黄昏時には一言そえて
英知ケイ
第1話 どこかのビルの屋上にて 1
オフィスビルには基本屋上がある。
そんなの建物だから当たり前だと言う人もいるかもしれない。
屋根の上が屋上なのだから、ビルの最上階の天井の裏イコール屋上が存在するのは普通ではないかと。
でも私が言いたいのは、そんな文字通りの場所の定義ではなく、そこに人が立ち入るエリアがあるということ。
オフィスビルには大抵屋上にエアコンの空調設備や、電気設備、貯水タンクがある。そのビルのライフライン、インフラというやつ。
ビルを支える大事な設備。
ということはそれをメンテナンスする人が立ち入る必要があるわけで、少なくとも人が入れるようにはなっている。
でも、その屋上に一般の人が立ち入れるようにするかどうかはそのビルのルールによって異なる。
言うまでもない、屋上という場所は危険を伴うからだ。
もし、そこから地面に人が落ちたら……言うまでもないだろう。
意図的であるかどうかはさておき、そんなことが起きたら、ビルの運営会社はたまったものではない。
それにセキュリティの問題もあるらしい。
映画とかじゃないと想像もつかないけど、万が一屋上から侵入されたらという心配が、ビルの管理者さんにはあるみたい。
というわけで、オフィスビルの屋上へは普通はエレベータで直通とかはありえないし、屋上への扉も、厳重に管理されている。
学校の屋上の扉が開いたままなのをいいことに、いつも屋上に入り浸っている中学生の私としては、ちょっと学校に申し訳なくなった。
でも、開いてるんだからきっと問題ないはず、私は悪くないと自分で自分に言い聞かせる。
でも、今後はなるべく柵には近寄らないようにしようかな。
教室の締め切った鬱屈とした空気から開放されたくて、風を感じたくて屋上にいる身としてはかなり残念なのだけれど。
……そう、屋上にはロマンがある、と私は思う。
ほら、漫画や小説だと、そこで出会いがあったり、告白されたりする恋愛が大いに育まれる場所ではないですか。
私、中学二年女子の
ちなみに今考えたことの大部分、中学校関係と屋上のロマン以外の部分は、今私たちと一緒に階段をのぼっている会社員の高橋さんから教えて貰ったことだ。
高橋さんの会社は、このビルに入居しているIT系企業。
簡単に言うとコンピュータで動く、プログラムを作っているのだそう。
そして、このビルは彼の会社の親会社が持ち主なのだという。
世間でいうところのグループ会社というもので、会計的にも連結されるから、同じ会社だと考えて良いと言われたけれど、中学生の私には何だか難しい。
理解できないという思いが顔に現れていたのか、高橋さんには笑われてしまった。
何だか悔しい、を追加しておこう。
高橋さんは、まだ会社に入って二年目の若手社員。
確かに大学生のお兄さんがちょっと進化したくらいの感じ。
スーツが似合ってはなくはないけれど、馴染んでないというか、良い意味でまだフレッシュさを失っていないと言っておく。
いかにも若そうです、はここでは失礼にあたりそうだから。
でも、おかげで逆にあまり緊張しなくて済んでいるのも確か。
彼の髪は、横は耳に半分かかるくらい、後ろはスーツの襟に触れるくらいの長さ。髪を真ん中よりやや左で分けてる。
それに眼鏡を掛けてるから真面目な印象を受ける。
身長は自分と比べると、十センチ以上高いから、百七十は余裕で超えてるはず。頬が特別痩けたりはしていないことから、体がほっそりしているのはやつれているというよりも、体に余計な脂肪がついていないって感じだ。筋肉質には見えないから、食べても太らないタイプなのだろうか。だったらちょっとうらやましい。
「上から霊気の乱れを感じる、急いだ方がいいかもしれない」
私の隣にいる
彼はいつもだと私と同じくらいの年の外見なのだけれど、今日はスーツの似合う、高橋さんくらいの背格好。多分、変化するときに真似てるんじゃないかな。
ただ、髪は無造作短髪のままだから、ちょっとバランスがとれていない気がする。中学生の私にはビジネス的にありなのかわからないので何とも言えないけれど。
大牙本人はネットで調べてるから問題ない、これでいいのだと主張していた。
情報源がネットってそれいいのかな? しかも、大牙の調査結果。
あまり追求しても意味がなさそうなので、大牙の格好についてはこの辺りにしておこう。
さて、上に霊気の乱れがあると言うことは……良くない兆しだ。
高橋さんと頷きあって、先を急ぐ私達三人。
ようやく屋上への出入り口に辿り着き、扉を開け放つ。
正面に見えるのは……柵の向こうにいるスーツの女の人?
