第11話 現状把握 3
「そうだったんだ……」
彼女、立花さんは自分のしていたことを聞かされて絶句していた。
自分がもう少しで死ぬところだったのだ、無理もない。
あの後、医務室で他の人間がいないのをいいことに、今後の調査をどうするか話し合っていた私たちの目の前で、彼女が目覚めた。
「立花先輩! 良かった……大丈夫ですか? 頭とか痛くないですか?」
立ち上がってまで訴える。高橋さんの心配ラッシュ。
思った通りで、とてもわかりやすい。
あの予想は私の中で既に確信に変わっていた。これはこの後も楽しめそうだと、こっそりほくそ笑む。
「
高橋さんの先輩、立花さんは穏やかな口調でそれに返していた。
今はちょっとまだ弱々しく見え、髪も少し乱れてしまってはいるけれど、取り乱している高橋さんに接するこの姿は先輩らしい。
先輩というからには、高橋さんよりも年上なのだろうけれど、ショートヘアで小さく丸っこい顔立ちは、可愛らしさを感じさせ、高橋さんと同じくらいか下なんじゃないかと思える。
貴子さんといい、私が出会う年上の女性は皆可愛いから本当困る。
これでは年下の私の立場が無い。
「変なことを訊くのだけれど、私、どうしてここにいるの?」
三人で顔を見合わせる。大牙が高橋さんに手振りで彼女に事情を説明するように促す。白虎様はこういう細かいことが苦手なのだ。
もっとも、この場合は説明するなら見知った人間のほうがいいことはあるから、それだけではないとは思うけど。
そして高橋さんは彼女に説明した。
屋上に行く彼女の姿を偶然見かけて追いかけたこと。すると、柵を乗り越えてビルから飛び降りようとしていたこと。止める事に成功したけれど、彼女が意識を失ってしまったこと。
先ほどまでの打ち合わせのとおり、混乱するだろうし普通は信じられないからまずは迷い神のことは言わないでくれ、という大牙の指示どおりの上手な説明。気の良いお兄さんのような高橋さんが会社員で大人なのだとあらためて認識した私だった。
さて、説明を受けた彼女の側の反応は、表情から窺うに、狐につつまれたようなというか、自分の状況がよくわからないといった感じ。
「立花先輩?」
押し黙ったままの彼女に我慢できなかったのか、高橋さんが呼びかける。
また心配がぶり返してしまったのだろう。
立花さんは顔に出過ぎている彼の気持ちに何か言わなければと思ったのか、少し逡巡した後口を開く。
「ごめんね、茂君。私記憶が全くなくて、びっくりしちゃってるの。まさか私が自殺なんて……考えられない」
「屋上で先輩の姿を見かけたとき、僕もそう思いました」
「どうしちゃったんだろう私。二重人格とかそういうのなのかな。これで仕事に戻るのも怖いから、このまま精神科に行った方が良いのかも……」
「全く覚えてないんですか?」
「うん、いつもどおり、朝五時に起きて、ジョギングして、朝ご飯食べて、会社について、さーやるぞーっていつも通りに気合いをいれてね、パソコンに向かって今やってるプロジェクトの進捗確認と問題点の洗い出しをしたところまでは覚えてるんだけど……」
この生活の規則正しさ、やる気。とても自殺しようとする人のそれとは思えない。
イメージとしては、もっと精神的に脆そうな人、心が弱っている人に取り憑きそうなものだと思うのだけれど。
「そうだ、急に眠くなって、これはまずいぞ、顔を洗ってこようってトイレに行ったのよね。でもどんどん眠くなっちゃって……気がついたらこのベッドってわけなの。最近、お休みする人が多くて、遅くまで頑張ってることが多かったからなのかな。調子の悪いときは、早く帰れって茂君に指導してたのに、ダメね、私」
「そんなことないです、先輩。最近調子崩してる人が多いことが原因ですから先輩の自己管理の問題じゃないですよ」
「ありがと。まさか、茂君にこんな感じに諭される日が来るなんてね。何だか先輩と後輩が逆転しちゃったみたい」
見つめ合う二人はとても良い雰囲気。自分と大牙がここにいてもいいのかと思ってしまうくらいに良い雰囲気。
