第18話 怪しいセミナー 7
「大牙、どうしよう……狐さんいっぱいだよ」
小声で隣の大牙に囁く私。
「どうするったって、多勢に無勢だ。気配は感じてたんだが、まさか全員とはな」
「虎さんになってビューっていつもの息で一網打尽にできないの?」
「こんな狭いとこで無理言うな。おまけにやつら人に取り付くタイプみたいだから、無下に攻撃することもできない。お前もいるしな」
「そっか……」
ここで私は思い出す。天邪鬼と剣鬼に操られた私を相手にしたとき、彼は白虎にならずあの不思議な光の剣を使っていた。
あれは私を傷つけないためだったんだ。
大牙、ありがとう。最後の言葉、嬉しいよ。
「メンバーの顔は把握できたから、立花さんと相談して終わった後で対応を考えよう。とにかくこの会議はやり過ごす。お前は特に大人しくしてろ」
「えー、私大人しくしてるじゃん」
「そこのお二人、お話は終わったかしら」
凛とした声が響く。講師さんが、こちらを見ている。
二人とはもちろん私と大牙のことに違いない。
しまった声が大きくなっていたのかも。
何か答えなければ、と私は思い口を滑らす。
「あっ、はっはい、狐さんのことは終わりました」
後悔先に立たず。気づいた時にはもう遅かった。
「おいおいおいおい、だから何でお前は思ったことをそのまま口にするんだよ、晴子!」
「ごめーん、大牙」
しかし、講師さんも周りの総務の人たちも、怪訝そうな顔。
「どうして狐なのかしら?」
どうしてそんな質問するんですか、こっちが困るんですけど……。
けれどこれはチャンス。会議が終わるまで誤魔化しきればさっきの私の失敗は失敗でなくなる。よし、ここは相手を存分にヨイショしよう。
「狐さんて可愛いじゃないですか。コンコンって。昔話や童話や絵本で子供に大人気ですし。そ、そうだ、癒されるっていうか」
「癒される? それで心理学の講習内容から狐を連想したの?」
お、なかなか反応がいいぞ。このまま畳み込むんだ私。
「はい、そうなんです。国語の教科書に載ってるあの有名な童話とか大好きで。猟師さんのこと大好きで、お母さんが死んじゃった後毎日食べ物を持って行って……なのにどうして鉄砲で撃たれちゃうの……?」
話している間に悲しくなってきてしまった。私の視界がぼやっとして、頬を何かが伝う。ハンカチでポンポンして拭く私。
お話を思い出してそんな気持ちになったのは、私だけじゃなかったらしい。
あちらこちらでハンカチ祭り。
「そうだよな。昔話だと恩返ししてるの多いんだよ」
「カチカチ山、何で狸を懲らしめるのがウサギなんだよ。狸の宿敵といえば狐だろう。華をもたせろよ」
呟き聞こえる狐的発言。そういうの隠そうとしないの?
実は狐さんってそんなに悪い子たちじゃないのかな、と私は思ってしまった。
「あなた、狐のことが本当に好きなのね」
「はい、好きです。大好きです」
「じゃあ、遠慮はいらないわね。……こんなに素敵な霊気の塊。わらわが味わいたくおぼゆがそうも行かぬのが実に残念」
「えっ!」
目を瞬かせて周りを見る。狐、狐、狐……私と大牙以外全員狐の面になっている。
「お前、あの時の迷い神だなっ!」
大牙があの光の剣を抜き放ち、左手を私の前に出す。
後ろに居ろということらしい。私は今度こそ大人しくそれに従う。
「そなたほどの神が、わらわに気づかぬのが不思議であったぞ、白虎よ」
そうか、白虎となった大牙と骸骨兵のあの戦いを彼女は見ていたのだ。
「覚えていてもらって光栄だよ。今度こそ逃がしはしないっ」
「ほほほ、わらわは知っておるぞ。そなた人間相手には白虎の力を振るえぬのであろう」
まずい。見抜かれている。
「この剣があれば、お前を倒すのに十分だよ」
「剣鬼と天邪鬼を斬った霊剣か、確かに油断はできぬが、一度に相手にできる人数には限りがあるであろう、ククククク」
耳に残るイヤな笑い方。
