第10話 8月

 夏休みも部活に励み、私の体重はやっと60㎏をほんの少しだけ切ることができた。

 亀よりゆっくりのダイエットだが、去年、70kg近くあった私の体の10㎏分が、どこかへ消え去っていったのだ。感慨深い。

 あと5㎏減ったら、彼氏ができるかな。


 お菓子は友達にもらった時にしか、食べていない。

 しかし、今日だけは、今日だけは――私にパンケーキを食べさせてください!

 50㎏台になったら、パンケーキを食べに行くと前々から決めていた。


 私があらかじめリサーチしていたパンケーキ店にあと少しで着くところだった。


 前方に二人組の男子高校生が立ち止まり、何やら話込んでいる。

 制服はK高校だ。知り合いだとやだな。

 一人は顔が見えないが、モデルのようにスタイルのいい、後姿美男子で、もう一人は端正な顔立ちの知的メガネ君で、後姿美男子よりも背が高く、体つきは少しだけがっちりしている。


 わぁ、いいもの見た、と、すれ違いざまにその二人を目に焼き付けようとした。その瞬間、少し振り向いた後姿美男子と目が合った――。

 後姿美男子の顔は残念ながら普通で、しかも知っている顔だった。


「青木君、久しぶりね!」


「一色さん…。何か少しやせ」


「青木君、K高校だったんだね。何してんの、こんなとこで?」


「ああ、友達とパンケーキ食べに来たんだけど、男二人で並ぶの恥ずかしくて…。一色さん、一人?良かったら一緒に食べてくれないかな。」


「べつにいいけど…。」


「こいつ、友達の金城かねしろ。金城、中学のクラスメイトの一色さん。」


金城かねしろあきらです。よろしく。」


一色いっしき友香ゆかです。」


 並びながら簡単な自己紹介をしていたら、ほどなく店に入ることができた。

 それぞれパンケーキを注文してから、私と青木君で中学の友達のことを話し、金城君はそれをニコニコと聞いていた。

 近くでじっくりと見ると、金城君は色が白くて、肌がきれいで、暑いのに制服を崩さず、キッチリ着ている。

 どうでもいいが、青木君は襟元をくつろげてボタンも一つ外している。

 金城君にも、ぜひそうしてもらいたい。


 金城君を眺められるのは幸せだが、悲しいことにこの人は私の人生にかかわってくることのない人だろう。

 ドラマに出てくるイケメン俳優の人たちと同じように。

 今回が奇跡だ。もうそんな奇跡はないんだから、この先は緊張して、いい子ぶるのはやめて、自然体でパンケーキとイケメンを楽しむことにしよう。



 パンケーキは神だ!見るだけで幸せになれる。

 フワッフワのホワッホワで、若者が飛びつくのもわかる。

 もし私がパンケーキ店の娘なら、ダイエットどころか体重がえらいことになっただろう。

 甘さが、一口一口体の隅々まで染み渡る。

 あっという間に自分の分は平らげた。

 青木君が『ちょっとトイレ。』と席を外したとたん、私は彼の残していたパンケーキを一枚くすねて食べた。

 彼にはぽっちゃりと言われた恨みがある。

 このくらいのことは、しても許されるだろう。

 ちょっと目を見張って金城君が私を見る。驚いただろうな。

 そんな私に金城君はとんでもない言葉を私に投げてきた。


「一色さんって、青木とはただの友達?」


「そうよ。」


「青木のパンケーキを食べたの、黙っててあげるよ。だから今度また僕達と一緒にスイーツ食べに行かない?ライン交換してください。」



 えっ! 私と! ライン! 私の?

 少しパニックになり、頭は混乱したままで何かに操られているようにラインを交換した。

 しかし私はここで喜んで、彼にすぐラインしちゃうようなカンチガイ女ではない。ありがとうね金城君。あなたのラインIDは私の宝物として大切に保存します。

 いい夢見させていただきました。

 ――と思っていたら、その日の夜にかき氷を食べに行こうとお誘いのラインがきたのだ。

 財布がピンチだったので来月に約束した。相当なスイーツ男子だわね、金城君。


     

    青木君、あなたのパンケーキを食べちゃったのは金城君じゃなくて私よ。      ――59㎏。





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