第10話 現状把握 2
「そんなことが起きてたんだ……」
高橋さんの顔が青ざめている。
「こう話を聞くと、うちの課でも確かに思い当たる事が無いでもない。そうか、だから西野さん、あの時変わったことがないかって僕に聞いたんですね」
「そのとおりだ」
「何だか、そぐわない内容の返しをしてしまって申し訳無かったです。定時日のこととか……」
「いや、あれはあれで貴重な情報が得られたし、高橋先輩、あんたが頼れそうなこともわかったから問題無い」
「貴重な情報ってありました? それに、頼れそう? 僕が?」
私も失礼ながら同意見だった。あの話の中に役に立ちそうな情報があるとは思えなかったのだ。先輩、高橋さんの誠実な人柄は現れていて、確かに信頼のおける人間だとは思いはしたけれど。
リップサービスというやつではないかと思ってしまったが、でも大牙はそういうことをするタイプじゃない。
「それについてはおいおい話すよ。今の段階ではまだ俺の勘がそう言ってるだけだからな」
「わかりました。楽しみにとっておきます」
悪い気はしなかったのだろう。大牙のもったいぶった物言いに微笑みで返す高橋さんだった。
もったいぶる、そうだ――
「でもどうして会社で起きた事件のこと今まで教えてくれなかったの大牙? それに、ここまで秘密にしてたのに、今いきなり教えてくれたのはなぜ?」
「言わなかったのは、まだまだ確認しなきゃいけないことが多いからさ。社員から情報収拾する必要だってある。お前にしろ、高橋さんにしろ、あまり演技が得意なタイプじゃない。むしろ顔に出やすいタイプだ。調査に支障が出ると困ると思ってな」
「よく言われます」
高橋さんが頭を搔いている。
うん、このお兄さん、嘘付ける人じゃないのは私にもわかる。
そしてこの私も……そういうのには自信がない。ただでさえ慣れない会社という場所、緊張を隠すのだって大変なんだ。
「それから今教えたのは、来てみてそんなこと言ってる場合じゃないってわかったからだ」
「さっき言ってた瘴気のせい?」
「ああ、この建物中に充満してると考えてくれ。ガスだったら爆発寸前モノだ」
「急いで対応しないとってことね」
「そうだ。いずれは社員へのヒアリングも必要ではあるだろうが、まず始めに会社中を回って、迷い神の反応があったら潰しておかなくちゃならない」
「わかりました。僕が案内します」
「うん、二人ともやる気になってくれたのは嬉しいけど、結界張るまでちょっと待ってくれよ」
「はーい」
わだかまりが無くなった分、大牙に気持ちよく返事を返す私だった。
それからしばらくして、大牙が結界を張り終えた後、私達三人は、再び会社一階のロビーにやってきた。
来た時と同様で、まばらに人がいる。
同じ過ちは繰り返さない。私たちはささやき声で会話をする。
もっとも、内容が内容だということはあるけれど。
「うん、まあ、このフロアはまだ大丈夫そうだな」
「前から思ってたけど、大牙よくこういうのわかるよね」
「十二天将を甘く見ないで欲しいぞ」
「そっか虎さんだもんね、匂いで分かる感じなの? クンクンって」
「……もう、それでいい」
不服そうな大牙。何か気に障ることを行ってしまっただろうか。クンクンってする大牙はきっと可愛いのに。
いつもの喫茶店でいつもの風貌だったらよしよししてあげるのだけれど、今は会社のロビーで大人モード。どうすることもできない私だった。しかたがないからなんとか言葉で慰めてみる。
「た、大牙、私虎さん大好きだから、強そうだし」
「そう言われれば悪い気はしないけど、俺はどうぶつじゃなくて神獣だからな、そこんとこ頼むぞ」
機嫌が少し良くなった気がする。ここはもう一度元気良く返事をしておこう。
「はーい」
「君たち、本当に仲が良いんだね。何だか羨ましいな」
「そーなんです。最高のコンビなんです、私達」