もう一度見る、いや間違いない、柵がこっちに、ある!
「あれは……立花先輩!?」
隣で気になる声をあげる高橋さん。
知り合いなのだろうか、いや、そんなことを気にしている場合ではない。
「大牙ッ!」
「まかせとけって」
言うや否や大牙が全力で走る。
その速さは正に電光石火。
瞬く間に彼女に近づき、その腕をとることに成功していた。
彼はそのまま、彼女の脇を抱えて柵のこちらにひっぱりあげる。
その光景に、遅まきながら追いついた他の二人はほっとする。
「でかした大牙!」
「なんとかな……むっ!?」
目の前でうずくまっている女性の、異様な気配に彼は気付いたのだろう。
「どうして……邪魔するの? 私死ななきゃいけないのに……」
それは、とても低い声だった。
何というかおしつぶされたような雰囲気の。
「た、立花先輩?」
隣にいる高橋さんがまたもその名前を口にしている。
この感じ、単なる先輩というよりも……いやそれは勘ぐりすぎというものかもしれない。
そんなことを私が考えている間に、彼女はゆらりと立ち上がった。
首から上に力が入っていないように頭をくたりと下げている。
とても不自然な、まるで何かに動かされているかのよう。
そして再び柵に向かおうとする。
「お前何してるんだよ!」
あわてて大牙が彼女の肩に触れる。
その手を彼女の手がバシッと叩いた。
「てて……えっ?」
首を上げた彼女の姿を見て、大牙が凍り付く。
彼女を眼に捉えたとき、私も彼のその様子の原因を理解することができた。
およそ、喜怒哀楽というものの無い、全くの無表情。
そこに彼女の意思は感じられない。
目の焦点もさだまっていない。
普通でない不気味さがあった。
その不気味な彼女の口が開き言葉を発した。
「邪魔をするな……この
私は何となくピンときた。彼女の言いたいことはきっと――
「お仕事大変なのはわかりますけど、死んじゃダメです! お姉さんの代わりにお仕事する人が必要だって、私会社の偉い人に一緒に訴えてあげますから!」
私のこの発言に、目の前の女の人が硬直する。
勝ち誇った表情で、他の二人を見る私。
「晴子、お前何言ってるんだよ……」
大牙はあきれた表情。
「えっ、代わりがいないと休めないってことじゃないの? お姉さんも動き止めてるじゃない、ほらほら」
「いや、あれはお前が予想外すぎること言うから、次に何言ったら良いのか悩んでるんだよ」
「ハルコちゃん、うちの会社は確かにIT企業だけどそこまでブラックじゃないよ……それは風評被害になるからよしてほしい」
高橋さんには、発言の内容自体につっこまれた。
そうだったのか、偏見だったかもしれない。
これはちょっとどころでなく申し訳なかった。
「じゃ、じゃあ、どうして?」
「説明してやりたいが、それは後でな」
大牙のこの物言いに文句を言いたくなった私は彼があごで指し示す方向を見て納得した。
いつの間にか、彼女の体からどす黒いオーラが湧き出ていた。
そしてそれは空中で一つの形を作る。
長い黒髪に青白い肌、白い衣をまとった女性の姿。
それが明確に形をとったところで、スーツの女性は力が抜けたかのように、膝をつき、そのまま横に倒れた。
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