしまうと本当に困ってしまう……しかし、もう語る物語は決めてある。迷うことはない。

「少しだけ、わたしのやりたいようにさせていただけるでしょうか? お姫様をちゃんと取り返すので」

 老夫婦は、もし、いいのでしたら、と腰が低い対応である。その原因というのが老夫婦の視線を辿れば、李介さんに向かっている。李介さんのお仕事はお国のためにお勤めをしている立派な方で、その奥さんがなにかするというならば大丈夫と思っているようだ。

 なんとも荷の重い。

 わたしは少し支度をすると口にして、時間がかかるならばと、みんな、少しばかり疲れているので茶を飲むという。ここは妻が働くべきとき。

 わたしと千子様が二人で台所でお茶を淹れていると

「本当にいいの、こんな風に時間を潰して探してもらって」

「はい。えっと、信用ないですか?」

 そりゃそうですよね、とわたしは苦く笑う。

「違いますよ……わたしは、そうね、二人きりだから言うけど、あなたがなにをするのか興味あるわ。だって、あなた、以前はすごく近づきがたいかんじがしたのよね、愛想が悪いわけではないけど、必要以上にかかわってこないし、けっこう頻繁に遊びにでかけているし」

 なんと、そうだったのか。

「なんだかすごく今日は親しみやすい雰囲気があって、失礼な話、わたし、今のあなたとならお友達になりたいわ」

「いえ。ありがとうございます。」

 お友達という単語は、あまり聞き慣れなくて照れてしまう。

「それに、長い髪の毛、いつ切ってしまったの?」

 わたしは自分の首くらいの短い髪の端に触れる。

「さぁ、いつだったのか、忘れちゃった」


 わたしは倉にある敷き物を一つ、借りると、庭に敷いた。そして顔を隠すための手製の面を作る――今は時間がないので家にあった白い和紙を持ってこうよとして

「金平糖がまた味がしないぞ! なぜだ!」

 台所に朧月様がいた。

 また家にこっそりと入って金平糖を盗み食べようとしていたようだ。味のしない金平糖にむすっとしている。

「なんだ、今から何か祭りか? 騒動か? 私も混ぜろ!」

 子供のようになんでも興味を持つお方だ。そういえば

「朧月様は言葉を刻むことはできますか? この和紙にちょっと言葉がほしいのです」

「造作もないが、タダ働きはせんぞ」

 それが人の家に勝手にはいって金平糖を漁る神様のセリフだろうか……わたしは金平糖一袋と引き換えに和紙に文字を書いて貰うことにした。金平糖の隠し場所は考えたほうがいい。

「この文字で良いのだな?」

 わたしの書いてほしい言葉を聞いて神妙な顔をして言い返された。

「はい。よろしくお願いします」

「金平糖分の働きはしてやろう!」

 なんとも安い神様である。

 わたしが朧月様を連れてお隣の家に行くと待っていた李介さんが顔をしかめた。

「また盗みにはいったのか」

「盗み、なんのことだ。お前の家は私の家だぞ? 李介、私は自分の家を物色し、そこにあるものを自由に使い、腹を満たし、心を」

「わかったから、黙っていろ」

 朧月様への扱いが見事である。

「ふん。李介お前は反抗期か。本当に昔は可愛かったというのに」

「用がないなら帰れ。金平糖は台所の下の棚だ」

「もう貰った。ここには興味があるからわざわざ足を運んだのだ。おもしろいことをするのだろう?」

 にやにやと唇を吊り上げて猫みたいに笑う朧月様に李介さんが苦い顔をする。その様子を他の者たちがはらはらと視線を向けている。そりゃそうであろう。神と人がこんないがみ合っていたらびっくりする。

「あと、金平糖の対価を支払いにきた。では、書くぞ」

「はい。よろしくお願いします」

 わたしはにこりと微笑み、和紙を差し出す。

 うむ、と朧月様が口にし、片手をひらひらとふる。なにもない空中にある、見えないなにかを掴もうとするように、その指先から青く光る文字が零れ落ちる。それは地上に落ちることはなく、ひら、ひらと魚のように泳ぐ。ひとつ、またひとつ、連なり、重なり、輪となって踊る文字。そのひとつがひょいとわたしの和紙まで飛んでいき、堕ちた。まるで水槽から別の水槽へと移る魚のように文字が入って来たのだ。

 文字は――紙。

 うん、よい言葉。わたしの持つ和紙に眠る黒い文字を見つめてそれを顔につける。

「さぁ、御話の始まりだよ、可愛い子たち――語りあかそう。紙芝居の始まりだ」

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