第20話 会社は戦場 1

「大牙~元気だして、ねっ」


「そうよ西野君、ウチの社員に取り憑いてた狐の一掃はできた訳だし、全く成果が無かったわけではないわ。上手くいかなかったときは、次頑張ればいいのよ」


 あの後、屋上から会議室に戻った私たち。

 講師狐を取り逃がしたことに責任を感じているのか憮然とする大牙を、女性二人で両側から一生懸命慰める慰める。


「そうだ、この会社の近くのケーキ屋さんで食べ放題があるんだって。疲れてるときは甘い物だよ。いこうよ、大牙」


「ハルコちゃん、それはあなたが食べたいだけでしょ。それに……太るわよ」


 うっ、痛いところをつかれてしまった。確かに食べたいのは私。

 そのとおり、たくさん食べちゃって体重が増えるのは目に見えてる。

 心の栄養をとるか、体重をとるか、育ち盛りの私にはゆゆしき問題だ。


「だめよ、相手のことも考えてあげなきゃ。こういうときはやっぱり飲みに行くしかないでしょ。近くに安価で美味しいお酒出してくれるお店があるのよ」


「お酒ですか、大人ですね。でも、大牙、マタタビとかじゃなくて大丈夫かな?」


「マタタビ?」


「だーっ、わかった俺が悪かった。もう復活した。だから耳元で二人で騒ぐのはやめてくれ」


 大牙の雄たけび。


「あのな晴子、人を猫扱いするんじゃない。別に俺は普通のお酒いけるんだぞ」


「そうなの? にゃあにゃあ」


「にゃあにゃあゆーなって言ってるだろ~」


「痛い、痛いよー大牙~」


 頭の両側からグーにしたこぶしでぐりぐりされてしまった。


 虎って猫の大きいのじゃないのだろうか。

 私は一緒だと思うんだけど、大牙は一緒にされるのが嫌らしい。

 この嫌がる大牙の反応が可愛いから、ついつい言っちゃうんだけど。


「ふふふ、その様子ならもう大丈夫そうね」


「ありがとう、立花さん。でも確かに今は取り逃がしたことに拘泥してる場合じゃない」


 大牙はそれまで私とじゃれあった手を放して腕を組み、難しい顔をする。


「どういう意味かしら?」


「これで課長さんのドキュメントにあった『休憩室で自殺未遂』『刃傷沙汰』『流行病』の三件は今は解決したと考えていい。直接の原因だった鬼や管狐を消滅させたからな。だけどまだ未解決の問題が残ってる」


「『行方不明』の件ね」


「ああそうだ。あの狐が攫った可能性が高いが、取り逃がしてしまった今、確認する術が無い」


「そっか、だから逃がしちゃったのを悔やんでたんだ、大牙」


「まあ今更だ。仕方ないさ。こうなったら当たれるところから当たってみるしかない」


「何か方法があるの?」


「自殺未遂の社員や、調子の悪くなった社員は、セミナーに参加していたという共通項があっただろ。なら、行方不明になった社員にも何か共通項があるはずだ。それを調べるんだよ」


「なるほどね。ウチの会社でもそれなりに調べてはいるだろうけれど、それはあくまで人の常識の範囲内、迷い神というファクターを考慮すると、また違ったものが見えてくる可能性はあるわね」


 立花さんの目が輝いている。

 こういう時、自分が気後れしてしまうのがちょっと悲しい。


「そういうこと。立花さん、高橋さんと一緒に調査お願いできるか。こういった内容だと、新参者の俺や晴子よりは情報収集しやすいと思うんだ」


「まかせて。被害者の同じところ、けして見逃さないわ。ね、茂君」


「は、はい!」


 この返事に、高橋さん、立花さんとのことも頑張って、となぜか思ってしまった私だった。


「そうだ、あの講師の件も調べておいたほうがいいかしら? 辿れるところまでということにはなりそうだけど」


「頼んだ。おそらく式神レベルだと、痕跡は残してないとは思うが念のためだ、……」


「どうしたの大牙」


「いや、あの狐。主と言っていたからには、陰陽師か何か、あいつを呼び出したやつがいるはずなんだが、いったいそいつは何を目的にしてるのかと思ってな」


「動機ってことね」


「動機?」


 立花さんの口から何だか難しい言葉が出てきた。


「人間って、何か欲しいものとか得たい結果があって、そのために行動するでしょ。この行動の目的、理由となる物事を動機っていうのよ。何でそんなことしたのかな? っていうやつね。これが分かれば、犯人による次の犯行を防ぐことができたりするのよ」