それが合図だったのか、狐面が一斉に席から立ち上がる。
「関係ない、お前を斬ればそれでいいんだからな。そうだ、晴子……」
私にだけ聞こえる声で耳元で指示をすると、大牙は剣を斜めに構え、講師狐に突進した。
「くっ……」
しかし、斬ったのはそれを庇った他の狐面。総務の田中さん。
斬られた彼は、ずるずると崩れ落ちた。
何ていうのか、恩を仇で返してごめんなさい。
大牙は剣を再び構える。
狐面の一群は、講師狐を守るように周りを固める。
大牙は気にせず突進し、横殴りに剣を振るう。
狐面たちは、ひゅるりとかわし、一人も崩れない。
しかし、ここで、彼と敵との間の間隔は広がった。
彼は避けた狐面達が姿勢を整える前にくるりと反転し、ダッシュ。
「よし、逃げるぞ、晴子」
「うんっ!」
扉に手をかけて待機していた私の手をとって彼は駆けだす。
そう、先ほど彼が私につぶやいた指示は、「扉で待ってろ」だったのだ。
それから廊下を走る私達は気づく。
「大牙~、何だか後ろ追いかけてくる人数増えてない? ハアハア」
「増えてるな……」
会議室から出て、フロアを横切った時に、プラス五人、そこから階段を上って次のフロアに出て一息ついていたら、下からどっと狐面がやってきてという具合に人数が増えている。
この状況で、とくに悲鳴とか騒ぐ声が聞こえないのはおかしい。おかしいけれど、これはひょっとして、社員全員狐さんになっているのではないだろうか。嫌な想像が膨らんでゆく。
大牙の機転で、自販機コーナーの影に隠れる私達。
狐達が外の廊下を通り過ぎてゆく。彼らには、私の霊気は感知できないということのようだ。助かった、これで息を整えられる。
深呼吸をする私に大牙が自販機で購入した缶の冷茶をくれた。
はしたなくもグビグビごっくんと音をたてて飲んでしまう私。
大牙はそれを微笑んで見てくれていたが、すぐに表情を変える。
「これはおそらく
「管狐?」
「人に取り憑くタイプの狐だ。そしてその人間を操ったり呪ったりする。他の人間や迷い神に使役されることもあって、昔は竹筒みたいな
なるほど、持ち運び迷い神。
手乗りサイズなのかな、ちょっと可愛いかもしれない、一匹欲しいかも。コンコン。
「持ち込んだのは、あの講師の狐じゃないかと思う。あいつだけ気配が他と違ったからな。天邪鬼や剣鬼も使役してたのもあいつだろう」
「じゃあセミナーで……」
「セミナー会場で鬼も狐もばらまいてたんだろう。何が目的かはわからないがな。それが人に取り憑いてると俺は見る。このビルは瘴気が多いから、ばらまいたのが中で増えてる可能性も高い。今人数が増えてるのは狐の霊気に充てられて、眠ってた狐が覚醒してるんじゃないか」
何だかウィルスとかネズミみたい。前言撤回、これではちっとも可愛くない。コンコン……。
「もしかして、『流行病』で体調崩す社員が多いっていうのって」
「もしかしなくても管狐だろうな。会社の瘴気を好んでるから、会社から出たところで宿主から離れる。だから、家に帰ることで回復するんだ」
おおーなるほど。これで課長さんから報告のあった、『休憩室で自殺未遂』、『刃傷沙汰』、『流行病』の原因はわかったことになる。わかったことにはなったんだけど……
「ということは今、絶賛このビルで
「そのとおりだ」
「『そのとおりだ』って、落ち着きすぎだよ、大牙。どうするの? 人に取り憑いてるから攻撃できないんでしょ。それにこのビルにいる人全員狐さんになっちゃったら……」
私の頭に、少し前に見たゾンビ映画の映像が流れる。
主人公たち以外の町の全てがゾンビになっていて、彼らを追い詰めるゾンビの大群は、二度と思い出したくないトラウマを私に植え付けていた。
「だからあそこにいく」
「あそこってどこよ?」
「決まってる、屋上だ」
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