第4話 喫茶店プランタンへの訪問者 2
「失礼します。こちらが私の名刺になります」
会社員さんが
名刺を見て、大牙が確認するように呟く。
「
「それ……東風って書いて『はるかぜ』って読むんです。一応英語表記の方にはちゃんと書いてますので、お願いします」
「おっと失礼」
せっかくの大人モードな外見なのに、台無しの大牙。
しかし、東風……東風……どこかで聞いたことがあるような気がするのはなぜだろう?
「いいえ、この勘違い、良くされますから慣れていますので。特に麻雀好きな方は必ず最初そう言われるんです。でもおかげで社名もすぐに覚えて頂けますし、東風グループって親しみやすいってウェブでは良く言われてます」
彼、高橋さんの口から淀みなく出てくる大牙へのフォロー。
この様子は確かに言われ慣れていなければ無理というものだろう。
しかし、麻雀か。ギャンブルの印象があるから、私はあまり良いイメージがしないのだけれど、男の人にとってはそうでもないのかな。
親しみやすい社名、東風。
はるかぜって、語感はとても良い。なんだか暖かそう。
……やはりどこかで見た記憶はあるのだけれど思い出せない。
どこだったのだろう。
私がこうしてカウンターで悩んでいる間にも、男性陣の会話は進んでいく。
「それでこれが、課長……上司から預かってきたドキュメントです。まずは目を通していただけますか?」
頷いて封筒を受け取りながら、確認するように大牙が彼の目を見て尋ねる。
「確かこの依頼の話は吉岡さん、あんたの言う課長さんからあったはずだけど、本人は来られないのか?」
「どうしても抜けられない会議があると申しておりました。ご容赦願います」
「管理職ってのは大変なんだな。まあいいか、ちょっと見せて貰うよ」
大牙は封筒をあけて、中からクリップで閉じられた紙の束を取り出した。
それを左隣の政さんに見えるように広げて二人で確認している。
どんな内容なんだろう。当然カウンターから横目でこっそりチラチラ見るくらいしかできない私には見ることはできない。
私がそんなもどかしい気持ちを抱えている間に二人はその資料を読み終わったらしい。
「なるほどな、状況、および依頼内容は把握した。ちなみに高橋さん、あんたはこの内容とかウチに依頼に来た理由について知ってるのか?」
「その中身については機密事項、としか……あとは市役所にこちらを紹介された、くらいしか……」
どもりどもりのこの口調は、彼の正直さを表しているのだと思われる。
嘘は言ってなさそう。
もっとも私は嘘を見破る力とかはないから、後で大牙か貴子さんに聞いてみないと本当のところはわからないけれど。
「じゃあ訊き方を変えるか。最近会社で変わったこととかはないか?」
「変わったこと、ですか? 特には思い浮かびませんが……そうだ! 働き方改革の一環とかで毎週水曜日がノー残業デーになって、早く家に帰ることができるようになりましたよ!」
高橋さんは急に生き生きとした口調になった。
よほどこのノー残業デーというのが嬉しいのだろう。
「それ……変わったことなのか?」
尋ねる大牙の側は言われたことがわからないという顔をしていた。
この感じ、聞きたかった内容とは違ったのかな。
「変わったことですよ。生活に影響しますから。うちみたいなIT企業は、毎日帰宅が午後九時十時、下手をすれば午前様の人だっています。水曜日に定時で帰れれば、そこでリフレッシュして週末までの戦いに備えられるじゃないですか」
「それはそうなんだろうけど、そもそもその制度って世間では結構前からあるもんじゃないのか。何だか今更な気もするんだが……」
「同僚に聞いたところでは、かなり昔に一度導入されたんですが、上手くいかなくてポシャったらしいんですよ。今回は二度目の挑戦だそうです」
「二度目?」
「一度目は、金曜日に実施してたみたいなんですけど、結局他の曜日に仕事のしわ寄せが来たり、仕事が終わらなくて土曜日に出ることになったりするという意見が多くて、労働組合との話し合いで、会社が残業についての配慮を別途することを前提に廃止されたそうなんです」
「なるほどな。だとするともっと不思議じゃないか? どうして一度過去に失敗した制度を今更復活させたんだって、俺は疑問に思うんだけど」
「最近働き方改革が世間で強く叫ばれるようになったからじゃないですかね。合わせ技ってわけじゃないですけど、水曜日の定時デーに会社の研修室でヨガのセミナーや、ストレス対処方法のセミナーとかもやってるみたいです。休息時間だけじゃなく、心身の健康を保つための方法も提供するって会社は言ってます」
「わかった。とりあえずその話題はいいや。他にはないのか?」
「最近風邪が流行ってるみたいで、各部署でちらほら休んでる社員がいるくらいですかね。でも、これ、うちの会社だけじゃないとは思いますけど」
「それって過労とかで倒れてとかじゃないんだよな?」
「どうしてそっちに持って行くんですか? 確かにうちはIT企業ですけど、ブラックじゃなくてホワイトですよ。勤怠しっかり管理されてますし、残業が多くて心身不調の社員は産業医から勤務ストップがかかるから、プロジェクトの途中で抜けられることがないようにプロジェクトリーダーは
「本当にそうなら、いいんだけどな」
「どういう意味です?」
「いや、こっちの話だ、気にしないでくれ。そうだ、あんたのご先祖様に侍とかっているか?」
「いきなり何です?」
「いるのか、いないのか?」
「祖父は、そんなようなことを言ってましたけど……」
「それで十分だ。会社についてはともかく、高橋さんあんたがどうしてここに派遣されたかの謎は解けたよ」
大牙は納得した、というような曇りの無い表情をしている。
対面の高橋さんはさらに疑問を深めている様子。
とりあえず、私は仲間特権を利用して、この謎については後で大牙に聞いてみることにした。
「ところで、こちらから質問しても良いでしょうか?」
「ああ、どうぞ」
「その……お二人の名前を伺いたいのですが……」
「大牙、高橋さんに名乗ってなかったの!?」
思わず叫んでしまい、私は口を抑える。
「晴子、お前なあ、確かにここにいてもいいって言われたけど、仕事の話へのツッコミはよしてほしいんだが」
この言いように私は何だかカチンときた。
「そういう問題じゃないでしょ。常識よ、常識。自分の名前も言わないで話を進めるなんて失礼でしょ」
「まあまあ、抑えて。こっちも、確認しなかったのが悪いんだ。あまり彼を責めないであげてほしい」
なぜか、高橋さんが、大牙をかばい始める。
「そうだぞそうだぞ、コミュニケーションというのは互いの了解があって繋がるもんだからな。相手がオーケーならオールオーケーだ」
このヘリクツにはまだ怒りを感じるけれど、高橋さんに取りなされては仕方ない。私は矛を収めた。
「では改めて自己紹介を、俺は、
大牙、興味は話さなくてもいいのに。
あれ……株価、そうか……
「そしてこちらは俺の主のほ……」
「わかったあああああああああああああ」
私は思わず叫んでいた。
「おいおい主の名前を言うところで、横から叫ばないでくれよ。で、何がわかったんだ?」
「東風って名前どこかで見たと思ったのよ。やっと思い出したの」
「どこでだよ」
「一週間後株価が急落するの、一週間後の新聞で見た」
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