この後どんな展開になるんだろうとワクワクしながら見つめていたら、彼女と目があってしまった。
「ところで、こちらのお二人は? さっきのお話からすると、一緒に私を助けてくださったのかなって思いはするんだけど」
彼女のじろりという視線に、私はつい口走ってしまう。
「お、お邪魔虫でごめんなさい」
「おいおいおいおい、お前は何言ってるんだよ、晴子」
「だって私たちどう考えてもお邪魔虫だよ、大牙。ちょっと席外そっ、ねっ」
大牙の腕をひっぱる私。
「ねっ、じゃねーだろ、お前自分の仕事すっかり忘れてないか」
「えー私が気付いたから、こうして立花さんを助けられたんじゃない」
「それはそうだが、それが目的じゃないだろ」
「いい、大牙。あなたは人間じゃないからわからないかもしれないけど、人の恋路をじゃまする奴はウマに蹴られて死んじゃえっていう言葉があるくらいなのよ。このままここにいたら、あっ……」
私は二人のことを全く気にせず声を大にしていたのにこの時気がつく、そしてブリキの人形のように、不自然なくらいカクカクに首を回す。
真っ赤になってうつむく高橋さん。これは後で謝った方がいいかもしれない。
それを見てクスりとする立花先輩。これは大人先輩の余裕というものなのだろうか。
ともかく謝らなければという思いが私の全身を支配する。
「ごめんなさい」
九十度でお辞儀。そんな私に、立花さんはやっぱり優しかった。
「いいのよ。あなた可愛らしいわね。なんだか自分が新入社員の時のこと思い出しちゃった」
「あ、ありがとうございます。その新入社員です。あ、中途入社社員だった……です」
自分より可愛い彼女に可愛いと言われてしまった私は、しどろもどろになってしまう。
「なるほど。でもね、思ったことをすぐ口にするのはダメ、次からは一度自分の中で発してみて、周りや相手を見てシミュレートして問題ないか考えてから発言するのよ」
「は、はい……」
私は高橋さんが彼女のことを尊敬していると言っていたのが腑に落ちた。
中学生の私でもわかる。何という的確な指摘。
しかも、責める感じでは無く、諭し、自ら悟らせようとする姿勢を感じる。
立花さん、うちの学校の先生になってくれないだろうかと、真剣に考えてしまった私だった。
しかし困った。立花さんから状況を聴き取りするはずだったのに、私が全てぶち壊しにしてしまった気がする。
傍らの高橋さんは、私のさっきの余計な発言のせいで気まずそう。
これ以上、目の前の彼女に、彼からアクションをとらせるのは酷というもの。
かといって私も新入社員いやさ中途入社社員を名乗ってしまった以上、私から彼女に会社で変なことがないかとか尋ねるのも不自然。
だけど、この私の心配は無意味だったらしい。
私は隣に、空気読まない王の彼がいるのを忘れていた。
「意識を取り戻したばかりで、しかも記憶も混乱しているところ申し訳ないが、立花さん、あんた最近変わったことがなかったか?」
「……あなた、その口調、新入社員というわけではなさそうね」
それまで和やかだった立花さんが急に鋭い感じになる。
これが本来の立花さんなの!?
良くない雲行きに、私は大牙を咎める。
「ちょっと大牙、せっかく私が良い感じの流れにしたのに、ぶち壊してどーすんのよ!」
「この人は大丈夫だ、晴子。本当のことを話したほうが多分早い」
「えっ……」
「話してる感じ、自分の置かれた状況に戸惑っちゃいるけど、取り乱したりしてないだろ。彼女は物事の判断が論理的にできる人だ。こういう人には本当のこと言った方がいいんだよ」
「お褒めに預かり光栄です、って言うべきかしら。それで、あなた達は何者なの」
「迷い神退治のエキスパート『ハルズガーデン』だ」
うん、確かに立花さんは冷静な人だと私も思うよ、大牙。
でもその説明は端折りすぎ。
この時の立花さんの表情は、自分が自殺しかけていたと言われたときのあの表情と同じだった。
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