第19話 怪しいセミナー 8
「わざわざ行き止まりに来るとはの、お
狐面の先頭に立つ講師狐が、大牙を罵倒する。
私と彼の周りは、スーツや作業着を着た狐面の群れでぐるりと囲まれている。
何人いるのだろう、もしかしてこのビルで働いている人間全員が来ているのではないだろうかと思えるこの大人数の圧迫感。
よく最上階の天井が落ちないものだと思ってしまう。
大牙はと見ると、相手の挑発に乗ることもなく、ただ光の剣を構え、左右に切っ先を向けて返して威嚇しながら黙りこんでいる。
「何も言うことができぬか。この数に囲まれてはどうしようもなかろうの。屋上ならば白虎となって戦えるとでも考えたのであろうが、これでは出来まいて」
講師狐のいうとおり、これだけ
いくら常人をはるかに超える運動神経を持つ大牙でも、一斉に飛び掛かってこられたらひとたまりもないだろう。しかも、彼は私というお荷物を庇いながら戦わなければならないのだ。慎重にもなろうというもの。
「そうじゃ、わらわの仲間にならぬか? その娘を献上し、仲間になるということならば、わらわの主もそなたを許そう」
「何ッ!」
ちょっとどうしてそこに反応するのよ、大牙?
「おや、興味があるのか」
「無くは無いな。主とはどんな方なんだ?」
えーっ、そこは無いって言ってよ、大牙。相手から情報を引き出そうとしてるんだよね? ね?
「まずはそこの娘を寄越せ。話はそれからだ」
「よし、ほれ、あっちにいけ晴子」
大牙が私の背中を狐の側に押そうとする。
「えー何でそういうこと言うの。やだよ私、大牙と一緒がいい」
腕を振り振り駄々をこねる私。
「あの時会議室で散々狐さんがいいって熱弁してたろうがお前。なら本望だろ」
大牙のこの言葉に、私はぐるりと周囲を見回す。
狐の面、狐の面、狐の面……うん、不合格。
「可愛くないので、ごめんなさい」
「この娘、大人しく聞いておれば。また天邪鬼を取り憑かせてやろうか」
講師狐は私の発言にご立腹の様子だった。
天邪鬼ってことは私の発言と逆のことを言わせたいのか。
可愛くない発言に怒るってことは、やっぱり見た目通り女の人なのかな?
「ほら、お狐様が怒っちまったじゃねーか」
「だって狐さんって言ったらコンコンでモフモフだよ。手触りよさそうな毛並みで思わずナデナデしたくなっちゃいそうな感じでないと、女子の心は掴めないよ」
「そなた……剣鬼の方を所望かの?」
私の言葉はまたも講師狐の不評を買ってしまったようだった。
剣鬼って、あなた私を操る気満々じゃないですか。
真面目に怒ってそう。これは事態が進展しないように言い訳しておいたほうがいいかもしれない。
「待ってください、待ってください。この周りの狐のお面の人たちがみんなモフモフだったらきっと私にとってここは天国です。それならもう私喜んで降伏しちゃいます。命惜しいですし」
「そなたの気持ちわからぬではないが、余計な力を使うわけにはゆかぬのでな。許してたもれ」
迷い神に謝られてしまった。何だか申し訳なくなる。
「そこまで言われちゃうと、もうそっちに私いくしか……」
「こらこらこらこら晴子、本気になるんじゃない!」
「ということは、時間稼ぎはもういいの? 大牙?」
「頃合いだな。このビルの狐はもうこれで全部だろう」
「わかった! えいっ!」
私は彼に指示されていた通りに雲外鏡を高く掲げた。
手のひらを離れ宙に浮く鏡は、太陽の光を反射し眩く輝き出す。
そして溢れる光が空間を満たしてゆく。
「くっ……何だ……」
少しして光が収まると、周囲の光景は一変していた。
講師狐以外にその場に立っている者はおらず、皆折り重なるように屋上の床に倒れている。その顔からはあの狐の面は失われていた。
「何だと!?」
講師狐は驚いている。気持ちはわからなくもない、この効果を聞いていた私だって驚いている。
「取り憑いてたやつはもう全部消えたみたいだな。ここまで上手くいくとは俺も思ってなかったよ」
「何をしたッ!」
「屋上に結界を張っておいたのさ。さっきの晴子の雲外鏡で発動するようにしてな。管狐みたいな低級の迷い神じゃこの光には耐えられない」
ちらりと見ると、屋上の隅っこで私に向かって手を振る立花さんの姿あり。隣には高橋さんの姿も。
そう、朝の打ち合わせで大牙が彼女に渡していたのは結界を張るのに必要な道具だったのだ。
「耐えられたところを見ると、やはりお前だけ別格なんだな。主と言うその何者かに召喚された、式神といったところか」
「クッ……」
完全に形勢逆転。講師狐は狐面だけに表情はうかがえないけれど、絶対悔しがってるに違いない。
「さて、どうする。降伏するか? 仲間になるなら許してやらんでもないぞ」
「クククククク……ハハハハハ」
狐面は不気味な笑声をあげていた。
「何を笑う!? 何がおかしい」
「これが可笑しくなくて何とする。よもや意趣返しとは。白虎ともあろうものが人間に毒されたかの」
「大きなお世話だ!」
私は不思議に思った。
もはや自分以外に頼るものも無いというのに何なのだろうこの余裕。
しかも目の前にいる彼が白虎だということを彼女は知っている。
だったら、十二天将である彼の戦闘力も理解しているはずなのに。
「そなた達から反撃を食らったのは誤算ではあるが、わらわの計画にいささかも狂いは無い。だが、ここで封印されるのは困るのでな、この辺りで帰らせてもらおう。さらばじゃ」
「何っ!」
狐面は、両手を顔のあたりの高さに上げた。
そして両手のひらを広げ、勢いつけて顔の前で打ち付ける。
パン、という柏手の響き、そして彼女を中心とする突風が屋上に広がっていった。
吹き寄せる風の強さに、私は思わず顔を手でかばい、目をつむる。
そして私が再び目を開けたとき……
「あれっ、どうして私ここにいるの?」
「屋上? さっきまでコーナーで打ち合わせしてたんだが」
「まずいまずい、もう会議の時間過ぎてる」
「客先に急いで電話しないと!」
周りから声、声、声。
どうやら気絶していた全員が意識を取り戻したようだった。
まだはっきりしない頭を抱えながら次々を立ち上がる人々。
焦っているのかもう屋上の出入り口に向かって駆け出している人もいる。
「大牙?」
彼は悔しそうに唇を噛んでいた。
講師狐の姿がどこにも無い。
「二度も逃げられた……主に合わせる顔もねえよ」
そうか。講師狐は、屋上で倒れる人々の意識をあえて取り戻させることで、一度失った味方、自分を守る壁を再度手に入れたんだ。
私たちは、会社にいる普通の人に手出しはできない。だから、人の群れに紛れ込まれてしまったらもう手出しはできない。
きっと今出入口に殺到する中にいるとわかっていても。
私は何も言えず、彼の肩に手を添えてあげることしか、できなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます