第5話 喫茶店プランタンへの訪問者 3
「お、おい、晴子、そりゃまずいだろ」
「えっと、君、何言ってるの? 縁起でも無い」
高橋さんのこの反応に私は自分の軽率さを後悔した。
うかつだ。大牙が言うようにまずい。
幸い、高橋さんは私の秘密は知らない。
ここは全力で誤魔化すことにした。
「ゆ、夢です夢。ほら高橋さんの会社結構有名じゃないですか、だから出てきたんですよ」
「たとえ夢でも、そんなこと見たって言わないでほしいんだけど……」
不満げではあるけれど、夢であることに疑いは無いようだ。
よかった、多少の不興は買ってしまったけれど、これで私の秘密は守られた、と思ったのだが――
「でも、高橋さん、その未来本当になるかもしれません」
「ちょ、ちょっと大牙」
せっかく誤魔化せそうだったのに何を蒸し返すのだと、私は目で訴える。それをさらりと流すと、大牙は話を続けた。
「こいつ……いや、この子は、占いが得意なんですけど、よく当たるんですよ。占いじゃなくて予言じゃないかってくらいに」
「占いじゃなくて予言?」
「ええ、丁度頃合いですから、話を戻しますが、高橋さん、あなたの会社はどうやら何かに呪われてる」
「呪われて……って、何言ってるんですか!」
信じられないことに出会ったときの人の行動はいくつかあると聞いたことがある。信じられないことっていうのは自分の考え、常識を脅かすモノ、ストレスになるモノ。だから、人間の心理は自分の心を守るため、自然とそれに対応してしまうというのだ。
一つめは見なかったふりをする。無かったことにすれば心の平安を保てるから。無視した内容により、後で予想外のダメージを喰らうリスクはあるけれど。
二つめは見はしたけれど、嘘だと断定する。嘘だったら自分の考えが正しいわけで、イコール自分の思考は犯されることはない。この場合は認識はしてるけれど、否定しているので、結局予想外のダメージが来る可能性はある。
三つめは、理解する。理解してしまえば何でもないことはこの世に多い。幽霊の正体見たり枯れ柳だったかな。とにかく理解する者こそが全てを制する。
だからあなたはこの三つめの選択肢を選ぶのよ、とあの子は言っていた。
あの子はもういないけれど、私の中に生きている。
今回、高橋さんは残念ながら二つめだった。
さっきの私の受け入れ具合を思うに、この人は悪い人じゃない。
だから、三つ目に導いてあげたいよ、大牙。
この私の思いが通じたのだろうか。
「高橋さん、あんた課長さんのことどう思ってる?」
「吉岡課長のことですか、もちろん尊敬してますよ。俺がミスしたときに一緒にお客様のところに謝りにいってくれたり、入社以来の恩は数えてもキリが無いくらいです」
「なら大丈夫だな。その課長さんが俺達に依頼してるんだ、ウチの会社を救って欲しいって」
「課長が……?」
「今日あんたがもってきてくれたこのレポートは、今会社で起こっている不可思議な内容について克明にまとめられたものだ。さすが課長さんだな、タイプ別に分類されてて、しかも箇条書き、わかりやすいったらありゃしない」
「不可思議って何です? さっき言ってた呪いと関係するんですか?」
「そのとおり、どれもおそらく迷い神がまき散らした呪いだと推測される」
「迷い神?」
「迷い神っていうのは、よく妖怪とか悪霊とか呼ばれるアレだと思ってくれていい。人の世の澱みから産まれ、人を呪う存在」
「どうしてそんなのにうちの会社が……どうすればいいんです?」
「だから、課長さんは迷い神退治の専門家である俺たち『ハルズガーデン』に依頼したのさ」
「な、なるほど、そういうことだったんだ」
「俺の隣にいる主、
政さんが和やかに頷いた。
「俺とそこのウェイトレスのねーちゃん、
貴子さんがカウンターの向こうからウィンクする。
「そして、さっきから絡んでくるこいつみ……北条春子はさっき言ったみたいに占いの力を持ってる」
あれ? 私の苗字変えられてない? これじゃあ私がまるで、政さんの妹みたいじゃないのよ。
大河のこの行動にかなり疑念の湧いた私だったが、続く彼の言葉に全てを吹き飛ばされてしまった。
「何度も言うようで申し訳ないけど、だから、こいつも俺達の仲間なんだ。さっき失礼なことを配慮無く言ってしまったのは謝るけど、あんたの会社が危うい状況なのも事実だ。株価についてはあり得る未来。食い止められるかまではわからないが、やれるだけはやらないとな」
上手く言えないけど、そう、やる気がみなぎってきた。
チョロいのかもしれないけど、私はこの仲間ワードに弱い、弱すぎる、涙が出てくるほどに……。でも、ありがとう、大牙。
それから今後の段取りについて軽く相談した後、高橋さんは会社に戻って報告すると言って喫茶店を去った。
「もうこんな時間だから、おうちに帰るのかと思ったら、大変なんだね会社員って」
「一応課長さんには機密文書だって言われてたみたいだからな。それよりも晴子、お前気をつけろよ、いきなり株価の話とか、あれは無いぞ」
「ごめん、大牙が株価の話するから、つい思い出したまま口にしちゃったの。でもあの時私自分で誤魔化したのに、どうして占いなんて言ったの?」
これはさっきからずっと聞きたかったこと。
「お前『絶対予言』してたんだろ、だとすると、株価の下落は必ず起きる。実際起きたら、高橋さんはお前を変に思わずにはいられない。それなら予め起きる可能性のあることを伝えとけばショックは少ないし、お前がこれ以上変に思われることもない。本当が多い中に嘘を紛れ込ませとけばバレないってやつさ」
『絶対予言』とは、私の特殊能力。確定した未来を予知する力。
けれどこの「確定した」というのがミソで、一度見てしまった未来を変えることはできない。今回の高橋さんの会社の株価のように、それがどんなに望まれないことだろうと、結果は確定したものだから変えられはしない。
トイレのバケツがイジメに使われるのを見て、隠したところで、私の預かりしらぬところで戻されたり、別のモノが用意されたりで、バケツでイジメが行われるという結果は変わらない。現実は、予言された一点に必ず向かって行く。そういう能力なのだ。
だから、私はこの力は呪われた力だと思っている。
けれど、使わなければならない事情も私にはある。
人には言えないし、言いたくもないけれど、実の親にせがまれては娘としては使わざるを得ない。
その目的がどんなに浅ましいものであっても。
価格が上がる株、下がる株はわかればどちらも稼げるらしい。
私には後者で稼げる理屈はわからないけれど、そういうものだと言われては納得するしかない。
この時見たのだ。未来の新聞で高橋さんの会社の名前を。
運命と言う言葉は軽く使うものではないとあの子に言われてはいたけれど、こういう時は使いたくなってしまう。
「そこまで考えてくれてたんだ。ありがと、大牙」
「どういたしましてですませたいところだけど、今回はそうもいかないな」
「えっ!?」
「主ともさっき相談したんだが、今回の件、お前にも手伝ってもらう。予言の責任はとらないとな」
大牙はニヤリと笑った。
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