第6話 ロビーで待ち合わせ 1
高橋さんの会社のロビーで私と大牙は彼が来るのを待っていた。
政さんと、貴子さんは別の仕事があるとのことで、今回はまずはこの二人でとなったのだ。
大牙は、あの時と同じ大人モード。
私はというと、貴子さんに貸して貰った着慣れないスーツを着ている。
体型が全然違うのに、不思議とフィットしている。
彼女自身のものではないのだろう。
これも貴子さんの力なのだろうか。そもそも大牙も彼女も常識外の存在だから、あまり気にしても仕方ないのだけれど。
これを着ると、大人として認識されるから注意するようにとも言われた。
何を注意したらよいのかわからないから、とにかく大人として頑張るしかない。
若干どころではなく不安だけれど。
高橋さんの会社は世間にそれなりに知られた会社らしく、広いロビーには待合席がいくつか設けられており、私たちの他にも数名スーツ姿の男女がいる。
時計を何度も確認している人、ぼーっと放心している人、見る限りは多分どの人も私のことなんて気にしてはいないのだろうけど、何となく人目が気になってしまう。
静かなので、隣に座る大牙と何か話すというわけにもいかないし、見回してもテレビなどあるわけでもなく、無味乾燥な壁とよくわからない風景画が飾られているだけ。キョロキョロしていると逆に他の人の注目を集めてしまいそうで、足下を見てじっとしているしかない。
そんなわけで、全く落ち着かない。
だから、高橋さんが現れたときには、救われた気がした。
「ええっと、ハルコちゃんだっけ? 大丈夫?」
この声のかけ方。私は緊張感でよほど切羽詰まった顔をしているのだろう。
ここはやる気を見せなくてはと考えた。
拳を握りしめて、私はせいいっぱいの笑顔で答える。
「問題ありません、行けます!」
「晴子……お前は何かのスポーツの選手か」
隣からツッコミは入るけれど気にしない。気にしたら負けだ。
しかし、高橋さんがため息をついたのは気になった。
「私何か変なこと言いました?」
「お化粧のせいかな。喫茶店の時とは違って大人っぽく見えるといえば見えるんだけど、君学生さんだよね? 学校は?」
核心をつかれた。
そう、今日は平日……。
あの日、高橋さんが帰った後、大牙の言葉に私は抵抗していた。
「ちょっと待ってよ、大河。私、どう見ても子供だし、高校生に見られるのがせいぜいな中学生女子だし、会社とか無理だよ。それに、できること囮だけだし……」
そう、迷い神退治組織『ハルズガーデン』での私の役目は囮。
私は、霊力が普通の人間よりも強いらしいのだ。
普通の人間でも多かれ少なかれ魂に持っている力らしいのだけれど、私の霊力は、そんじょそこらのものではなく、何というかスポーツでいえば国体で優勝できる選手レベルらしい。
そんなのできれば他の力でほしかったよ……。
大牙の言うところでは、この霊力というのは、目に見えないエネルギー。大牙や貴子さんがこの世で力を振るう動力であり、政さんのような陰陽師はそれを制御し様々な奇跡を生み出すことができるのだという。
ただ、このエネルギーは、迷い神にとっても同じで栄養となるものであり、迷い神は霊力を食む。自分がこの世に存在し続けるために。だから彼らは人を襲うのだ。つまり霊力の塊のような私は迷い神の大好物。
美味しい食べ物が目の前にあって、食べてくださいという状態だったら、人間でも動物でもそれにかぶりつくのは当たり前。
そしてその食事の一瞬には、無防備となることが多い。
だから、釣りというのが成立するわけで、言うまでもないだろう、私は釣り針の先に引っかけられた餌のようなもの。
迷い神退治の依頼が来ると、出現が推測される建物、場所で私は一人彷徨い、現れた迷い神を大牙達が殲滅する。うん、どう見ても釣り、どう考えても釣り。
もっとも、この囮という役目は、自分で申し出たものではないとはいえ、納得してやっているのだから文句はいえない。
大牙によって迷い神から命を救われた後、喫茶プランタンで彼らの『ハルズガーデン』の仕事を聞いた時、私は天啓を得た気がしたのだ。
彼らは、私のように迷い神の危険に晒された人を守り、救っている。私も人の役に立つことができれば変われるんじゃないか、そんな単純な発想だった。
普段から自分という人間の存在について疑問を感じていたことの影響は否定できない。自分なんていないほうが良い存在なのではないだろうか、生きていてはいけないのではないかと毎日考えていたのだから。
……短い人生だけど、これまで色々ありすぎたんだ、私。
けれど、それだけではなく、大牙や貴子さん、それに政さんに魅力を感じてしまったと言うのが一番なんだと自分では思っている。
失ってしまっていた人との心のつながりがそこにある気がしたから。
だから、訴えた。一緒に迷い神から人を救う仕事がしたいと。
そして、私は大牙から冷たく一言言われた。
「無理無理、やめとけ、危ないし。遊びじゃ無いんだぞ」
しかし、この時の私の決意は固かった。しつこく食い下がり、オーケーがもらえるまで喫茶店に居座ると宣言。実際喫茶店の床に座ってさえみせた。
それでも、好きにすれば良いと言い放つ大牙だったけれど、思いも寄らないところから助け船があったのだ。
「その覚悟、試してあげれば、大牙」
もちろんこれは貴子さん。私はこの時彼女に応援してもらえたと思ってとても嬉しかった、のだが――
いきなり次の日学校が終わった後に車で知らない場所に連れて行かれ、彼女から囮をしろと言われる私。
目を丸くしていると、私の霊力についての説明と、囮としての役割の重要性、そして囮としての心得を説かれた。それだけで現場に放置。当然、待ってくださいとか泣き言を言ってはみたが、全く相手にされなかった。
夕暮れ時、人通りも何も無い山道、頼りになるのは自分だけ。
もっとも、私を置き去りにする時に『必ず守るから、それだけは約束する』とは言われたけれど。
さっき貴子さんから聞いた話によると、この峠では最近事故が多発しているとか。
それだけで十分。何かがここにいるのだ……。
じっとしているのも怖いので、動き回ることにした私は、あてどもなく峠を上に向かった。間もなく上から来る人影に気付く。
長い髪にワンピース。女の人っぽい。挨拶してみるけれど反応がなく、そのままのスピードでこちらに向かってくる。
背筋が凍るという言葉の意味が否応なく理解できた瞬間だった。
そしてこういうときには、人は足がすくんで動けないということもよくわかった。万事休す。
人影は私の近くまで来ると、ジャンプして両手を広げ襲いかかってきた。私は顔を伏せて両手で頭をかばうことくらいしか……できない。
「貴子さん!」
思わず彼女の名前を叫んでしまった。
……
しかし、いつまでたっても、何の感触も痛みも無い。
不思議に思う私に、あの優しい声が聞こえる。
「よしよし、晴子ちゃん上出来よ。もう顔上げても大丈夫」
目をあけると、そこには、白い天女のような衣を着た、貴子さんがいた。そして、衣から伸びる布で、あの影を拘束している。
影は奇妙な叫び声をあげながら抵抗しようとしているが布でガッチリ押さえ込まれており、身動きがとれないようだった。
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