第13話 怪しいセミナー 2
「大牙、こんなのってないよ」
「いやいや、お前のせいだろう。俺は周りの迷惑にならないようにしてたのに、台無しだぞ全く」
私と大牙は、セミナー会場で騒いだかどで、セミナーを仕切っている会社の総務部の人につまみ出されてしまった。
会場横の廊下から扉を開けて中の様子をこっそり見ようとしたらまた怒られてしまい、さすがにもう二度目はできない。
耳をそばだてて、漏れ聞こえる音を聴くのは限界があるというもの。
「私は大牙がセミナー真面目に聴いてないのを注意しただけなのに……どうして」
「それがダメなんだろうが、会場で騒げばこうなるって思わなかったのかお前は。立花さんにも言われてただろう、何でも頭の中で考えてから言えってさ」
大牙が立花さんの名前を出したのを私は何故か気に入らなかった。だから言ってしまう。自分の中で言う前に。押しとどめることもできなくて。
「……大牙、何か今日私に冷たくない? 今日の私が大人モードだから? 大牙ロリコン? それとも、やっぱり立花さんみたいな、本物の大人の女の人がいいの?」
私は気になっていた。途中すれ違いはあったものの、最後は微妙に意気投合していた気がしたのだ、大牙と立花さん。
立花さんには、高橋さんが、とも思ってはみたが、彼を見る彼女の視線は、何となく私を見るものに近いように思えてしまった。
「何言ってるんだよ、お前、こんな時に。今はそれどころじゃないだろ。どうでもいいこと気にすんな」
「どうでも良くはないよ……」
「ちょっと待てよ、おい、どこいくんだよ」
大牙が私の腕を握る、私はその手を弾いてしまう。
「お、お前……」
「ついてこないで、トイレいくんだから!」
もちろんこれはついてこさせないため。
顔が酷いことになってそうだったから、彼の方はふり向かず、私はそのまま駆けだした。後ろで大牙が何か言ってるみたいだったけど、それを気にする余裕もなく。
……
そして視界がぼやけ、鼻もぐじゅぐじゅの状態で、トイレの個室の中しゃくりあげながら反省する。
考えてみると大牙は悪くない。全然ということはないけれど、追い出されたのは私の声が周りの注目を集めるほどに大きかったからだ。
でも、大牙も大牙だ。
慣れない大人ばかりの会社で大変な私に、もう少し優しくしてくれてもいいのに。
どうでもいいは酷い。私のことなんてどうでもいいみたい……。
それとも本当にどうでもいいのかな。
そんなことないよね、大牙。
私は彼と出会った時のことを思い出す。
あれは確か私が今のお屋敷に引っ越した後、人生二度目の転校でこの町に来てからしばらくたった頃のことだった。
その頃の私は完全にひとりぼっち。
転校二度目でも、別に転校するのに慣れるわけではない。
転校とは、見知らぬ土地の見知らぬ学校の見知らぬ人々、その中に、無理やり移動させられるということだ。
友達を作るのが上手な人気者タイプの人間だったらいかようにもできるのだろうけれど、私は生来そんな性格ではない。友達ゼロからのスタートならば、ゼロのままの可能性が高い。よく言えば不器用な性格、悪く言っても不器用な性格か。全く救いようがない。
また、転校の事情が表立って言えるような事情でないのがそれに拍車をかける。
『どうして転校してきたの?』という質問に胸を張って答えられない人間の気持ちなんてわからないだろうし、わからないからこそ、そんな質問を人はしてくる。
適当に誤魔化すのこともできない私が何も答えられないでいると、相手は私のことを不愛想な奴だと決めつけて去ってゆく。
自然と休み時間には、教室にいないことが多くなり、学校の屋上が私の憩いの場となるまでにそう時間はかからなかった。
学校が嫌なら行かなければよいのにという人もいるかもしれない。
けれど、学校に行かないというのは大部分家にいるということを意味する。
私は自分の家にいたくはなかったのだ。
父一人、子一人の家なうえ、父は麻雀に競馬といったギャンブルに日夜明け暮れている。家に帰ってもいたりいなかったり、そのくせ私が、彼が門限と決めた時間を超えて帰るとお酒臭い息を吐きながらとても怒るのだ。父娘の関係が良いとはいえない、いや、良くなる要因がない。自然と家にはいたくなくなる。
