18話 出版社の誕生 その3 14人目 杉山 フェイクの果ての死

倉月代居子くらつき よいこは過熱する『シセイ通信』と『闇シセイ通信』の雑誌バトルの熱心な読者だ。毎号くまなく読むだけでなく、夕方のニューステレビも必ずチェックする。おかげで、両方の編集部のメンバーの顔と名前を完全に記憶した。退屈な毎日のこの世界に生まれたエンターテインメントだ。


「ねえ。この記事のどれがほんとでどれがウソってわかってるの?」

代居子はある日、異世界人に質問した。ほんとでもウソでもおもしろければいいのだが、時々気になることもある。

「『闇シセイ通信』は全部ウソです。写真は生成されたものですし、書かれていることは事実に反します」

長髪でうるんだ瞳の異世界人は低い濡れた声で淡々と話した。代居子はこの声を聞くと、ぞくっとする。自分の好みどストライクだ。

「えー、それでもいいんだ」

「さあ。私たちはみなさんがしたいことをお手伝いしているだけなので、よいか悪いかはわかりません」

「悪いんじゃない? だってウソでしょ。まあ、あたしはおもしろいからいいんだけど」

「いいなら問題ないのではありませんか?」

「でも『シセイ通信』の人たちは困ってるんじゃない」

「そうですか? 確かに感情的になっていますね」

「だってウソ書かれて裸の写真まで出てるもん」

「裸の写真を晒されるのが嫌なのは理解できません」

「いやいやいや、裸恥ずかしいじゃん」

「しかしみなさんは自分の容姿を自由に変えることができます。いまのご自分の容姿にご不満なら変えればよろしいでしょう。変えないのはその容姿に満足し、自信をお持ちだからではないのですか?」

「いや、単に面倒なんじゃね」

「お言葉を返すようで恐縮ですが、たった一日で容姿は好きなように変えられます。裸をさらされて恥ずかしい思いをしているなら、容姿を変えればよいと思います」

「うーん、だって理想の身体でも裸を見せるのはちょっと恥ずかしいんじゃないかな」

「羞恥心というものですね。我々には理解できません。自由に変えられるものということは、他の人の姿にもなれるのです。服のように着替えることができるものです。服を着た姿を見せるのが羞恥の対象にならないのも理解できません」

倉月代居子はため息をついた。どう説明してもわかってもらえない。もしかすると逆に異世界人の言うことを、代居子が理解できないということなのかもしれないが。


『シセイ通信』と『闇シセイ通信』の戦いは一カ月にわたって続いた。やがて住人はほとんどがウソだと思うようになり、興味も失っていった、倉月のような一部のマニアを除いて。皮肉なことに『シセイ通信』の方が飽きられるのは早く、読者離れも著しかった。『闇シセイ通信』は一カ月後、『シセイ通信』が廃刊になってもまだ発行していた。

『シセイ通信』は『闇シセイ通信』を叩くことだけでなく、住民に役立つ情報も掲載し、そちらを柱にしようと試みたが、誰も興味を持たなかった。杉山たち編集部員はじょじょに疲弊していった。

東田たちは逆に盛り上がっていた。『シセイ通信』の捏造ゴシップだけではあきたらず、無差別に住民を襲撃して、その様子をそのまま記事にした。数人にガソリンをかけて生きたまま焼き殺した記事を掲載した号は大反響だった。それもすぐに飽きられたが、『シセイ通信』に比べるとまだ読者はついてきていた。


一カ月後、『シセイ通信』編集部は誰かが「止めよう」というのを待っているような状態だった。


ある日、編集部員が編集部に入ると、杉山が首を吊っていた。その傍らには杉山担当の異世界人がいた。

「首吊りをしたいとおっしゃったのでご用意しました。ちゃんと機能するか確認するために、ここに控えていましたが、みなさんの定義通りに従った死を得ました」

異世界人の言葉に全員が床に伏せた。ある者は泣きわめき、ある者は呆然とし、ある者は立ち上がって異世界人に、「人殺し!」と怒鳴りつけて殴った。異世界人は殴られるままにされていた。


その日の夕方のニュースでは疲れ果てた形相の杉山が異世界人に首吊りを手伝ってもらうところから編集部員が半狂乱で暴力沙汰におよぶところまでが放送された。もちろん、いつものようにお笑い芸人数人が、その映像を観て大笑いしていた。

「あーあ、終わっちゃったかー」

代居子はため息をついた。

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選ばれて異世界に転生した100人が全員自殺した話 一田和樹 @K_Ichida

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