第18話 3月

 今日は卒業式。水川先輩や桃華先輩、他の三年生の先輩とお別れだ。

 悲しみに浸る余裕もなく、私はあるたくらみを胸に、桃華先輩を待ち伏せた。

 自分のブレザーのボタンをあらかじめ一つ取り外し、失くしたと言って桃華先輩のボタンをもらうという寸法だ。自分の計画の姑息さに、高笑いしそうになる。


 ――来た!桃華先輩だ。水川先輩もいるが、まあいい。


「先輩、卒業おめでとうございます。桃華先輩、国立大の入試、頑張ってください!これ、私が作ったお守りです。」


「ありがとう、うれしいわ。」


「おい、一色、それ、安産のお守りじゃないか?」


 私のいる地方だけか、全国的にかは知らないが、弓道で弓のつるが真ん中あたりで切れて、その時につがえていた矢が的に当たると、その弦は安産のお守りになるといわれている。


「でも、私が心を込めて編み込んで作ったから、受験にも効くと思います。志望校に的中、ということで。」


「なるほど。で、オレも国立を受けるんだがオレの分は?」


「すみません、材料がレアアイテムなので、私には一個しか作れませんでした。桃華先輩にでも作ってもらってください。」



 そんなことより、桃華先輩のボタンだ。


「あの、桃華先輩、私、ブレザーのボタンを失くしてしまって。桃華先輩のボタン、一ついただけませんか…って、え――っ!」


 桃華先輩は困った顔をしている。だって、ブレザーには一つもボタンがついていなかったのだ!袖口のボタンすら!

 私の上を行くやからがいたってことだ。ミカリンか、エミか、マドカか、それともトモ……


「オレので良かったら、やるけど。」


「えっ、そんなのいりませ、ゲフン、結構です。あっ、失くしたんじゃなくて、ポケットに入ってました。」



 その時、ダイエットの神が再び私に降臨し、天啓を与えてくださったのだ!

 私はニヤリと姑息な笑いの後、誠実さをたたえた後輩の顔で言った。


「桃華先輩、私、高校に入学した時、少し太ってて、ブレザーLLサイズだったんです。弓道のおかげで痩せて、ブレザーが緩くなってLを買おうと思ってるんですけど、先輩のブレザー、もらえませんか?」


「いいわよ。今日は寒いから勘弁してね?春休み中の練習日に持ってきてあげるわ。ついでに、制服のスラックスもあげる。」


 ハレルヤ――!神よ、私はリバウンドすることなく、今の体型を維持することを誓います。感謝します。ありがと――!

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