もっとも昔からそうだったわけではない。母が亡くなる前までは、優しい人だった。母の死が彼の全てを狂わせてしまったのだ。
そして、それを私の甘やかしがさらに悪化させた。
でも仕方なかったと思う。他に選択肢はなかった。
父親の金遣いの荒さに心配になって、こっそり見た我が家の通帳の残額は、どう計算しても来月の生活が危ういもの。
だから私は使ってしまった、確定した未来を予知する力『絶対予言』を。
この力で予知した内容は確定して変わることがない。
だから過去の嫌な経験から、人の未来は絶対に私は予知しない。
なぜなら、この力で確定した、人が死すべき未来はどう頑張っても変えることができないのだから。
私の『絶対予言』には、精神を集中して特定の場所や特定の事物の未来を見る力、人に触れてその人の未来を見る力の二通りの方法がある。
他人の奇異の視線を集めるのを承知の上で手袋をしているのは、後者の人の未来に関する予知を軽々しく行わないようにするためだ。
だけど、未来の競馬新聞の中身や、ホームページの株価の内容等は確定したところで人の運命を左右しない。厳密には影響するところはあるかもしれないけれど背に腹は代えられないから、私はいいことにしてしまった。
もうここまででわかるだろう。本来は確率の影響するギャンブルの勝率が百パーセントになるのだ。父に向って、女の勘だからとそそのかし一点買いさせた万馬券により、あっという間に我が家はお金持ち。
私の誤算としては、この一回限りとするつもりだったのが、父にせびられてこの後もやり続けることになってしまったこと。
人間の欲は果てしがないのだと、私はこの時知ったのだった。
そう、二度目の引っ越し、それに伴う転校は、お金ができた父が、大きなお屋敷を買ったから。なんと私は自分の運命を自らの手で悪化させていたのだ。本当にどうしようもない。
そんなわけで、私は教室にも家にも居場所は無く、さまよった挙句、学校の屋上に落ち着いた。
ここは誰も来ないからいい。ひょっとしたら本当は入ってはいけないところだからかもしれないけれど、そんなことはどうでもいい。
屋上から見える街の風景を見ていると、何だか自分が神様になったみたいで、ちょっと気分がいい。吹き抜ける風は心地よく、日当たりも良くて、夜とか雨とかいうものがこの世になければずっとここにいたいくらいだ。
自分は一体どうなっちゃうのかな。
考えなくもないけれど、考えても仕方ない気がして、何も考えないようにしていた。自分の中にモヤモヤしたものがあるのを知りつつもそれをひたすら押し隠していた。
そんなときだ、大牙と出会ったのは。
「あれ? 先客か?」
初対面は確かこんなセリフだった。
屋上の扉がいきなり開いたことに驚いていた私は、この彼のあまりの能天気さに、私の感じた驚き分を返してほしいと考えたのを覚えている。だから間違いない。
大牙の軽いノリに、私もつられて軽くなってしまったのかすぐに打ち解けることができた。他愛のない話をたくさんした。
興味があるのが世界平和と株価だという彼の話の可笑しさに耐え切れず、大きな声で笑ったりした。まだ笑えたんだ、私。
やっぱり私は孤独に耐えかねていて、誰かと話したかった、つながりたかったんだと思う。大牙はそんな私の思いを全て受け止めてくれていた。
全然どうでもいいとかじゃない。
その上彼は、私の霊気を狙って現れた鬼から守ってくれた。
後で、実はそのために屋上に通っていたのだと聞かされて、何だ仕事だったのかと残念な気分になった私だったけれど、大牙に『それだけだったらあんなにお前と話さないよ』と言われたんだ。
うん、全然どうでもいいとかじゃない。
なのに、それなのに、そんな大牙に私は、何てこと言っちゃったんだろう。
大牙に謝らなくちゃ。
私はトイレの個室で立ち上がる。
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