「そ、そうだ、高橋さん、大まかにこの会社の建物の説明してもらってもいいか?」
高橋さんの言葉に私は喜んでしまったのだが、大牙はそうでもなかったのか、急に話を進め始めた。まあ仕事だから仕方ない、と私は自分を慰める。
「もちろんです。一階は見ての通りこちら側がロビーで脇に売店があります。ゲートの向こうの建物真ん中あたりがエレベータになっていて、その向こう側は執務室エリアになってます」
「エレベータを挟んでフロアが別れる感じなんだな。それは他の階も同じなのか?」
「そうですね、二階から上はロビーの代わりにこちら側にも執務室や会議室が並んでますけど、そんな感じです」
「執務室エリアってのは、通り抜け可能なのか?」
「会議室の区画や、サーバルームや社員食堂など特別な場所以外は、基本的に大きなフロアを中で仕切って利用してますから可能です」
「じゃあ、一階から最上階まで順番に見ていくか」
「お願いします」
そして私達は執務室めぐりを開始した。
会社というものを知らない私には全てが新鮮だった。
「うわー広い部屋の中にたくさん人がいるんですね」
「仕事中だから執務フロアではあんまり騒がないでね、ハルコちゃん」
「本当に元気だよなお前は、これ仕事なの忘れないでくれよ」
「わーたくさんメニューがあるし安い。まだ開いてないんですか、入りたいです! お腹すきました」
「うちの社食はメニューが多い方らしいんだよね。まだ準備中だから後で来よう」
「食べ過ぎると太るぞ、晴子」
「寒いです……そして、鉄っぽい箱が生えてて中で灯りが点滅してます」
「サーバルームは冷やしとかないとだから、ごめんね」
「晴子、くっつくな……」
こんな感じで下から上へ見回ってきた私たちだったが、最上階の手前の階が終わったところで、立ち止まる。
「最上階は役員室とかあるフロアだから、そこは申し訳ないけど遠慮してもらえるかな、西野さん」
「とりあえず現状はいい。また必要があれば確認させてもらうよ」
「大牙、迷い神いたの?」
「いや、今のところは見つけられていない。まあこれだけフロアを回ってきたから、そのうち現れるとは思うが」
意味ありげな目で私を見る大牙に私はピンときた。
「それって……私を狙って?」
「ご名答」
こういうときに自覚させられる。自分は所詮囮。
でも、それがハルズガーデンでの私の役割。他の誰にもできない私の仕事だから……。
「晴子、お前また余計なこと考えてないか?」
「ご心配なく、自分の役目くらいわかってるから。それより約束は守ってよね」
「だからわかってるって。守ればいいんだろ、お前を」
「うん」
頷いた丁度その時、私は自分の目に映ったものが気になってしまった。
「高橋先輩、あそこの出入り口って何ですか?」
「ああ、屋上に続く階段だよ。他の階には繋がってないけど屋上にはいけるから、業者の人とかはあそこから上がっていくんだ」
「屋上って何があるんですか? 展望台とか?」
「いやいやいや、ここはデパートとかじゃないんだから。あるのはエアコンの空調設備や、電気設備、貯水タンクっていうこのビルのインフラ周りの設備で、面白いものはないよ」
「……それって誰でも入れますか?」
「普段は屋上の扉に鍵が掛かってて入れない。っていうか、ハルコちゃん、どうしてそんなこと訊くんだい?」
「さっき、スーツを着た女の人があそこに入っていったのが気になっちゃって」
私のこの発言に、二人は顔を合わせる。
「晴子、何でお前それすぐに言わないんだよ」
「だってあの出入り口がそういうのだってわからなかったし。だから今訊いたんでしょ」
「ちょっとちょっと二人とも、言い合いしてる場合じゃないよ。単にその人は
高橋先輩の言葉に、私も大牙も頷いた。
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