第13話 11人目 斉藤さやか 集団の中の孤独
斉藤さやかはひどく憂鬱だった。ここではなにひとつ不自由なことはないはずなのだが、人付き合いがきつい。転生した初日に同年代らしい女性たちに声をかけられ、それから毎日のようにリーダー格の女性の部屋に10人くらいで集まって話をするようになった。
「大学はどちら?」
「ご主人のお勤め先は?」
異世界に転生したというのに、以前の世界のことを互いに確認し合う。理由はわかっている序列をつけたいのだ。よい大学卒は上の序列へ、夫が大手企業に勤務していればさらに上にランクされる。
斉藤さやかは美容関係の専門学校を卒業し、美容師をしていた。夫は高卒で地元の建設会社勤務。ランクは低かった。大卒で大手企業勤務の夫を持っていた女3人が場を仕切り、リーダーになっているのは私立の名門女子大卒業の性格の悪い女だ。
あからさまにけなしたり、バカにされたりすることはないが、遠回しにちくちく嫌味を言われる。遠回し過ぎて最初はわからなかったくらいだ。
「あの人たち、結局自分に自信がないんですよ」
ある日、会合から出るとさやかと同じく専門学校卒の三木に話しかけられた。
「いい大学出て、いいとこの男と結婚して、うまくいってるはずだったのに、用なしって判断されて転生したわけでしょ。これまでの自分にダメ出しされたようなもんじゃないですか。だから他の人を見下して、プライドをたもとうとしてるんでしょ」
そういうことなのかとさやかは少し納得した。
「あたし、もうここに来るのを止めようかと思って」
続く三木の言葉にさやかはどきっとした。話し相手が減ってしまう。
「斉藤さんもやめた方がいいですよ。あの人たちのプライドをたもつ道具にされてるだけですもん。ここは全てが保証されてるんですから自由になにをしてもいいわけでしょう。あんな嫌な人間関係に縛られる必要ありませんよ」
全くその通りだ。でもあそこをなくしてしまうと、さやかには行く場所も話す相手もなくなってしまう。
「そうね」
さやかは不安そうに答えた。
「さびしかったら、いつでも遊びに来てください。大歓迎です。なにしろヒマですから」
三木はそう言って笑いながら去って行った。
10人程度のグループの最下層が三木とさやかだった。彼女がいなくなると、さやかはたったひとりの底辺転生者になってしまう。ため息をつきながら自分の部屋に戻り、ベッドに横になる。
ここでは全てが平等に与えられる。部屋も食べ物も同じだ。それなのに、なぜあんな風に序列をつけたがるのかわからないし、学歴をネタにしてバカにされるのかわからない。なにもかも理不尽だ。
そんなことをしているから生産性のないゴミと判断されて転生されるんだ。
さやかは自分が転生させられた理由に心当たりがあった。絶対思い出したくないことだ。あのグループの女たちにも似たような経験はあるんだろうか?
翌日、惰性でまたグループに参加した。
「三木さんは?」
リーダー格の女がさやかを見る。
「さあ、わかりません」
「仲がよかったんじゃないの?」
「そんなでもないです」
「ふーん」
さやかを責めるような空気ができた。その時、副リーダー格の嫌味なでぶが口を開いた。
「斉藤さんって子供を堕ろしたことあるってほんと?」
全身から血の気が引いた。誰にも言っていない。わかるはずがない。
「あ、ごめん。当たっちゃった? 斉藤さんってなんか男の子にモテそうだから、そんなこともあるかなあってちょっと思って試しに訊いてみただけなんだけど。ごめんね」
さやかはなにも言えなくなった。動揺して認めたことになってしまった。どうしよう。否定しなきゃ。
「びっくりしました。突然、訊かれたから。そんなことないですよ」
そう言ったが、声が震えている。あれはそんな昔のことではないのだ。まだ、身体にその時の記憶が残っている。
「ほんとはしたことありそう」
リーダー格の女が意地悪い声でつぶやいて、周りの女たちに目配せする。ひそひそ声と笑いが広がる。
「いやだなあ。変なこと言わないでください」
明るく言ったつもりだったが、声に力がない。
しらっとした沈黙がしばらく続く。
「あれってどうやるの? 相手の同意書みたいのいるんでしょう? 相手は旦那さん? それとも違う人?」
副リーダー格がにやにやしながら訊いてきた。もう完全に中絶したと思われている。実際したけど、ここまで来てそんなことで責められるなんて。
それからのことはよく覚えていない。笑い声と質問が続き、さやかはひたすらに否定を続け、最後には泣きながら部屋を出た。もうあそこには行けない。三木が抜けた時に自分も抜ければよかったのだ。
気がつくと三木の部屋の前に来ていた。頬が濡れている。こんな状態で訊ねたら迷惑だろう。躊躇していると、かすかに部屋の中の声が漏れてきた。複数の女の声だ。三木は新しいグループを見つけたか作ったかしたのだ。とたんに吐き気がした。
そのままマンションを出て。あてもなく歩き続けた。
元の世界に帰りたいとは思わない。夫はバカで能力的だ。あんなところには戻りたくない。でもここも地獄だ。なにも不自由がないから、みんながわざわざ不自由や苦しみを作り出す。誰かが不幸で苦しんでいるのを見てやっと安心できる人たちがいるのだ。
殺してやりたいと思ったが、ここでは全員が不死身だ。
いや、たったひとり殺せる相手がいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます