第8話 ロビーで待ち合わせ 3

 というわけで、学校の方は問題ない、身代わりの式神さんが今頃多分私よりも熱心に授業を受けてくれているに違いない。

 問題は、目の前の高橋さんをどう誤魔化すかだ。


 どうしよう、何て言ったら納得してもらえるかな、と私が考えていると――


「高橋さん、実はこいつ、こう見えても十八超えてます。フリーターだから問題ありません」


「そう……なの?」


 驚いた顔の高橋さん。

 でも、貴子さんがしてくれた大人メイクのせいか、この衣装のせいか疑いの方が少なそうだ。

 念のため私は大人、私は大人、と自分にも言い聞かせながら、意識してしなやかに頷く私。

 ……大人ってこんな感じでいいのかな?


「まあいいか。俺そこまで年齢離れてないと思うんだけど、最近の子は全くわからないね……」


 あっさりと納得している。

 やったー、貴子さんと私の勝利、と心の中で叫んでガッツポーズ。


「そうだ、ついでにもうひとつ……聞いていいものか悩ましいから、ハルコちゃんが言いたくない内容なら言わなくてもいいんだけど……」


 とうとう来たかと私は思った。


「昨日喫茶店で会った時もしてたけど、君ずっと手袋してるよね。手、怪我でもしてるの?」


 私の両手を覆う、白い手袋。これは好きでしているわけじゃない。



 私の持つ呪われた予知能力『絶対予言』には、二つのタイプがある。

 特定の物事、場所の未来について私の頭の中で予知する『想像予言』と、手で他の人に直に触れることでその人物の未来を予知する『接触予言』。


 後者は、手で他の人に直に触れると勝手に発動してしまう。

 私の意思など関係なく。

 そして、その人物の未来のイメージが、私とその相手に見えてしまうのだ。

 見てしまった未来は確定した未来。それが、好ましくない未来であっても変えることは不可能。

 明日確実に死ぬとわかって素直に納得できる人などいないだろうし、もし本人が良いと言っても私が嫌だ……あんな思いはもう二度としたくない。

 だから私は手袋を外さない。



 これについて本当をことを言うわけにはいかない。

 私はいつもの返事をする。


「手の肌が弱いんです。綿手袋だから静電気は大丈夫だと思います。会社って手袋ダメなんですか?」


「そんなことはないよ。仕事をするのに支障がなければ問題ない。ましてや個人の体調に関わることだったら逆につけててもらわないと。これから何か他の人に言われたら、僕からも説明するから。それもあって訊いたんだ。気を悪くしないで」


「もちろんです。私もよく聞かれて慣れてますから」


 彼に真実を伝えない後ろめたさは感じつつも、それは心の奥底に隠して私は笑顔で答えておいた。



「では、まずは二人にこれを渡しておくよ」


 そう言って、ロビーのテーブルに高橋さんが置いたのは、首にかけるタイプのパスケース二つ。パスの部分には、カードらしきものが既にセットされていた。


「紐が青い方が西野さんので、赤い方がハルコちゃんの。うち、セキュリティ厳しいから入退室するときは扉のところにその都度これをかざしてください」


 なるほど、カードが身分証明書みたいになっていて、逐次チェックされているんだ。カードが無い人は出入りできないから会社の大事な情報は守られる。


「これって、渡された以外の人が使っても出入り出来るのか?」


 大牙がカードを宙にかざしながら尋ねる。

 やけに念入りな質問、迷い神がカードを使うことでも心配しているのだろうか?


「やってほしくはないけど、できる。虹彩とか静脈とかの生体認証まではしていないからね」


「それは社員も俺たちみたいなビジターも変わらないのか?」


「普通の社員は社員証も兼ねてるけどしくみは変わらない。ただ、社員でないと出入りできないエリアもあるから、今回二人のは特別に社員と同じエリアも入れるようにしてある。君たちのお仕事には差し支えないと思ってる」


「了解だ」


「あと、二人の身分は、中途入社社員で僕がそのメンター、つまりお世話する先輩ってことにしてあるから、よろしく」


「よろしくお願いします、先輩!」


 後輩らしく元気良く言ってみた。元気よく言ってみたのだが……

 何故か目の前で高橋さんにうつむかれてしまった。


「ど、どうしたんですか、高橋さん?」


 何かさっきの私の台詞に彼の気に障ることでもあったのだろうか?


「い、いや、気にしないで。後輩の女の子って初めてだからさ。ちょっと感動してたんだ。そうか、先輩か……いいなあ可愛い女の子に先輩って呼ばれるの」


「にーさん、まさか実はロリコンかっ!?」


「失礼だなあ、西野さん。ハルコちゃんは十八超えてるんでしょ。大人じゃないですか」


「いや、まあ、その、そうなんだけどな……」


「ハルコちゃん、もしよかったらこのままこの会社への就職考えてもいいからね、お兄さんは全面的にバックアップするから」


 思わず後ずさってしまった。

 貴子さんの、大人として認識されるから注意するようにという台詞の意味が今ようやく理解できた私だった。


「晴子、セクハラされたと思ったらどこでも遠慮無く叫ぶんだぞ、それが身を守る秘訣だ」


「ちょ、ちょっと待ってください西野さん、冗談ですってば冗談。そんなことされたら俺この会社に居場所なくなっちゃいますよ。大体、俺既に好きな人いますし」


 言いながら私たちから視線を外す高橋さんの姿に、私は好奇心を目一杯そそられてしまった。


「それってそれってどんな人なんですか?」


「いや、つきあってるわけじゃないから……」


 最後の辺りはもごもご。私はそんな高橋さんが何だかとても可愛く思えてしまった。私は確信する。これは片思いだ!

 中学生女子の恋愛センサーを甘くみないでもらいたい。


「ちょっとくらい、いいじゃないですかーせんぱーい。へるもんじゃないでしょー」


「おいおいおいおいまてまてまてまて、どこのおっさんだよ、晴子。どこで覚えたんだそういうの」


 なぜか大牙が狼狽している。今のそんな変な台詞だったかな?

 思い出す、思い出す。


「えーっと、ドラマ?」


「何のドラマだよそれ、ぜってーお前みたいなのが見るもんじゃねーだろ」


 そんなこと言われても困る。テレビをつけたらやってたんだから。

 それに別にエッチなシーンとかそういうのじゃなかったし。

 台詞言ってたの女の人だったし。

 確かに意味はよく分からなかったけど。


「ごめん、何だかとっても責任を感じるからこのあたりで止めてもらっていいかな」


 咳払いをして意味ありげにくいっと周りを見回す高橋さん。

 そうだった、ここは会社のロビーだったと、大牙と二人我に返る。

 気のせいか、周りの皆様の視線が痛い。


「いや、こちらこそすまん、高橋先輩……」


「ごめんなさい、高橋先輩」


「僕も人のこと言えないから、この後は今いるのが会社であることを意識していくということでお願いします」


 一同誰からともなく一斉に深くお辞儀をした。



「……それで、打ち合わせはここでするのか?」


 大牙が不自然なほど小声で尋ねる。

 そういえば、今日はまず今後の方針について打ち合わせてから行動開始するって言っていた。最初が肝心なんだと。


「ここだと人目もあるし、確保してる会議室に行こう。二人の教育のためってことで、今週いっぱいとってあるから」


「準備いいんだな、あんた」


「去年、本当に新人の頃に色々失敗したからね。見かねた先輩に教えて貰ったとおり、失敗の度にその原因を振り返って、二度目をしないように心がけてる。おかげで、それなりにできるようになったって感じかな」


「なるほど、先輩の先輩」


 お世話になった先輩という文脈で私はピンと来た。


「それってそれって女の人だったりしませんか」


「こらこらトラップしかけんな、何を考えてるんだよ、お前」


「トラップなんてしかけてないし。それに、大牙には聞いてないよ。高橋さ、先輩に聞いてるんだよ、私」


 頑張って小声でやりとりする私たち。


「うん、そうだよ、だからロビーではもう勘弁して」


 弱々しい高橋さんの声に、場を改めることに反対するものはいなかった。



 そして、高橋さんの会社のゲートをくぐり、私たちは会議室に移動した。

 会議室の扉をあけると、中はこじんまりとして、普通おうちの一部屋くらいの大きさだった。

 扉から向かって左側にホワイトボードがあり、真ん中に長机が一つ。そこにパソコンが2台置かれている。


「一応社内のネットも見られると良いかと思って用意したんだ。でも、会社の情報については他言無用でお願いするね」


「ありがとうございます、先輩。あれ、大牙何してるの?」


 大牙は部屋に入るや否や、壁を叩いたり、床を這ったりして何かを調べている。


「盗聴器や、隠しカメラはなさそうだな。壁もそれなりの厚みがあって隣には聞こえなさそうだ。良い部屋を手配してくれてありがとう高橋先輩」


「どう、いたしまして?」


「ここを俺たちの城とする。結界張らせて貰うけど、いいよな?」


「大牙、どういうこと?」


 わけもわからず反応に困ってそうな高橋さんの代わりに訊いてみる。


「晴子、お前は……感じないから仕方ないか。この会社、中は瘴気でいっぱいだ。これならどこで迷い神が産まれてもおかしくない。結界でも張っておかなきゃ、やばそうなんだよ」

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