 犯人、犯行、言葉だけ聞いてるとまるで刑事ドラマみたい。

 ちょっとワクワクする。


「行動の、目的、理由……ですか」


「そう。これは人によって違うのが難しいのよ。例えば高校の野球部の人が野球をやってる理由だって、甲子園に行きたいとか、女の子にモテたいとか、体を鍛えたいとか色々あるでしょ。行動としては同じことをしていても、求めるものは違ったりするの」


「今回の場合は、狐さんのご主人様の求めるもの、ですか」


「不特定多数の社員に被害はあったし、結果として会社の業績ダウン、イメージダウンにも繋がりそうだから、そのあたりで決まりじゃないかと思うんだけどね」


「となると、この会社をクビになった社員や、契約を打ち切られた企業、シェアを奪われたライバル企業あたりの会社を恨む何者かから依頼を受けたってとこかな」


「依頼なの?」


「晴子、考えてもみろ、ビルを構える大きな会社を式神でこれだけ混乱させることができる力の持ち主が、そもそも普通の会社に勤めたり、真面目に商売したりするわけがないだろ」


「そう言われると、そうかも」


 ちらりと、大牙の主たる陰陽師、政さんの姿が頭に浮かんだ。

 政さんは真面目に喫茶店のマスターしてると思うんだけど、例外ということなのかな?

 うーん、でもやっぱりよくわからない。


「会社の人たちや会社を酷い目に合わせて何がうれしいのかな?」


「西野君、私ここまで穢れの無い心というか魂の女の子に合うのは久しぶりかも。撫でてもいいかしら」


「どうぞ。結構凄い人生経験してきてる割には、良くも悪くもこいつは純粋なんですよ。本当、危なっかしくて困ります」


 立花さんの手が伸びてきた。

 むー何だか子ども扱いっぽくて不満、不服。でも、彼女の撫で方はとても優しくて気持ちがいいからもう我慢するしかないかもしれない。私実はまだ中学生でもあるし。


「けど、晴子の言う通りではあるんだけどな」


「えっ?」


「ただ酷い目に合わせるだけ、愉快犯や憂さ晴らしでここまでのことをするのも変ってことさ。もし、あの狐の主人が裏稼業の陰陽師で、そいつに依頼したんだとしたら、それなりの金を積むはずだしな。結果として得られる金銭的な利益があるって考えたほうが自然だ」


「金銭的な利益ね。やっぱりライバル企業が怪しいってことかしら」


「あくまでもっともな推論でしかないけど、そうなるな。ついでに調べておいてもらえると助かる」


 立花さんはこれも快く引き受けてくれた。

 高橋さんとの二人のお仕事が多くて何だか申し訳ない気分になる。

 あれ、そういえば――


「ねーねー大牙。立花さん達が調べ物してる間、私達はどうするの?」


「会社中を回って、狐や鬼の残りがいないか探す。いたら退治する。後は瘴気の濃い場所に、別の迷い鬼がいないか探す。あの狐以外に、この建物自体に何かある可能性もまだ捨てきれないからな」


「うう、結局私囮かあ……大牙~呼んだらすぐに助けにきてね」


「いや、お前は今回は俺の近くにずっといろ」


「えっ!?」


 こんなセリフ、今まで囮するときに聞いたことがなかった。

 どうしちゃったのよ、大牙?


「目の届かないところで、鬼に憑依されたりすると困るからな。これじゃお前を必ず守るって約束が果たせないだろ」


「大牙~」


 私が彼に抱き着いてしまったのは言うまでもない。


「ちょっ、晴子、お前、離れろ、距離とれ」


「だって、『近くにずっといろ』って言ったじゃない。すりすり~」


 傍らの立花さんの微笑みに、ウィンクで返す私だった。

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